第9話『時の塔』

空港リムジンバス(車内)夕方

都心に向かう高速道路。高層ビル郡を含む湾岸沿い風景。そのビル群以上に高層の超々高層電波塔。ガラス窓にもたれ車窓を眺めるマスク姿の精一郎(22)。


首都圏シティホテル、夕方

ホテル玄関前、停車した空港リムジンバス。トランクから荷物を出し精一郎に手渡す運転手。台車と共に近づく、白手袋のホテルポーター。


ホテルポーター 「お客様。ご宿泊でございますか?」

精一郎     「はい。」

ホテルポーター 「それではお荷物お預かりし、チェックインカウンターまでご案内致します。」


精一郎のバックパックを大切に台車に載せるポーター。無駄のない動作とプログラム化されたような所作と表情。


首都圏シティホテル(屋内)夕方

チェックインロビー。チェックイン手続きを行う女性。彼女の笑顔も情感の浅い形式的所作。


精一郎  「(鍵カード受け取り)僕に郵便は届いていませんか?」

受付女性 「お調べ致します。(キーボードを打ち込む)はい、木下ケンタさまから封書をお預かりしております。」


首都圏シティホテル室内、夕方

部屋を見渡す精一郎。デスクにはパスポート・カギ・封書。ドアのぞき穴下にある二カ国語で書かれた非常ドア案内地図。「洗浄済み」と札のあるベッドカバー。番号案内が書かれた室内電話。「消毒済み」という袋に入ったコップ。「消毒済み」と札が掛けられたウォシュレット。

疲れた様子でマスクを外す。初めて部屋の匂い。深く息を吸う。封書を開ける。書類と赤色の通行車両提示用のステッカーを取り出し、デスク上に並べる。室内の電話が鳴る。


精一郎(受話器を取り) 「もしもし。あぁ、ケンタさん、はい、つい先ほどホテルに着きました。(間)はい、通行証、受け取りました。本当にいろいろとお手数をおかけして申し訳ありませんでした。(間)そうです。明日、行ってみようと思っています。(間)大丈夫です。何とかなると思います。(間)ええ、はい。必ずまた、ご報告致します。(間)もちろんです。」


警戒区域道路

初秋。曇り空。交通のない道。一台のカーシェアリング・ビークル(電気自動二輪・LITモーターズC-1)。側道に立てられた看板の横を通り過ぎる。


警戒区域

「走行注意・町内全域で、陥没段差箇所(片側通行)があります。又、野生化した動物が出没する恐れがあります。道路状況をよく確認し注意して走行して下さい・すすきの町」


帰宅困難区域

「注意・この先、帰宅困難区域につき通行証のない車両は通行できません」


ジャンプスーツ式白いタイベックス防塵服にくるまれ運転する精一郎。しばらく進むと道路はジャバラ式バリケードで封鎖され「帰宅困難区域」の黄色い看板。「通行制限中・この先、帰宅困難区域につき通行止め」。


車を止める精一郎。バリケード横にある小さな待機室から初老の警備員が出てくる。車のダッシュボードにおいてある通行車両提示用ステッカーを指さし確認、窓を開けるよう指示する。


警備員  「こんにちは、通行証、お願いします。」

精一郎  「(手渡す)お疲れ様です。実家に法要の為に行きます。」

警備員  「(通行証を一通り確かめながら)この先は線量が高いから若い人はあんまり長く滞在したらいかんね。(通行証を返す)ありがとうございました。線量計、付けてますか?」

精一郎  「(受け取る)はい、胸に付けてます。ここにガイガーカウンターもありますから注意しながら帰省します。」


ダッシュボード上の線量計。毎時13.85マイクロシーベルト(年間121.33ミリシーベルト)。その横にはスマホが置かれナビ表示。


警備員  「あなたは敬宇さんとこの息子さんか?」

精一郎  「はい。父をご存じですか?」

警備員  「私は敬宇さんの工務店で長年作業員をしておりました。あなたのお父様、先代様、よく知っております。人徳のあるお方でした。ずいぶんこのすすきの町にも貢献されました。(間)あなたのお母様はどうしておられるね?」

精一郎  「母は十年前に他界しました。」

警備員  「そうでしたか(間)すみません、無駄口たたきました。途中、野生動物が出没することがありますから、気をつけて運転されていって下さい。」


帰宅困難区域道路

フロントガラスに映り込む街並み。雲、傾いた電信柱(電線なし)、折れた標識、崩壊した家屋など。


洋館が見える資材置き場

丘の下にあるのない資材置き場。電気自動二輪入る。すすき野の丘の古い洋館。それを小高い山々が囲む。建物正面は盆地、遠景に小川と田園地帯。丘斜面全体はすすき野。


モーターを切る精一郎。車内から洋館を眺める。ジャイロシステム搭載の為、駐車しても倒れず姿勢制御する電気自動二輪。ダッシュボード上の線量計。毎時35.79マイクロシーベルト表示(年間313.52ミリシーベルト)。隣のスマホナビの画面が落ちている。再起動させるがすぐに電源が落ちる。スマホを諦める精一郎。頭をハンドルに休める。鳥や風の音が際立って聞こえる。静かな威圧感の洋館。資材置き場の朽ち果てた建屋は蔓草や雑草で覆われ、眼下の田園風景は野生自然に戻っている。電気自動二輪車は、その自然に比べ脆弱に見える。


精一郎の横に旧式メルセデスベンツ・ワゴンが停車。運転席にいる武満徹似の老人。エンジンをかけたまま、窓越しに洋館を眺める。クラクションをならす。洋館に視線を移す精一郎。視線を感じる。窓を下げ精一郎を見る老人。


老人  「すまんが、あの家に行って人を呼んできてもらえないか?」


再び洋館を見る老人。その横顔を見てからガスマスクのようなマスクを装着し車を出る精一郎。すすき野の歩道を洋館へ向かう。が、途中で老人の車に戻る。老人は精一郎を無視し洋館を見ている。


精一郎 「(マスク越しに)誰を呼びに行けば良いですか?


老人の車の窓に映り込む精一郎の姿。異星に訪れた宇宙人のような姿。


精一郎 「失礼ですが、お爺さんはどちら様・・・」


再び洋館に向かう。洋館との中間にあるおおきな栴檀(せんだん)の木。木の下には木製ベンチ。


古い洋館

廃墟の洋館。荒れ果てた庭。庭に面した大きなテラス。窓枠は取り除かれ、屋内は建物の裏側の藪が見通せるほどの空洞。室内には一台の軽トラックが横転している。洋館は骨組みだけを残した廃墟。


精一郎 「ごめんください。」


古い洋館(屋内)

中に入る精一郎。陥没した床板。そこから伸びた雑草。軽トラックから漏れ出した油のシミとタイヤの跡。床に散乱するねずみ取りシート。白骨化したネズミ、腐りかけたネズミ、ミイラ化したネズミ、様々な死体。それらを踏まないよう奥に向かう精一郎。大きな穴があいている床。床裏の土が見えない闇。天井にも大きな穴。屋根裏から古い青ビニールシートが垂れ、その先には空。


別間の中央に立つドアフレームと扉。陥没やネズミシートはない。扉の周りを歩く。ドアを開ける。ドア向こうに見える荒れた庭とサッシの外れたテラス。ぼんやりした外光。ほこりをかぶった床。床上の茶色いバスケットボール。床上の丸い影。


脇腹にガムテープで貼り付けたジップロックから合成ゴム手袋の手でライターとロウソク・乾燥ホワイトセイジを取り出す。ロウソクに火を灯し、乾燥ホワイトセイジに火を付ける。その煙で部屋を清める。そして黙祷。マスクの中で目を閉じ静かに呼吸する精一郎。


廃墟に佇み黙祷する精一郎とドアフレーム。目の錯覚か?彼の背後に鈍い光を放つ五本の大きな子供の指が見え、顔面マスクが見開かれた単眼の瞳のように見える。それはハムサ ・ファティーマの目のように光る。


ドアフレーム前の床の上に置かれたロウソクと、煙を出し続けるホワイトセイジ。精一郎の姿はない。無人の廃墟。


異なる時間軸の洋館(屋内)

コの字型階段の踊り場。ロビーまで降りる精一郎。窓外に撮影機材トラック車両と布谷工務店の2トンアルミバン車。ロビーに隣接した応接室。壁に大きな絵画。部屋は青い光で照らされ、薄暗い通路奥の部屋から漏れる生演奏、雨漏りの音。


ステンドグラスを施した玄関の扉が開く。ステラン・スカルスガルド似の白人青年と車いすの老人。青年は精一郎と同じタイベックス防塵服を着用(マスク無し)。頭にトランシーバー。車いすの老人は白髪の男性。青年は精一郎に気づかず車いすの老人を通路奥に連れて行く。老人が左手を挙げる。初めて精一郎に気付く青年、そして精一郎に近づく。


白人青年(英語) 「誰?」


相手の英語に戸惑う精一郎。


白人青年(続き) 「君は?」


マスクを外す精一郎。慎重に息を吸い部屋の匂いをかぐ。


精一郎    「外で老人がこの家の者を呼ぶようにと言っています。」

白人青年   「どうやってここに入りましたか?」

精一郎(英語)「レインメーカーまで呼んで、何の撮影(シューティング)をしてるのですか?」


青年はちらりと老人の方を見る。精一郎の老人への視線を遮るように、さりげなく体を移動させる。


白人青年(英語)「部外者は知る必要無いから、速やかにこの敷地内から離れなさい。」

精一郎(英語) 「この土地で私の両親は生まれ、ここの海と山から恵みを分け与えられ、長い間、生を繋いできました。私は私の犯した罪、そしてこれから犯す罪の償いの為にここに来ました。」


背を向けて二人の会話を聞いている車いすの老人。電動車いすのコントローラーに置かれたしわくちゃの左手。白人青年はトランシーバーのマイクを手にする。


白人青年(英語)「セキュリティーを至急お願いします。ロビーにて無許可エージェント1名と遭遇。白のジャンプスーツ着用、意味不明の発言を繰り返し、酩酊状態の可能性あり。武装の可能性有り。」


両手の合成ゴム手袋を脱ぐ精一郎。相手の顔の前に左手をかざす。ステラン・スカルスガルド似の白人青年は、一瞬たじろぎその手を払い落とそうとする。が、その手に触れる前に暗示にかかったように凍てつく。いつの間にか向きを変えて精一郎を見つめている老人。老人は高倉健似の男性。動かなくなった白人青年を抱く精一郎。


ヤマビル

ヤマビル先端側の吸盤にある口。その中の顎で皮膚を食い破る。血液凝固を阻害するヒルジン注入。ヤマビルの体内に吸入される血液。体内水分の輩出。血液濃度が体内で高まる。吸入血液で組織が赤くなる。流れ・濃度が増すに従い光も濃度を増す。ヤマビルの一定の鼓動・循環・呼吸。


幼い精一郎が目隠しして抱えていた大きな木を、タイベックス防塵服を着用した大人の精一郎が抱く。閉じたまぶたが微かに動く。


青い草むらに無造作に置かれた八つの椅子。白いワンピース・白いヒジャブ姿の無名女優。片手には白いペンキ。木と対話を続ける精一郎。


宇宙

金環日食中の太陽と月。高度400㎞から見た地球。白い雲にかすかに覆われた地表と海面。金環日食で形成された煙のような闇。地表をゆっくり移動。


人の受精卵が二つから四つ、そして五つに細胞分裂。


古いモーターホーム(屋内)

虫眼鏡を覗く精一郎(8)。室内蜘蛛アシダカグモ。六つの眼球。蜘蛛の下に獲物の油虫。蜘蛛の背後に円盤状の卵嚢(らんのう)。孵化(うか)を始めた透明な蜘蛛の幼虫が蠢(うごめ)く。


異なる時間軸の洋館(屋内)

老人の車いすに座る精一郎。足元の床に流れ込む赤黒い水。目前で白人青年と抱き合う自分自身の姿。白い防塵服の内側が赤黒く染まり、二人の足元から赤黒い液体が大量流出。白人青年の顔は血の気がない。馬の鳴き声に似た叫び。ストーンピープルから噴き出す水蒸気。蜘蛛・ヤマビルが肉を切り裂く音。激しい火炎の音が防塵服内から響く。車いすを逆走させ二人から離れる精一郎。途中で回転し通路奥の部屋へ向かう。そこには黒いカーテンから顔を出し通路を覗き込むもう一人の精一郎。車いすの精一郎は、カーテンから首を出しているもう一人の自分を間近で見る。その顔は雨漏りで濡れ、車いすの精一郎に全く気づかない。それを不思議に思う車いすの精一郎。濡れた自分の顔に手をかざす。濡れた自分に反応はない。


掲げた手をカーテンに置く。カーテンの隙間から漏れるケープカナベラル雨降り演奏。カーテンを開くと光が車いすの男の顔に当たる。その顔は高倉健似の老人。通路の奥の抱き合う二人を眺めていたもう一人の精一郎。突然気配を感じる。自分の目の前に姿を現した車いすの老人。カーテンの中を静かに見つめる老人。それを静かに眺める濡れた精一郎。そして舞台の方を振り返ると、そこに馬を連れたジョン・トゥルーデル似の半裸インディアンがいる。宇宙飛行士ジャズバンドは彼と馬を気にせず演奏を続けている。そしてバンドを撮影している撮影隊(木下ケンタ・無名女優を含む)も演奏以外の演目(馬と半裸インディアン)には気づいていない。


精一郎は雨の降るテーブルをすり抜け、レオニード・モズゴヴォイ似の初老男性の横を通り、舞台袖に立つ。初老男性は精一郎の動きを目で追っている。ジョン・トゥルーデル似の半裸インディアンは精一郎に近づきハグする。その右手には荒縄を持っている。声にならないほどの言葉を精一郎の耳につぶやきはじめる。精一郎はそれを聞きながら震え始める。半裸インディアンはハグしながら精一郎の頭をしばらく左手で撫で、そしてその左手を精一郎のシャツのボタンに移動させボタンを外し始める。精一郎はようやく小さな声を絞り出す。


精一郎(モノローグ・英語) 「あなたに与えられたこの生を繋ぐため、この森の命を一つ分け与えてください。その命がこの森のケアテイカーであることに感謝し、私はその意志を引き継ぎます。この森のバランスを乱さないことを誓います。与えられた命をこの森に感謝します。」


半裸インディアンは精一郎のシャツを脱がし終わると、背中の矢入れから鋭利なシリンダー状の矢を取り出す。


ミヤマキリシマとすすき野の尾根に案山子のように立ち尽くすニギの手が微かに動く。生を感じられなかったニギに生命が再び宿る。その手には半裸インディアンが持っていたのと同じ荒縄がある。


木の幹を抱く精一郎。彼の手を白いペンキで塗る無名女優。防塵服を内側から染める赤黒い血痕。それを上塗りする。精一郎は目を閉じ続ける。


異なる時間軸の洋館(屋内)

レオニード・モズゴヴォイ似の初老男性上に巨大生物が影を作る。ナイトクラブ全てのテーブルを覆い尽くすような形で体長15メートル、高さ4メートルほどのレインメーカー(巨大アシダカグモ)が現れる。身体の上の無数のラトルスネークが赤い目を発光させつつガラガラと音を立て、腹部には巨大な円盤状の卵嚢(らんのう)があり、その中では孵化(うか)を始めた透明な蜘蛛の幼虫が蠢(うごめ)いている。


レインメーカーの下で相も変わらず演奏を聴いている客達。


上半身裸の精一郎は半裸インディアンの手にある鋭利なシリンダー状の矢を見ると目を閉じる。精一郎の上半身には20匹ほどのヤマビルが張り付き、所々から赤い血が流れ出ている。インディアンの男は矢をスコープのようにかざし、精一郎の周りを偵察の儀式(ダンス)始める。同時に左手にあった荒縄を肩にかけ直し、前後左右を偵察ダンス。その動作に合わせるようにレインメーカーの五体が振動しはじめる、その振動にあわせ室内の雨が強弱変化しながら降り注ぐ。ラトルスネークの尾が天に向けてそそり立ち、雨のなかでガラガラと音を立てながら震える。半裸インディアンの偵察が終わり、彼は再び精一郎を見る。レインメーカーの振動、ラトルスネークの振動、雨が止む。精一郎の身体に張り付いていたヤマビルがボタボタと床に落ちる(吸血完了した状態でヤマビルの身体はふくれあがっている)。


精一郎は目を開く。半裸インディアンは精一郎に荒縄をくわえさせる。そして精一郎の左乳首3インチ上の胸肉を5インチほどつまみ上げる。そしてそこにすばやく矢の鏃(やじり)を突き刺す。精一郎は痛みに顔が歪む。男は続けざまに精一郎の右乳首上の胸肉をつまみ上げそこにも矢を突き刺し通す。精一郎の胸二カ所に矢が一文字の形で刺さる。その矢の肉を通した二箇所を補強するように荒縄がからめられ、そして逆Y字の形で精一郎をつるし上げる。


ミヤマキリシマとすすき野の尾根で荒縄を握るニギの手。その荒縄は天に延びている。


宇宙

終わりに近づく金環日食。地表の闇がゆっくりと消失していく。


異なる時間軸の洋館(屋内)

精一郎の胸肉に突き刺さった矢が荒縄によってつるし上げられていく。矢を通された肉は荒縄が引き上げられる度に大きく伸び赤い血を吹き出しながら少しずつ肉が引き裂かれる。その痛みに懸命に耐え顔を歪ませる精一郎。彼の足は舞台から浮かび上がり、その足の周辺にはパンパンに膨れあがった多数のヤマビルが跳ねる。精一郎の身体は演奏を続けるバンドの頭上につるし上げられ、バンドメンバーの宇宙飛行士、撮影中の撮影隊、演奏を聴く観客、精一郎の痛みは全く共有されず演奏が続く。


天から荒縄が下がり尾根上空でつり下げられた状態の精一郎。ニギがゆっくりと荒縄を掴み、精一郎を尾根へ引き下ろしている。精一郎の胸に通された矢に身体全体に掛かる重力が集中する。胸肉がその重さに耐えかねるようにゆっくり引き裂かれる。精一郎はその痛みに顔を歪め、眼下に広がる絶景に気づかない(三六〇度の景色。東に青いカルデラ湖。北に蒸気が噴き出る噴火口。南の遠景に内湾と活火山(カムチャツカ半島・クリチェフスカヤ火山帯の様な場所)。


古いモーターホーム(屋内)

ベッドルームのドアから漏れる黒煙。ベッド上に座り合掌した姿で燃えさかる炎に包まれている黒焦げの精子。その前で腰が抜け床に座り込む精一郎は精子を直視出来ないでいる。


荒縄をにぎるニギの手が止まる。精一郎の体重を支えていた胸肉がついに切り裂かれ矢が抜ける。 尾根に落ちる精一郎。


古いモーターホーム(屋内)

精子を直視出来てなかった精一郎が顔を上げる。そして立ち上がり、燃えている精子を直視し覆い被さるようにその炎に身を投げる。


青いカルデラ湖

青いカルデラ湖の水面上。裸の精一郎が頭を下にし、カルデラ湖水面上すれすれに直立不動の状態で浮かんでいる。しばらくして呪いが解けたように水中にずぼんと沈む。


精一郎を背後から抱く無名女優。顎は首筋、乳房は精一郎の背中、右手は精一郎の目を覆う。彼女は精一郎を目隠ししたまま木から離す。そして目隠しの手を外す。まぶたが開く。その目に飛び込む青い草むら。木々の間を縫うように奥まで一列に並べられた白い椅子。そこに座る人々。皆、精一郎を見つめる。その面々にはウィレム・デフォー似のウェイター、レオニード・モズゴヴォイ似の初老男性、ジョン・トゥルーデル似の半裸ネイティブアメリカン男性、武満徹似の老人、ステラン・スカルスガルド似の白人青年、高倉健似の老人、タタンカ、ニギ、メヌーチャが含まれる。


すすき野の斜面のベンチ

洋館と資材置き場の中間にある栴檀(せんだん)の木。木の下の木製ベンチ。そこに座るマスク姿の精一郎(22)、隣に座る精子(38)。すすき野を眺める二人。お互いを見ることはなく、お互いの存在を肌で感じている二人。立ち上がる精一郎。精子の姿はない。資材置き場へ歩き出す。


洋館が見える資材置き場

老人の車に戻る精一郎。車の窓は先ほどと同じだけ開いている。心配そうに洋館を見る老人。掛ける言葉が見つからない精一郎。マスクを外す。目を閉じ小さく息を吸う。再び目を開く。不意に言葉がこぼれる。


精一郎 「奥さんはすぐに降りていらっしゃるそうです。」


はじめて精一郎を見る老人。


老人  「それがどういう意味か君は理解しているのか?(間)どれだけ待たされることか。女房の五分は、一時間、二時間、いやもっと。たまったものじゃない。」


ため息をつく老人。車をバックさせ、資材置き場を後にする。道路で右折する際、左のウィンカーが点滅する。表情を崩す精一郎。


石棺、夕方

林の奥にシルエットで浮かぶ石棺(シビアアクシデントを起こしたセル発電所跡)。


セルフ洗車場

電気自動二輪車を洗車する精一郎。タイベックス製つなぎ、マスク、テープをビニール袋にまとめ核ゴミ箱に出す。


郊外の駅

郊外から首都圏に入る路線。路線横を流れる川。駅のベンチに座る精一郎。反対側プラットフォームのベンチに座る人々。無心に枝毛を探す女子高生、イヤホンで音楽を聴く予備校生、傘に独り言を話す中年サラリーマン、タブレットで本を読む妊婦。皆が黙々と一人の思考や作業に耽る。


牛丼店(屋内)

注文の仕方が分からない精一郎。入店・注文・無言の食事・勘定・退席の早い回転。入店したサラリーマンを見習う。男はウェイトレスと目を合わさず、スマホをポケットから取り出し打ち込みしながら会話。


ウェイトレス 「いらっしゃいませ、ご注文お伺い致します。」

サ男性    「牛丼軽いの。頭大盛。」


精一郎の前にウェイトレスが注文を取りに来る。


ウェイトレス 「いらっしゃいませ、ご注文お伺い致します。」

精一郎    「普通を下さい。」

ウェイトレス 「えっ?牛丼並でよろしいでしょうか?」

精一郎    「はい、それでお願いします。」


サラリーマン男性に丼が運ばれ食べ始める。精一郎の前にも丼が置かれる。箸を見つけ始める精一郎。


首都圏繁華街通り、夜

秋x原、お茶x水、神x坂と市井の人々を眺め歩く精一郎。


シティホテル(室内)、夜

ベッドに広げられた帰り支度中の荷物。横になり天井を見つめる精一郎。隣の部屋から女性の「きゃきゃ」という声。


西X暮里駅

空港行き路線を確認。切符購入ボタンを試行錯誤する精一郎。


エアポートエクスプレス(車内)

まばらな乗客。窓外を眺める精一郎。トンネルに入る。ガラス窓に車内が反射し映り込む。反対側の席に女性が一人。その姿は無名女優。トンネルを抜ける。その姿が消える。


ニューXーク地下鉄(車内)

前述の車内に比べるとくたびれ、労働者階級、ヒスパニック系移民、黒人の多い車内。車内に馴染んでいる精一郎。彼の手を握る女の手。手を握られた精一郎、温もりを確かめ隣の人物を見る。


ニューXーク地下鉄出口

階下から階段を駆け上がる精一郎。地下鉄出口はそのものだが、周りの風景から都会のビル郡は消え自然の風景だけがある。そして遠くに高くそびえる山脈が見える。地下鉄出口を離れ、野原を歩き出す精一郎。


(終)

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