彼氏がアスペルガーで何が悪いんですか?

井戸

犬のように従順で

告白から始まらない恋愛もある

「神楽坂! 俺と付き合ってくれ!!」

「ごめんなさい」


 放課後の教室で、自慢の金髪ツインテが縦にふわりと揺れた。


 これで27人目だ。

 私、神楽坂かぐらざか万華鏡まんげきょう。とってもモテる高校二年生。顔や肌や髪のお手入れにかける時間と情熱の賜物だから実際悪い気はしてないんだけど、彼氏いない歴イコール年齢は今も絶賛更新中。


「だーっ、やっぱダメか!」

「ダメっつーかさ、罰ゲームだか玉砕覚悟だか知らないけど、教室のド真ん中で愛を叫ばれてもねー? せめてどっかに呼び出すくらいしてくれないと、その時点で不合格だよ」


 みんな帰る準備や部活の支度をしてるのに、私の机の周りにだけは、人払いをしたみたいに広いスペースが出来上がっている。

 けらけらと外から笑う野次馬達に、座ったまま小さくため息。

 断る方の気持ちにもなれ。特に男子、お前ら全員まとめて評価ダウンだからな。今この瞬間、全員脈ナシになったからな。


 そもそも私は彼氏を作れないんじゃない。作らないだけ。

 私のお眼鏡に適う相手がいないし、尽くしてくれる人じゃなきゃ嫌だし、彼女をステータスとしか見てない童貞は論外だし。

 選べる立場なんだから、選り好みが激しいのは許してほしい。見込みある男はお友達から始めることもあるけど、未だに彼氏が居ないのは、つまりそういうこと。


「じゃあ、逆に誰だったら合格なんだよ」

「そうねー。強いて一人だけ選ぶなら……」


 周囲がざわつく。俺か? いや俺だろう。彼女持ちの誰かじゃないか? 大穴で先生とか――とりあえず、あんたらはついさっき無くなったよと、ささやかな胸の中で呟く。って誰がささやかだ。ちゃんとあるわ。C寄りのBだわ。


 ふと、背中に視線を感じる。

 振り向くと、一瞬だけ視線が重なる。

 すぐに逸らされてしまったけど、これは今日が初めてじゃない。彼はたまに、私に熱い視線を投げつつ、こっちが応えようとするとすぐに逃げてしまう。

 野次馬の群れに混ざらずに、宿題のプリントに目を落とすクラスメイト。僕は見てません、興味なんてありません、と言いたげなパフォーマンス。顔が赤すぎてバレバレだけど。


 ノイズがいっそう強まる。まさか、そんな馬鹿な、有り得ない――うるさい。それを決めるのはお前らじゃない、私だ。


祠堂しどう湖夏こなつくん」

「は、はいっ!?」


 しん、と静まり返る教室。

 今度こそ、捉えた視線を離さずに、大きく見開かれた目を見ながら話す。


「この教室の中なら、キミが一番マシかなあ」

「え……あ……ど、どういう……」

「どうもなにも、そのままの意味。もしクラスメイトの誰かと付き合わなくちゃ死ぬってなったら、キミがいいなって」


 湖夏くんは耳まで赤くして、俯いてしまった。

 少年のようなピュアで素直な反応が可愛らしくて、もっと困らせたくなってくる。


「ねえ、祠堂くんは私のこと好き?」

「あ、え……!? ……は、はい。好きです」

「ふうん。そっかー」


 背筋をピンと伸ばして、しどろもどろになりながらも、ちゃんと答えてくれる。

 いちいち断るのも疲れたし、今ならクラスの全員が立会人だ。いろいろと都合もいい。


「なら、付き合っちゃう?」

「……は、はいっ!?」

「じゃあ決まりね。よろしく、湖夏くん」

「いやっ! 今のは、そういう『はい』では……」


 鞄を持って立ち上がる。もうこの教室に要はないから。


「何か言った? 湖夏くん」


 空いた手を彼に差し出す。エスコートは彼氏の役目だ。


「……よろしくお願いします……ま、万華鏡さん」


 緊張のせいか、重ねた手は少し湿っていて、まるで犬の肉球みたいだった。

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