隠し事のできない性格
「さーてと。んで、これからどうするよ?」
教室を出たはいいものの、これからのプランは全くの白紙。
朝の時点ではいつものように街をふらついてナンパを一蹴するライフワークに赴くつもりだったけど、そんな気分でも状況でもなくなったし。
「あ、つーか放課後だいじょぶ? 帰宅部だよね?」
「は、はい。……えっ? 覚えてて、くれたんですか?」
「まーね。うちの学校、部活盛んじゃん? 帰宅部って珍しいし。私もだけど」
「そ、そうなんですか……えへへ」
表情筋がゆるいのか、お花のエフェクトが似合いそうな微笑みだ。犬みたいで可愛いけど、こんな簡単なことでここまで顔を綻ばせられるものかね。
「そうだ、湖夏くん趣味は?」
「趣味、ですか? 趣味……えーと……」
湖夏くんは真面目そうな顔に戻って、うんうん唸り出した。
「そんなマジに考えなくていいって。趣味ないの? 土日とか放課後なにしてるの?」
「えと……ゲームしたり、パソコンでネット見たり」
「あるじゃん趣味。湖夏くんやっぱインドアなんだ。なんかわかるわー。そういうオーラ出てるよね」
クラスにおける祠堂湖夏という少年は、いわゆるぼっちだ。
誰とも話さず、一人で黙々と本を読むか勉強するか、じゃなきゃ寝てる。頭の中の湖夏くんは、たまに他の男子にからかわれたりイジられたりした時の、困った顔のイメージ。たぶん、一人でいるのが好きなんだろう。
そして今の顔は、困っているというよりは、神妙な、なにかを考えている顔。
「こんなので、いいんですか?」
「いい、ってなんのこと?」
「その……趣味って、もっとこう、熱意というか、夢中になって取り組むもの、みたいな」
「あはは、なにそれ。まー、そりゃ夢中になれればそれに越したことないだろうけどさ。そんなこと言い出したら、みんな無趣味になっちゃうじゃん?」
「……そういうもの、ですかね」
「そういうもんだって」
ハイ、この話は終わり。そのつもりで言ったけど、湖夏くんはまだ納得いかない様子。
「例えば、別にサッカーに詳しくなくても、試合を見てて、このシュート外すのはありえない、とか、あの選手は顔がいいね、とか言ってれば、その人はサッカー観戦が趣味って名乗っていいのでしょうか?」
急に具体例が出てきてちょっとビビった。でも言いたいことはわかる。
「あー、まあいいんじゃない?」
「その、本物のファンに怒られたりは」
「そんときは、最近見始めたんで詳しくないんだーとか、よければ教えてーとか言ったら? 細かいこと気にしすぎだって。結局、話が広がればなんでもいいのよ」
「……なるほど」
どのあたりがなるほどなのかはともかく、話題転換のチャンス到来。
「湖夏くん、結構フツーに喋れるんだね。なんか意外」
「え!? あ……どこか、おかしかったですか?」
「ん、別に?」
「そ、そうですか。良かった」
胸を撫で下ろす仕草。大袈裟だなと思いつつも、演技っぽくはない。ぎこちなさまで含めて、不自然なくらい自然体。
隣を歩く彼の半歩先に出て、横からのぞき込んでみると、遠慮がちに繋いだ手がびくりと震えた。
「なに? もしかして緊張してる?」
「あ、ま、まあ…」
「そっかー。そうだよねー。学園のアイドル、高嶺の華で有名な神楽坂万華鏡サマとツーショットなんて、軽く暗殺案件だし」
「あ、暗殺…!?」
きょろきょろ辺りを見渡す彼があまりにおかしくて、思わず吹き出してしまった。
「ぷっ、あはははっ! 冗談に決まってるじゃん。湖夏くん、面白いね」
「あ、冗談……ですね。そうですよね」
湖夏くんが困ったように笑う。
見慣れたはずの、イメージ通りの顔を、女の勘が見過ごさない。よくわかんないけどスルーしちゃいけない気がする。
「それだけ?」
「……それは、どういう意味ですか?」
「や、なんつーの? なんだろーね。変じゃないけど、思ってたリアクションとは違ったかなーって」
アドリブに弱いとか、たぶんそういう話じゃないと思う。
顎に指を当てて考えるポーズ。これは単に気分の問題。
「あ、あの……ぼ、僕……は……」
言葉を待ってみる。普段、自分から誰かに話しかけることなんてない、彼の声を。
「僕は……アスペルガー、なんです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます