知識も思いも包み隠さず

「だーっ!! わっからーん!!!」


 発狂インマイホーム。

 現在、部屋に彼氏を連れ込んで勉強中。

 いちゃこらしてたら捗らないのが普通? 一理あるけど、これはそういう問題じゃなくて。


「何この量!! 全然終わる気しないんだけど!!」

「1週間分の宿題を1日で終わらせるのは、無理がありますよね……毎日コツコツやる想定の分量ですから」


 ザ・自業自得。

 いやしかし、ちょっと待ってほしい。1週間分の宿題を出しておきながら、進捗を全く確認してこない先生サイドにも責任はあるのでは?


「忘れてた、んですね」

「いっそ明日まで忘れてたかったっつーの……というか、湖夏くんは? 帰って勉強しなくていいの?」

「僕はもう終わりました」


 ワーオ。さすが真面目ボーイ。

 その時、神楽坂万華鏡サマのすべすべ頭脳に電流走る。


「見せて!!」

「え、ええっ!? 駄目ですよ、自力でやらないと、テスト前なんですから」

「くううぅ……テストなんて滅べばいいのに……」


 人は何故、やりたくもないテストのために、人生の貴重な時間を削り取られなきゃいけないんだろう。


「ほら、続きやりましょう。解き方も含めて解説しますから」

「答えだけ教えてくれれば埋めるよ」

「理解しないと意味無いでしょう……?」

「人間サマが世界の全てを理解してるなんて、なんて浅はかで傲慢な考えだろう。湖夏くん、そうは思わない?」


 故に私は勉強しなくてよい、QED。はいおしまい。


「ピタゴラスの定理、って知ってます?」

「いくらなんでもそこまで馬鹿じゃないわよ。伊達に高二やってないわ」

「あ、いや、ごめんなさい。そんなつもりで言ったんじゃないんです」

「オーケー。続けて」


 湖夏くんはスイッチが入るとよく喋るようになる。なんとなく、話しててわかった。

 会話が苦手なら、喋れる時に喋ってもらうのがいいよね。


「ピタゴラスの定理は、数千年前のエジプトで、ピラミッドの建設に用いられていたとされています。当時から、辺の比が3:4:5の三角形が直角三角形になることは広く知られていました」

「ふむふむ。そんで、それをどう使うのさ」

「まず長い紐を用意して、等間隔に12等分になるように、結び目を作ります。その紐を持ち歩いていれば、3:4:5をいつでも作ることができます」

「紐で直角三角形を作るわけね。それになんの意味があるの?」

「いつでも直角三角形が作れるということはいつでも直角が作れる、ということです」

「……おー! 確かにピラミッドの石って綺麗な長方形だね」

「直方体、ですね」

「いいのよ細かいことは」

「はい」


 すらすらと流れるような見事な説明。先生みたい。


「すごいと思いませんか? 精密な機械も分度器も存在しないのに、紐が1本あれば、正確に直角を作り出せるんです。これは、例えば明日突然異世界に転生したとしても、確実に使える技能です」


 どもったり、言葉に詰まったり、おどおどしてない湖夏くんは、いつもよりかっこよく見える。

 こういう一面もあるんだ。知らなかったよ。


「湖夏くん、楽しそうだね」

「そうですか?」

「うん。勉強好きなんだ」

「勉強が好き、と言いますか」


 今話しているのが、本当の彼。

 教室の彼は、自分を守るための偽りの姿なのかもしれない。


「これもアスペルガーに共通する特徴ですが、規則性や法則性を探すのが好きなんです。だから、勉強で言えば、どちらかというと理系科目が得意な人が多いです」

「法則性ねー。あ、そうだ」


 よっしゃ。この流れなら、今度こそ決められるでしょ。


「例えば、私が笑うとみんなも笑顔になる、とか?」


 かわいさマシマシキューティクル絡めアルティメット以下略スマイル! どうだ!!


「はい。いつも凄いなと思っています」

「……お、おう。照れるぜ」


 成功? 失敗? 困ったことに、恋愛に審判はいない。

 それにしても湖夏くん、どストレートな言い方が多いな。めっちゃ調子狂うわ。会話が苦手っての、こういうことね。なんとなくわかってきた。


「僕は、人と上手く喋れないので、できるだけ多くの人とは関わらないようにしてきました。仲良くしたくても、上手くいかなくて、お互い嫌な気持ちになることばかりで。だったら、最初から関わらない方が、お互い幸せだろうなって」


 自分だけでなく、他人を守るためでもある、と。

 偉いと思うけど、なんだか寂しいな、それ。


「だから僕は、みんなに笑顔を振りまいて、多くの人を笑顔にできる万華鏡さんを尊敬しています。そんな万華鏡さんが大好きです」


 ……あー、なるほどね。そう繋げるのね。

 本当にこの子は、オブラートに包むということをしないな。


「……あのさ」

「はい?」

「……現代っ子が、こんな面と向かって……大好きとか言うかねフツー……」


 湖夏くんに普通を求めちゃいけないんだろうけど、恥ずかしいもんは恥ずかしい。


「でも、他の人からも何度も言われてましたよね?」

「好きじゃない相手はノーカンなのよ」

「……それって」


 やっべ、うっかり。

 ああ、もう、ほんと調子狂うなあ!


「あー、今日はあっついわね! 冷たいお茶持ってくるわ! ここで待ってて!」

「え、ならお手伝いに」

「ここで! 待ってて!!」

「は、はいっ!!」


 逃げるように部屋を飛び出て、勢いよく扉を閉める。

 扉が閉まるまでのほんの一瞬。私と同じように真っ赤になった、彼の横顔が見えた。

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