自己紹介はトラウマらしく

「はいどーもー! 今をときめく高校二年生、神楽坂万華鏡サマでーす! 好きな食べ物はいももち! 好きな音楽は演歌! 好きな授業はお昼休み! ギャルやってまーす!」

「いももち、演歌、お昼休み……お昼休み?」


 こまめにメモを取るいい彼氏。

 それとこれとは別の話。


「首傾げてないで、ほら、湖夏くんの番。やってみ?」

「え、あ、は、はい!!」


 脳内でライムを刻んでる場合じゃない。

 湖夏くんのことは、ぶっちゃけ名前以外はそんなに知らない。彼も熱心にメモ取ってたし、その辺はお互いサマってことで。


「えっと、高校二年生の、名前は祠堂湖夏、です。好きな食べ物は……美味しいものなら大体なんでも」

「カーット!! 漠然としすぎ! そんなんじゃなんにも伝わんないよ!」

「ご、ごめんなさい……」

「なんかないの? 夕飯に出るとテンション上がるヤツとか、帰りにコンビニで買い食いするとか」

「……ごめんなさい」


 買い食いはしないだろうなって言ってから思ったけど。湖夏くん真面目そうだし。

 好きな食べ物がないって、それもアスなんとかいうやつのせいなのかな。良く知らないけど、たぶん味覚がなくなる類のモンじゃないと思う。


「昔から、その、自分の話って苦手で」

「それはもう聞いた。だからこうして自己紹介の練習してるんじゃん」


 現在地、私ン家。

 女子高生がクラスの男子を部屋に連れ込むなんていう、思春期男子夢のシチュエーションベスト3入り間違いなしの状況だけど、肝心の彼はただただ萎縮恐縮するばかり。思春期女子として安心するべきかがっかりするべきか、甘酸っぱい青春トラブルの気配はこれっぽっちもない。

 進展ないのもアレだし、自己紹介ついでに好きな料理でも聞いとけば、後でポイント稼げるなーと思ってたんだけど。そう上手くはいかないもんだね。


「これも、全部そのアスなんとかいうやつのせいなわけ?」

「……はい」

「人前に出ると緊張するとか、恥ずかしいとか」

「いえ、そういう……それもある、んですけど」


 湖夏くん、いつもよりよく喋るなあって思う。学校では足から根っこでも生えてるのかってくらいずーっと机にいて、誰かの傍に駄弁りに行くのなんて一度も見たことない。


「……頑張って話しても、笑われたり、馬鹿にされたり……そのうち、怖くなってしまって」


 だから、これはきっと、とっても特別なこと。

 湖夏くんが今まで誰にも話さなかった悩みを、私にだけは隠さずに打ち明けてくれる。


「私、怖い?」

「万華鏡さんが、ですか? い、いえ全然!」

「ならヘーキだって!」


 絶世の美少女こと神楽坂万華鏡サマが磨きをかけた、全男子垂涎のアルティメット美少女スマイル。with金髪ツインテ。


「今ここにはこの私しかいねーんだからさ。ついでにその堅苦しい喋り方もやめたら? フツーでいいよ」


 これでオチない男はいない。って、湖夏くんは既にオチてるんだっけ? まあいいんだよ細かいことは。


「……ごめんなさい」

「えーとぉ、どのあたりが謝罪ポイント?」


 まさかの不発。

 あー、いや。考えてみれば当たり前か。

 大事そうに両手でメモをぎゅっと握りしめる彼のことを、私はあまりにも知らなすぎる。


「わからないんです。普通の喋り方、というのが。他人から友人や、かの……彼女へ移行する時の、距離の詰め方や、適切な言葉遣いも」


 湖夏くんは、ずっと、ずーっと、私の知らないところで悩み続けてきたんだもんね。

 なんにも知らない私のアドバイスで、今すぐ解決なんてできるわけがない。つーか、できるならとっくにやってるか。 


「ほーん。それ、私もそうかも」


 どうすれば湖夏くんの悩みが解決できるのか、なんて、私のつるつるすべすべな脳みそをフル稼働させたところでちーっとも見えてこない。


「私、クラスメイトでもセンコーでも全員同じ喋り方っしょ? 差の付け方がわかんねーっつーか、差をつける意味がわかんねーっつーか。上手く言えないけど、湖夏くんと同じっぽくない?」

「誰とも平等に接する……ですか?」

「それそれ!」


 ただ、今と同じ悩みが過去にあって、これからの未来にもずっとあるんなら。

 湖夏くんが今のそのままを肯定できれば、きっと未来も楽しくなるはず。


「そう思うと、なんか親近感湧いてきたかも! 意外な共通点!」

「共通点……なんでしょうか……?」

「前にも言ったっしょ? 細かいこと気にしすぎだって!」

「そうですかね? ……そう、ですね」


 初めて見る、彼が他の人に向ける、優しい笑顔。


「ありがとうございます。万華鏡さん」


 不覚にも、ときめいてしまった。

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