間違いをリピートする

「ホワイトストロベリースターフルーツパッションソーダください! サイズはタシュケントで!」


 ピサ、エッフェル、タシュケント、クアラルンプール。有名な塔の名前から取っているらしい。

 湖夏くんなら元ネタも知ってるのかな? そう思って隣を見ると、飲み物のリストには目もくれず、両手でスマホをぽちぽち。


「湖夏くんは? なんか飲みたいものある?」

「あ……えっと……」


 ちらっと見えた画面には、映画の時間表が映っていた。


「と、ところで万華鏡さん。後で、というのは、この後、ですか? それとも後日?」

「んー、どっちでもいいよ?」

「はい、わかりました」


 そんなに観たかったのかな、影法師ノ恋。実は原作ファンだったりして?


「付き合わせちゃってごめんね。奢るから、好きなの言いなよ」

「えと……万華鏡さんと同じものを」


 画面を見たまま、メニューも見ずにオーダー。

 会計を済ませて、ドリンクを持って、席に着いても、ずーっと画面を操作している。今はバスの時刻表のスクショを何枚も撮っている。真面目というかマメというか。


「おーい? 湖夏くーん?」

「は、はい、どうしました?」

「湖夏くん、カフェ初めて?」

「は、はい。家が一番落ち着くので、ひとりで来る理由がありませんから」

「やっぱり人が多いと落ち着かないもんなの?」

「ええと……会話の必要がなければ大丈夫です。他人は他人ですから」


 なんか、言い方がストレートな気がする。いや、いつもストレートだけど、今日はどことなくトゲがあるというか、余裕がない感じ。

 湖夏くんは文句のひとつも言わずにストローに口をつけた。私もそれに続く。フレッシュな酸味が強めの炭酸に乗って弾け、後から透き通った甘みが追いかけてくる。美味しい。新しい味だ。

 その珍しいフレーバーを、湖夏くんは表情一つ変えずにごくごくと勢いよく飲み下していく。ちゃんと味わってるのかな。


 考えてることはよくわかんないけど、楽しくはなさそうだ。


「ちょっとトイレ行ってくるね」

「はい。わかりました」


 そそくさと、逃げるように個室に転がり込んだ。


 こんな時は文明の利器に頼るに限る。

 私に合わせてカワイくオシャレしたスマホケースをカチャっと外す。見た目はいいけど、デコりすぎて重いのよね、これ。

 誰も見てないのをいいことに、あられもない姿のこの子をぱぱぱっといじる。万華鏡にちゃんと使いこなせるのか、ってパパには馬鹿にされたけど、これでも現代っ子だもん。スマホの一つや二つ、華麗に使いこなしてみせますとも。


「アスペルガー、まとめ……っと」


 検索候補からそれっぽいものを順番にタップ。いくつか巡って、特徴やら性格やら、事細かに書いてあるサイトを見つけた。


「ええと、なになに……特定の物事へのこだわりがとても強い……同じことを何度も繰り返すのが得意……1度決めたことを変更するのがストレス……これかな」


 適材適所を心掛けましょう。記事はそう締めくくられていた。


 薄々感じてはいたけれど、当日になって予定変更したのがやっぱりまずかったらしい。

 ……さて、原因はわかった。湖夏くんの機嫌を直すにはどうしたらいいのかな。

 特別なこと、サプライズ的なものは、この記事を見た感じではだいぶ嫌いそう。かと言って、今からダッシュでバス停に行っても全然間に合わないし。


 ひとりで考えてみても、赤点を量産してばかりの頭では答えは出ず。あんまりトイレに長居しすぎるのもトシゴロの女の子としては避けたい。


「素直に謝るか……」


 結局、一番無難な選択肢に落ち着いた。




「お待たせー」

「あ……おかえりなさい、万華鏡さん」


 なんだかバツが悪そうな、癖のない黒髪を垂らして俯く湖夏くん。


「今日はごめんね。ワガママに付き合ってもらっちゃってさ」

「い、いえ、全然……」

「私は大丈夫だから、言いたいことは遠慮なく言えばいいよ。ね?」

「あ……が、頑張ります……」


 楽しい話がしたいって気持ちはわかるけど、やっぱり少しは直接教えて欲しい。人と話すのが苦手な彼に、強要はできないけれど。 

 一口飲む。一瞬、辛味を感じた。辛さは味覚ではなく痛覚で感じるものだとかなんとか、昔テレビかなにかで見た気がする。

 そういえば、湖夏くんのストロベリーなんとかサワー、全然減ってない。ずっと待っててくれたのかな。


「あの……」


 ……あれ?

 湖夏くん、席に着いた時から結構飲んでなかったっけ?


「もしかして、気づいてないんですか?」


 私の手にある、妙に軽いドリンクのカップを見ると、まだ飲み始めたばかりなのに半分くらい減って――

 ……まさか。


「湖夏くん! 謀ったわね!?」


 湖夏くんは私のストローに口をつける。楽しげな顔をほんのりイチゴ色に染めながら。


「付き合ってるんだから気にしない、って言ってましたよね?」

「それはっ! ……言ったけどぉ!!」

「では、これでおあいこということで」


 今日初めて、湖夏くんの笑顔を見た気がする。完全に油断してた。いやでも、こんな形でやり返してくるなんて誰が予想できたよ。


「同じことを繰り返すって、こういうコトにも当てはまるのね……」

「調べてくれたんですか?」


 ……いや、大事なのはこの次か。

 同じことを繰り返すのが得意。変更するのがストレス。


「……万華鏡さん?」


 今回は、私のワガママに付き合ってもらったわけだし……これくらいのサービスは、いいか。うん。別に私だって、嫌ってわけじゃないし。外でするのはちょっと抵抗あるけど。


 意を決して、家でやったのと同じことを繰り返す。

 飲み物を交換して、それを私が飲んで。

 その次にやったことを、もう一度。


「んっ……」


 甘く弾ける、ストロベリーの香り。

 冷たさとキツめの炭酸で痺れた舌に、じんわりと彼の温もりが広がるにつれて、果実の味も鮮明になっていく。

 こんなに甘かったっけ。湖夏くんのことばっかり気にしてたから、私もよく味わえてなかったのかもしれない。




 恋人らしいやり取りの後、先に口を開いたのは湖夏くんだった。


「……万華鏡さん、あの……そこまで再現しなくても」

「……えっ?」

「たぶん、ネットの記事とか読んだんだと思うんですけど、その……アレはやっぱり、特別と言いますか……ほら、場所も状況も全然違いますし」


 …………。

 冷静に、自分のした事を振り返ると……急激に、体の芯が燃えるように熱くなる。


「べっ、別にそういうのじゃないし! 私がしたかったからしただけだし!!」

「えっと、たぶん、より恥ずかしいことになってると思います」

「うるさいうるさい!! なによ、湖夏くんは私とキスするの嫌なわけ!?」

「そ、そんなまさか! 今すぐ続きをお願いしたいくらいです!」


 この流れで誰がするか!!

 血の巡りがよくなったせいか、周囲の様子もよく見える。店員や他の客の、冷ややか……というより、むしろ暖かい目に。


「今日は、もう勘弁して……」

「は、はい」


 冷たいドリンクをいくら飲んでも、身体の火照りはとれなかった。

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