第32話なんかめんどくさくなってきた

「すみません。さきほどから声をかけ続けていたんですが」


青年は掴んでいた私の腕を離した。


やっぱりこの声どこかで。


記憶を辿ろうとした時青年はポケットからなにかを取り出した。チェーンの付いた金色に輝いた懐中時計だ。


「ずっとあなたを探していました。あなたがこの時計を置き忘れたときすぐに追いかけようとしたんですが僕がこの時計に気づいたときはあなたが店から出て少し経った後だったので」


「これって」


私は懐中時計を受け取り、まじまじと見つめた。

竜頭の部分を押したら上蓋が開いた。間違いなく私が探していた懐中時計だった。


この青年がなぜ私の懐中時計を持ち、私を探していた理由はさきほどのデジャブと彼の言葉で察することが出来る。


「あんた、あのとき相席になった……」


「はい、覚えていてくださったんですね」


青年はふわりと柔らかく笑った。


私は青年の顔を覗き込んだ。あの時は後ろ髪が腰まで長く前髪も鼻筋までかかっていたので顔がはっきりと認識できなかった。でも、今はその長かった髪をばっさりと切ったらしく、すっきりしている。


まさか、また会うことになるとは思ってもみなかった。


「ねぇ、レイ」


うさぎが耳元で話しかけてきた。


「彼のこと知ってるの?どこで会ったの?」


うさぎの口調に若干狼狽が混じっている。私は視線だけうさぎに合わせた。そういえば、この青年と私が初めて会ったときうさぎはいなかったんだ。だからうさぎはこの青年を今日、初めて見たということになる。


「彼ってたぶん、間違いなく」


「?」


「もしかして、気づいてない?」


「?」


なんだよ。そのもったいつけた感じは。


「ほら、この子だよ」


うさぎは例の乙女ゲーム雑誌を私に見せるように開いた。


「この子で間違いないよ。攻略キャラクターの一人だよ」


そしてキャラクターの一人を指差した。


私はページの中にいるキャラと目の前にいる人物を見比べた。


白銀の髪、紅い目、中性的な容姿。


私は青年に一歩詰め寄り前髪を指で軽く持ち上げ顔を覗き込んだ。


「!?」


青年は私の突然の行動に驚き、後ずさる。


あ、思わず。


「まじか」


まさかあの気弱そうな長髪の男が攻略キャラクターの一人だったなんて自分でも驚いている。モブキャラだと思っていたキャラがメインキャラだったとは。乙女ゲーム雑誌では食堂で会ったときとは違い、髪も短く切られており顔立ちもはっきり確認できるように記載されている。


つまり私がこの世界で最初に接触した攻略キャラクターはアルフォードではなくこの男だったというこっとか。もしかしてあの食堂での出会いがイベントの1つだったのだろうか。

私はまじまじと青年を見つめた。

たしかに端整な顔立ちだ。乙女ゲームの攻略キャラの一人と言われたら納得するほどのレベル。


でもなぜだろう。乙女ゲームの攻略キャラクターっぽくない。

綺麗は綺麗なんだが、中性的な独特の雰囲気は女性よりも男性の目を惹きやすそうだ。


例えるならボーイズラブの受けっぽいキャラクターだ。


「あの」


青年はじっと品定めするような視線に気まずそうにしている。


「……髪の毛切ったの?」


「はい、あなたの言葉が僕にきっかけをくれたんです」


私の言葉?私は青年に言った言葉を思い出す。


“なんだよその鬱陶しい自虐発言”


“不幸に浸っていたいって思っているだけだ”


“自意識過剰にもほどがある”


碌なことしか言った覚えがない。所々でしか思い出せないがあの八つ当たり気味の言葉のどこにきっかけがあったというんだ。そういえば、確か髪の毛に対しても何か言ったような気がする。


「あのときはすみませんでした。あなたに愚痴をこぼしてしまって。実はあのときいろいろ参っていまして」


「……あんたムカつかないの?」


私は訝しげに目の前の男を見る。


「?」


「見ず知らずの女にあんな知ったようなこと言われて」


私はこの男の状況や短所を勝手に決めつけ捲くし立てるよう言葉をぶつけた。正直この男の愚痴なんかよりも私のほうが結構な物言いをしていた。


「はじめてだったので」


「はじめて?」


「あんな風にはっきりと言ってくれたのははじめてでした」


青年の私に向ける眼差しには嫌悪や怒りの感情はまったくなかった。

もしかしてあの八つ当たりに近い罵倒を己のための叱咤って思われているのか?その結果、好感度が+1ほど上がっているのか?


おめでたいにもほどがある。頭に花でも咲いてんじゃないのか。


「もしかしてさっきの広場での視線ってあんた?」


「はい。偶然あなたを見つけたので時計を渡そうと思って」


「ずっともってたの?」


「はい」


オマエのせいか。オマエがずっと時計を持ち歩いていたから私はいろんなところを行ったり来たりする羽目になったのか。オマエが私の懐中時計を持ち歩かなかったら食堂ですぐ受け取ることができたのに。


だからなのか感謝の意を示す気になれない。


でも、ずっと時計を渡すために私を探していたと聞かされると責める気にもなれない。


「……じゃあもう用はすんだね。さようなら」


少し考えた結果、黙ってここから去ることを選ぶ。


「待ってください」


再び腕をつかまれた。今度はさきほどよりも力が強い。


「何?」


「教えてください」


「は?」


「名前を教えてください」


「なんで?もう会うこともないのに」


青年は今度は両手で私の右手をぎゅっと握ってくる。


「また、会ってくれませんか?」


儚げな雰囲気を残しつつも真剣な眼差しで私を見つめてくる。


「……………………は?」


「突然すみません。この前会ったばかりなのにこんなこと言われて困らせてしまうかもしれませんが」


よくわかってるじゃないか。わかっているなら言うなよ。

下手したら性質の悪いナンパだぞ。


「僕はあなたと偶然出会えたつながりをどうしても捨てたくないんです」


私はお前とのつながりを捨ててもいいって思っています。


「頻繁に会ってほしいとはいいません。少しずつでいいので僕と話してくれませんか?」


やめろよ。これ以上フラグを立てたくないんだ。

あんな出会いで私と交流を持ちたいなんてご都合主義すぎる。私の大ッ嫌いな展開だ。


「手を離して」


名前なんて名乗ったら主人公補正で関わらずにはいられなくなる。


「僕の名前はエヴァンスと言います」


名乗っちゃったよ、名乗らなくてもいいのに。


「私の名前はナナシノゴンベエと言います」


「……」


「……」


「……あなたの名前を教えてください」


聞かなかったことにされた。


おいおい、そんな目で見るなよ。私の言葉をどう受け止めたか知らないけど私は乙女ゲームのヒロインみたいな愛嬌も健気さもない。乙女ゲームの王道ヒロインの相反する性格や思考をしていると自分でも自覚している。これ以上のフラグは真っ平ごめんなんだ。


「あんた私の一体何を期待してんの?」


理想を押し付けないでほしい。


「違います。僕はあなたともっと話したいんです。それにあなたと再び会えた縁を大切にしたいんです」


その言葉を聞いて記憶がフラッシュバックする。


“怜ちゃん、人と人とは縁というもので繋がっているんだよ”


縁という言葉はある人にも言われた言葉だ。思い出さなくてもいいことを思い出してしまった。


「………そういうのいいから私」


やっぱり名乗るのはやめる。私は手を引こうとした。


でも、彼は手を離してくれない。私と関わりたいと訴える真剣な眼差しに視線をそらす。その視線をどこかに置きたくて持っていた懐中時計に目をやった。


「げ」


適当に時計に目をやっただけだったが、それが今の自分にとって重大なことを突きつけていた。

もうあれから1時間近く経っていた。1時間経ったら戻ると言った手前戻らなければいけない。

クビになっている可能性もあるけど。


「私、店に戻るから」


「店?」


「ケーキカフェで働いているんだけどそろそろ戻らなくちゃいけないから」


「ケーキカフェ……」


私は手を離してもらうために急いでいる風に装った。


「さような」


「せめて名前を教えてください」


こいつ、しつこいな。大声出すぞ。


「もし、迷惑に思われているのならもう会ってほしいなんて言いません。せめてあなたの名前を教えてほしいんです」


彼は私をじっと見つめた。彼の綺麗な紅い瞳に私が映り心臓が跳ね上がる。


だからそんな目で見るな。なんで乙女ゲームの攻略キャラクターは無駄に顔が良いんだ。


私、こんなに情けなかったか。もし、この男がプライドが高い我侭な性格で一言一言に女を馬鹿にするような発言を繰り返す俺様タイプのキャラだったら股間蹴り上げて大声上げてさよならで済ませられるのにこの男はそんなタイプとはまったく正反対のキャラだ。


「はぁ」


私は大きなため息を吐いた。


なんかめんどくさくなってきた。めんどくさすぎて馬鹿らしくなってきた。


「レイ」


「え?」


「レイ・ミラーだ。もういいだろ」


「レイ……さん」


エヴァンスと名乗った青年は私の名前を呟き、やっとゆっくりとだが手を離してくれた。途端、彼から食い入るような固い雰囲気が緩くなる。


「じゃあね」


私は手を離してくれた隙にその場から立ち去ろうと踵を返した。


「あの」


「?」


あ、思わず立ち止まってしまった。そのまま無視すればいいものを。


「ケーキカフェで働いているのですね」


私は何も答えず聞こえなかったふりをしてそのまま歩いた。彼がどんな表情をしていたのかは振り返らなかったため分からない。

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