第5話『幽体離脱は時の歩を狂わす』

山の斜面の野道。そこを歩く精一郎 (21)。草茂る泥濘の道をスニーカーで一歩一歩進む。つば広の帽子、そして肩から背中にかけて上半身を覆うように色彩豊かな手織りブランケットを身につけている。


宇宙

闇に光の点が生まれる。その点が微細な曲線を描き上弦の月(衛星)が現れる。同時に背後に淡い惑星の姿が浮き上がる。


樫の大木の下、ネイティブアメリカン瞑想儀式「ハンブレイチャ」の用意(数日間一人で飲食を絶ち自然に身を任せて過ごす)を行う精一郎。方陣を描くように、7色49個のプレイアータイを並べる。

大木の幹を両手で抱き、頬を樹皮にあて目を閉じている精一郎が、しばらくして目を開く。彼の前方には方陣中心で座禅を組むもう一人の精一郎の後ろ姿がある。幹を抱いていた精一郎は大木を離れ、斜面を滑り降りる。二十メートル程下に円形の輝きが見える。薄暗い森の斜面でその輝きは目を引く。途中、足を止め大木を見上げる。枝に人サイズの鳥、メヌーチャ。その体躯はスズメバチの大きな巣。頭には三本の鹿の角。顔はフクロウ。再び斜面を滑り降りる。

倒木を渡る。その木の端に白く輝く円。白い泡が溢れる“たらい”に似ている。が、陰影はなく、白く輝く光が集まっている。スニーカーの足を “たらい”の中に入れる。白い泡は溢れず、精一郎を包む。全身が “たらい”に入ると、つば広の帽子と毛布がその“たらい”に蓋をするように残る。


繭まゆの中

仰向けの精一郎。彼を包みこむ白い繭まゆの空間。柔らかい表面。呼吸に合わせ輝きが変化。生糸のような白い線の光が無数飛び交う。腕を伸ばしその光を掴もうとする。体が浮く。繭まゆ外へ抜ける精一郎。


宇宙

上弦の月(衛星)の輪郭。その光の線が二重になり緩んだように口を開く。そこから白く光輝く子供の手が出現。手はゆっくりと回転。指が微かに動く。背後はぼんやりとした姿の惑星。手、衛星、惑星、三重の像。


深い霧。視界の悪い山頂。すすき野のしげみ。そこに佇む身長約2.5メートル、頭から膝丈まで藁筵わらむしろで覆われたニギ。その藁筵から長い黄色い爪の手、素足が垣間見える。藁筵に多く垂れ下がる「モズのはやにえ」(黒く干からびたカエルやトカゲの串刺し)。ニギ胴体の藁の隙間から精一郎 (8) の顔が逆さまに見える。目を開く精一郎。ニギの胴体からごろりと回転して裸で出る。身体には所々藁が絡み、血色の良い皮膚からは湯気が出る。


宇宙

子供の手、消失。背後のグラデーションは木星。手前の上弦の月は衛星イオ。それらの姿が明確になる。


霧が晴れた三六〇度の景色。東に青いカルデラ湖。北に蒸気が噴き出る噴火口。南の遠景に内湾と活火山(カムチャツカ半島・クリチェフスカヤ火山帯の様な場所)。峰の一部に咲くツツジ。

ニギと一緒にすすき野で休む精一郎 (8)。立ち上がり南の斜面を下る。シングルベッドサイズの平らな石。遠景の活火山と内湾を見据え、石の上で座禅を組む。空を見上げる。頂からの空は天が近い。座禅する精一郎。バキバキバキと地鳴りが響く。精一郎の背中から胎児のように身を丸めた分身が浮き出る。そしてその分身は無重力空間で回転移動するように精一郎から離れる。


青いカルデラ湖

青いカルデラ湖の水面が空に、そして青い空が地に、逆さまに映る。しばらくするとその風景に上手から下手に向かって風が吹き始め、風景全体がゆっくり流れ始める(精一郎のPOV)。

裸の精一郎 (8)が頭を下にし、カルデラ湖水面上すれすれに直立不動の状態で浮かぶ。精一郎の前にある風景が平面から曲面に歪み変形し始める、そして同時に回転を始める。その光景は精一郎を軸に周りの風景が走馬燈の絵の様にくるくる回り始める様。


宇宙

近づく衛星イオ。左半球(夜)での火山爆発。上空六十キロメートルにまで及ぶ溶岩噴泉。背後には木星表面でたなびく太陽系最大の暴風雨。


マングローブの森の水

熱帯・亜熱帯、湿原地帯の樹林。全裸の布谷精一郎(21)、湿原の沼地に佇む。水面は彼の膝ほど。水の流れはない。小さなさざ波が風で生まれ、頭上から葉が落ちる。

鼻腔辺りへ水面が上昇。水面下にうごめく小さな黒い物体。頭上の木々から、ヤマビルが二、三匹落ちる。落下物を気にせず、まぶたを半分閉じバランスを失う精一郎。水中に沈みかける。


安モーテル (屋内)

全身ずぶ濡れの精一郎。ベッドに腰掛け、背中・首許に凸状態のヤマビル。血を吸い膨らみ、接着点に血が垂れる。ベッドに転がり落ちる吸血完了した数匹。咬まれた丸い傷跡。蛭が分泌する血液凝固を阻害する物質ヒルジンの影響。傷口サイズ以上の出血。


マングローブの森の水

再び同じ場所。しかし今度は全裸の精一郎 (8)。水面は膝下。手で水をすくいマングローブの水を口にする。左手のひらを返す。膨れあがったヤマビルが血管の真上にへばりついている。ヤマビルを引き剥がそうとせず、吸血が終わり蛭が落ちるのを待つ。蛭が自然に落ちる。蛭の唾液には麻酔成分が含まれる。痛みを感じない。傷口から血が流れる。血の匂いをかぐ。その手を見る。裸の身体全体にヤマビルがはりついている。


安モーテル (屋内)

シャワーを浴びる精一郎 (21)。バスタブの排水口に水と鮮血。鼻血に気付く。


ロケ車輌(車内)、夕方

安モーテル駐車場に入るロケバン。


コーディネーター・エレン 「明日、出発七時です。夕食は各自、受付横のダイナーでお願いします。水とビール、欲しい人は精一郎の部屋に各自取りに来てね。精一郎、部屋番号何?」

精一郎(駐車しながら) 「104です。」

大熊カメラマン  「精一郎、ビール冷えたのある?」

精一郎(バックミラー見ながら)  「はい、朝から冷やしてます。」

大熊カメラマン  「お、いいねぇ、気が利くね。」


安モーテル、夕方

ロケ車輌から出てくるスタッフ・キャスト8名。各自話しながら解散。荷台から台車を下ろす精一郎。


ミヤジマ・ディレクター 「黒川さん、明日のカット割りでちょっとご相談が。」

黒川プロデューサー  「じゃあロビーで打ち合わせしましょうか。」

大熊カメラマン  「ケンタ、素材プレビューするから準備しとけよ。」

ケンタ 「はい。大熊さん。ビール何本お持ちしましょうか?」

大熊カメラマン  「四本もあれば十分だ。」

エレン(無名女優に) 「くれぐれも蚊に刺されないようにお願いしますね。虫除け必要だったら言って下さ〜い。」

無名女優 「ありがとうございます。」

エレン  「あ、タシロさんも虫除けスプレー持ってます?」

レポーター・タシロ 「色々持ってきてますよ、エレンちゃん。」


機材ケースを台車に乗せ車を離れる精一郎。


安モーテル、夕方

104号室前。駐車場に直接面した一階にある精一郎の部屋。ドアは開けられ、ドア外に大きなクーラーボックス。機材箱を一つずつ台車から部屋に運ぶ精一郎。その手が止まる。首に巻いていた手ぬぐいで額の汗を拭きながらクーラーのビールを選ぶ木下ケンタ (21)。


ケンタ(英語)  「精一郎さん、ビール頂きます。」

精一郎(英語)  「(急な英語に少し戸惑ったあと)どうぞ」


精一郎の視線に気付くケンタ。ケンタの首筋にあるケロイド状の傷を見る。左手でその傷跡を軽く触り、気まずい微笑みを見せるケンタ。


タシロ(ケンタに近づく) 「ビール冷えてる?いいねぇ、スペアリブと一緒にどう?いいよね、良いアイデアだよね。決まった、今夜はスペアリブ。」

精一郎  「お疲れ様です。」(そのままロケ車輌の方へ)

タシロ  「お疲れ様です。」

ケンタ(手ぬぐいを首に巻き直す)  「タシロさん、それよっか、黒川Pにビール差し入れした方がよくなくない?三回とちった時、舌打ち聞こえたよ。」

タシロ  「え?笑顔で許してもらえてなかった?」

ケンタ  「タシロさんフリーだよね。俺は下請け技術会社の下っ端だけど、そのあたりタシロさん分かってないかも。」


エレン登場。水二本、缶ビール二本、ナイロンバッグに入れる。


エレン  「何なに、黒川Pの舌打ち、あれすごかったね。タシロさん聞こえなかったの?(精一郎に)精一郎、ガソリンもお願いね。」


駐車場のロケ車輌。ドアが全て開かれ、車内のゴミを集めている精一郎。中からペットボトル、お菓子の紙くず、香盤表、台本など書類が紙くずとして出てくる。


精一郎  「テンフォー(了解)」


104号室前のタシロ。


タシロ  「精一郎君も気付いてた?」

精一郎  「あぁ、はい、少し。」

タシロ(クーラーに戻って6パック取り出す) 「俺、スルメと缶詰持って詫び入れてくる。」


安モーテル (屋内) 、夜

埃と西日を長年吸収した重苦しいカーテン。その隙間から見える外の誘蛾灯。青い光に集まる羽虫。のぞき穴の下にある非常用地図。そこに部屋番号、108号室と明記されている。ドア内側に佇む濡れた精一郎。卓上ランプ傘上のヒジャブ。暗いオレンジ色で照らされた室内。人が一人寝ているベッド。足を動かせずにいる精一郎。その足は砂の付いた裸足。ズボンの裾は折り曲げられ濡れている。


マングローブの森の水

手の血管上にへばりつく膨れたヤマビル。


繭まゆの中

仰向けの精一郎。彼を包みこむ白い繭まゆの空間。生糸のような白い光の線が飛び交う。腕を伸ばしその光を掴もうとする。体が浮く。繭まゆ外へ抜ける精一郎。


安モーテル、夕方

駐車所に隣接する沼地から蚊の大群。黒い塊で輪郭を変えながらゆっくり客室建物に近づく。


ロケ車輌 (車内) 、夜明け

湖畔のキャンプ場に駐車されたロケバン。朝靄のなか水辺にはロケバンのベンチシートが一つ置かれている。その周りに転がるいくつかの空き瓶。養生布にくるまり後部座席で寝るケンタ。


宇宙

暗闇に上弦の月の輪郭。その光の線が二重になり緩み口を開く。そこから白く光輝く子供の手。


ニギの胴体に収まる精一郎 (8) の顔。


くたびれたイエロースクールバス

バス前の司祭ワレス・タタンカ・ウォキムナカ (58) 。


ワレス(無音) 「セイをゾミトゥカと呼ぶ。」


安モーテル(屋内)夜

108号室。ベッドで眠る長い黒髪の無名女優。ベッドの横で膝をつきその横顔を見ている濡れた精一郎。女の右肩に左手をのばす。伸ばされた精一郎の左手にヤマビル。身体全体で吸血し、一定の動きで揺らぐ。


ロケ車輌 (車内) 、夜明け

車内で寝るケンタと精一郎。運転席で寝入る精一郎。窓越しにジョギング姿の無名女優。髪はヒジャブ内に収められている。精一郎への視線。左手でガラス窓をノックしようとするが、ためらい止める。


安モーテル (屋内) 、夜

108号室。精一郎の左手が寝ている無名女優の右肩に置かれる。


古い家屋 (屋内)

室内で雨が降っていると感じるほどひどい雨漏りのする15畳ほどの広間。全ての畳は壁に立てかけられ、天井板もなく屋根裏と、屋根が抜け落ちた所から雨空が見える。床は死に節の抜け落ちた穴だらけの床板で、その無数の穴一つ一つから、ガラガラ蛇の尾がガラガラと音を立てながら揺れている。それはあたかも蛇の祝福を受けているようで、部屋全体がその無数の尾に呼応するように振動している。その広間中央に濡れながら佇む無名女優と精一郎。無名女優は振り返り、不安げに精一郎を見る。


ロケ車輌、夜明け

ガラス窓上に置かれた精一郎の左手。運転席で寝入る無名女優。


安モーテル,(屋内) 、夜

104号室、精一郎のベッド。光の色が108号室と異なる。彼女と同じ体勢で寝入る精一郎。その姿を見入る無名女優。彼の右肩に置かれた彼女の左手。精一郎が目を開く。


ロケ車輌 (車内) 、夜明け

窓越しに精一郎をのぞき込んでいた無名女優に入れ替わり精一郎が車外にいる。その左手はガラス窓の上で広げられている。運転席で寝入る無名女優。彼女が目を開く。焦点の合わない瞳。瞳が徐々に目の前のガラス外にいる精一郎を捉える。


古い家屋 (屋内)

室内で雨が降っていると感じるほどひどい雨漏りのする15畳ほどの広間。精一郎がガラガラ蛇のいない床板を取り除く。床下には暗闇が現れる。そして無名女優に床下を覗くように無言で促す。無名女優は言われるがまま、腰を下ろしその床下をのぞく。無名女優の頭にあるヒジャブが雨で濡れる。精一郎の左手が無名女優の右肩に置かれている。


精一郎(英語)  「 何が見える? 」

無名女優(英語) 「 何も見えない。全くの暗闇。 」

精一郎(英語)  「しばらくすると、目が暗闇に慣れてきます。 」

無名女優(英語) 「 赤黒い光がたくさん見える・・ 目だわ、目が見える。 」

精一郎(英語)  「 その目はいくつ見えますか?」

無名女優(英語) 「16個・・何か大きな物体の上に無数のガラガラヘビ。その物体は・・、大きな蜘蛛。」

精一郎(英語)  「 あなたにも彼女が見えて良かった。でも彼女は蜘蛛じゃない。彼女はレインメーカー(雨女神・ミヅハノメ)。」


安モーテル (屋内) 、夜

108号室。ベッドから起き上がる無名女優。混乱しベッド縁に座る。落ち着きを取り戻すとジョギング用のウェアに着替える。


古い家屋 (屋内)

床下を見ていた無名女優に顔を上げるように促す精一郎。腰をかがめた二人の前に、隣の仏間から黒い煙に包まれた人影が姿を現す。その人影が現れた途端、ガラガラ蛇の尾は静止。人影の顔は黒い煙に包まれ見えないが、雰囲気として黒い大島のような和服姿の老婆に感じられる。人影は二人を覆い尽くす程、二人に近づき、そして覗き込む。


ロケ車輌 (車内) 、夜明け

無名女優がいた運転席で目を覚ます精一郎。混乱し左手で鼻血が出ていないか顔を触る。左手に視線を移しヤマビルが付いているかどうか確かめる。その姿はない。


安モーテル、夜明け

104号室前で立ち止まるジョギング姿の無名女優。カーテン隙間から見える室内は暗い。


ロケ車輌、夜明け

運転席ドアを開け外に出る精一郎。湖畔の水面にはまだ朝靄が立ちこめ幽玄な雰囲気。ひっそりとした車道に出て無名女優の姿を探すが、そこに人の姿はない。ドアが開く、振り返る精一郎。バンから姿を現すケンタ。


ケンタ(英語)  「精一郎、宿に戻ろうか?」

精一郎(英語)  「はい。」

ケンタ(英語)  「あぁ〜あ、やだね。 撮影最終日だって思うと、かなりテンション落ちる。」

精一郎(英語)  「ですね。」


(続く)

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