第33話また、余計なことを言ってしまったようだ

「それじゃあ、僕が帰った後に彼と出会ったんだ」


「そういうこと」


私はしばらくして一部始終を見ていたうさぎにエヴァンスと出会った経緯を説明していた。


「たぶん、あいつは私の……『レイ』の相手だな」


ヒロインが最初に出会い、無意識的に強い影響を与えた相手が私の経験上攻略相手ではないはずはない。


「再び出会えるなんて乙女ゲームっぽいね」


うさぎは嬉しそうに笑いながら言った。


「やめろ、冗談じゃない」


「君の言葉をきっかけに彼が髪を切ったのは事実だし」


「意を決したことが必ずしも自分のプラスになるとは限らないよ」


自分を変えるのと現状を変えるのは同じようだが違う。見た目も考え方も変えたからって自分への凝り固まったイメージがそう簡単には覆るこは思えない。

例えばクラスで孤立していたいじめられっ子が一心発起して次の日いきなりおしゃれをしたり明るく振舞っても周囲は突然の変化に戸惑い、奇異の目で見られるだけだ。逆にそれが笑いの種になり更に現状を悪化させる可能性だってある。それに一度も話したことがないクラスの人間といきなり見た目が変わったからってコミュニケーションを取れるとも思えない。

でもここはフィクションの世界。小さなきっかけが都合の良いように進んでいきありえない理想が現実になる。孤立していたいじめられっ子が一心発起したら周囲と上手くコミュニケーションが取れ、友達が出来き、すべてがプラスに働くようなフィクションの世界。


私にはそれがとてつもなく不愉快に感じていた。


「それって君の経験上?」


「うっさい」


なかなか報われないのが現実だ。現実だからこそ努力は簡単に報われてはいけない。煮え切りたくても煮え切らない、多少の理不尽が混ざっていたほうが現実だと実感できる。


「というかレイとエヴァ……エヴァン……ス、エヴァンスだっけ?なんか微妙に狙っているような気がするんだけど気のせいか」


ほんとよかったよ。あの男の名前が「しんじ」か「かをる」じゃなくて。もしそんな名前にしたらどこかから訴えられるぞライター。


「あいつたぶん店にくるな」


あの様子から今日じゃないにしても近いうちに必ず店に来るだろう。


「いいや、別に」


今日でクビになるかもしれないからその後彼が見せに来ても私は知らない。


私はpandaの青いドアの真ん前にいた。懐中時計を見た。現在1時5分前。


私は開口何を言おうか考えたが何も思いつかなかった。

その場の流れに任せようとドアノブに手をかけた。


「いいかげんしろよ!」


アルフォードの怒鳴り声が開きかけたドアの前まで響いた。何事だと思い、静かに店内に入った。


そこには3人の人物がいた。アルフォードとリーゼロッテと知らない男。

アルフォードはその男を睨みつけていた。男はグレーのジャケットを身に纏いアルフォードと向かい合っている。背中越しだが出で立ちで50代の中年男性だと予想できる。そしてその男が客としてここにいるわけでもないこともすぐにわかった。


言いようのない店内に一人の人間が入り視線は一斉にそこに向けられる。

「おまえ」


「レイ」


アルフォードとリーゼロッテは目を目を見開きながら私を見る。

男も振り返った。


「なんだこの娘は?」


男は50代前半の容貌でジャケットの色よりも濃い渋めの髪の色をしている。私を射抜くように睨みつけ、ふんと鼻を鳴らした。


「まさか娘一人を雇う余裕がこの店にあるとは思わなかったな」


そう吐き捨てた後、再びアルフォードに向き合った。


「話は戻すが一体何が不満なんだ?もうすぐ潰れる店を私の力で存続させてやれるというのに」


アルフォードはその言葉にかっとなり男を睨み付けた。


「そっちこそ何言ってやがる。一体何度言えば分かるんだ。この店は潰させないしあんたにこの店の権利を譲る気はない!」


最悪なタイミングで帰ってきてしまったな。そもそも営業中の店内真ん中でそんな話してもいいのか。

そう言いたいがここはあえて空気を読んで黙っていることにした。私は3人から少し離れたイスに座りテーブルに肘をつき、成り行きを見届けることにする。


「この店は潰れる。だが、私の店と連合すればそれは免れる。そちらにもメリットはあるはずだ」


話を聞く限り、あの男もカフェの経営をしておりこの店との連合を提案しているらしい。たしかに潰れかかっている店にとってはありがたい話だ。しかしアルフォードはその話には乗らず憤慨し続ける。


「何がメリットだ。デメリットだらけじゃねえか。連合じゃなくて吸収だろ。俺が今持っている権利すべてをそっちに承継するになる。レシピもだ」


聞くところによると提携ではなく吸収合併という形になるみたいだ。つまり看板は残せても中身はすべて変えられてしまうということになる。権利を委ねた側は一切口出しできなくなるということだ。


アルフォードが憤慨している姿を男は見下ろしながら目を細める


「まだ18歳の小僧が店の店主など……程度が知れる」


「なんだと!」


「すみません」


リーゼロッテは今にも男の胸倉を掴みそうな勢いのアルフォードを制し男の前に出た。


「今は営業中です。来店するお客様の迷惑になります。どうか今日のところはお引取り願います」


あえて淡々とした口調で向き合い頭を下げた。男は剣呑な眼差しで睨みつけているがリーゼロッテは一切は怯まない。


「ふん」


男は諦めたのかゆっくりとドアのほうに向きを変えた。そしてドアノブに手をかけ二人を振り返った。


「いずれにしても来年の4月頃にもうこの店は機能しなくなる。無駄なことをせずに相応な備えをすべきだと思うがな」


男は冷たく言い放ち、店を出た。


「ふう」


リーゼロッテは緊張の糸が解けたのか息をゆっくり吐いた。


「悪いリロ、お前が間に入ってこなかったら俺、自分を抑えられなかったかもしれねぇ」


アルフォードは近くにあったイスに座り込み手で顔を覆った。


「気にしないで」


「相変わらずむかつく言い方しやがって」


アルフォードは小さく唸った。

私はぼんやりと男が見えなくなるまで窓のほうを眺めていた。


「……驚いたよね?」


いつのまにかリーゼロッテは私の隣に立っていた。


「何?あの男」


「レイにも話しておいたほうがいいかもしれない」


「いいの?今営業中だけど。さっき客が来るからってあの男にあんたが言ったんだよ」


「アル、準備中の札さげてもいい?長くはならないと思うから」


アルフォードは手で顔を覆ったまま何も言わなかったが、わずかに傾いたのが見える。リーゼロッテはドアにかかっている営業中の札を準備中の札に変えた。


おそらくこれからリーゼロッテが説明することがこのゲームの肝なのだろう。


「あの人は有名なカフェのオーナー。午前のとき少し話をしたと思うけど」


「そういえば」


ここから少し離れた場所に行列ができるほどの有名なカフェの店舗が出店したとリーゼロッテが話してくれていた。つまりそのカフェのせいでこの店は客足が遠のいている状態だということだ。


「なんとなくさっきの会話で察することができたけど……つまりここと提携ていけいしたいってこと?」


「なにが提携ていけいだよ」


アルフォードは顔を伏せたままくぐもった声色で言った。


「一角に構えている小さな店、あっちは何人もの金持ちが出入りしている店。もし契約を結んだら結果どうなるかぐらい俺にだってわかる」


顔を上げ、忌々しく舌打ちをした。


「でもそんな店がここを取り込もうとするメリットって何?」


私はアルフォードに視線を送った。


「あいつがほしいのはケーキのレシピと『ノアを使わなかった有名な店を引き入れた』っていう名声だ」


「そこまでこだわるもの?」


「あの男はとにかく少しでも店を大きく広げることを第一にしてるんだ。『まったくノアを使わずに客が入り浸っていた店』なんてあいつから見たらかっこうの餌だ」


たしかに端から見たら興味を惹きそうな謳い文句だ。そんな店を取り込んだらより評判が上がるだろう。


「大金ぶら下げりゃ店の権利を俺が譲るって思ってんのかよ。馬鹿にしやがって」


アルフォードは悔しそうに拳を力いっぱい握り締めた。


「あいつ、きっと来年の4月に見計らって強引にことを進めるつもりなんだ」


来年?そういえばあの男も来年の4月頃になったら店は機能しなくなると言っていた。


「来年の4月になにかあるの?」


「何言ってんだ。お前も俺たちと同じ年齢ならわかるだろ?」


わからない。


「来年になったら18歳の国の人間はノアのアカデミーに入学することが義務付けられてるんだ」


「え」


アカデミー?入学?18歳って私も含まれてるの?私はどういうことだという視線をうさぎに送る。


「僕が知っているのは来年になったらヒロインたちに転機が来るってことだけだよ」


うさぎは私にコソっと耳打ちした。来年になったら転機が訪れるって占いかよ。


「ちょっと待って。新しい用語が出てきたから説明書に入ったはず」


うさぎは説明書を急いで取り出した。


「えっと、『この国では18歳になったら3年間アカデミーに入学することになる。そこでは勉学はもちろんだが、ノアの適性をはかることが最優先にされている。特に国に貢献できそうなノアの持ち主は半強制的にその職に就くよう通達される』みたい」


それってやっぱり私も入学するということか。この乙女ゲームは仕事系じゃなかったのか。


方向性が見えない。


「あれ?ここって今はあんたら二人でやってるんだよね。ということは二人が入学したら」


二人を交互に見ると二人とも顔を伏せた。


そうか、あの男がこの店が機能しなくなるという意味はそういうことか。

どうやら二人の様子からして無人の店を任せられる人間はいないらしい。


「俺はあきらめない」


アルフォードは力強く呟いた。


「だから俺はそれまで何があってもこの店を建て直したいんだ。例外があるからな」


私はうさぎは見た。


「確かに例外はあるね。『個人がすでに生活基盤の現職に就いている場合世評により一部除く』らしいよ」


うさぎが説明書をじっと見ながら言った。つまり、ここが世間から評判高い店になればその義務付けられた入学も免除されるということか。


「あの男の店ってなんていうの?」


「“バロン”だ。時々来るんだよここに。潰れるだの未熟だの好き勝手いいやがって」


「その通りだろ」


「なんだと」


「本当のことじゃん。潰れそうっていうのも、未熟だって言うのも全部本当のことじゃん」


頭に血が上っている人間に言う言葉ではないが、私はそれでも続けた。


「掘り返すつもりはなかったけど私が言ったこと忘れた?」


この店の客は父親の代から来てる常連客がほとんどだ。この状態のままただ何も変えようとしないでいるのに立て直せると本気で言っているとしたら正直頭に花が咲いているとしか思えない。


アルフォードは黙ってしまった。


私の挑発とも取れる言葉を受け取り、私に向かってクビ宣言をするのだろうか。

それなら私にとっては願ったり叶ったりだ。



「むかつくけど、お前の言うとおりだよ」


「………は?」


クビ宣言が大幅の予想だったので多少面食らった。


「レイ」


リーゼロッテがポンと私の肩に手を置いた。


「これを見て」


そう言って私にあるものを見せてくれた。


皿だ。しかもその皿は私が面白みのないと感じていた皿だった。なんとその皿には鮮やかな模様がくっきりと付いていた。


「なんで模様がついてんの?」


「実はね、レイが出て行った後久しぶりに新しいお客様が来たの」


「来たの?」


「注文したのはケーキとコーヒーだったんだけどそのとき、アルが試してみようって言ったの。レイが言ったこと」


「私が言ったこと?」


「皿に模様をつけてお客様にカップを選ばせるやり方。その人帰り際にカップをすごく気に入ってくれて皿もカップに合ってて綺麗だって言ってくれたの。ケーキもすごくおいしいって言ってくれたし、また来るとも言ってくれた」


リーゼロッテは嬉しそうだ。でも、また来るって部分は社交辞令の可能性大。


「こういう小さな気遣いでお客様を笑顔にすることができるんだって思ってすごくうれしかった。私は料理ではお客様を笑顔にすることができないから」


リーゼロッテはぎゅっと皿を優しく抱きしめた。


「あれから考えてたんだよ、お前が言ったこと」


いつのまにかアルフォードは私を見据えていた。


「俺はいつのまに変にこだわってたんだよな。この店はノアを使わない店として変えちゃいけないって」


その視線には怒りや苛立ちの感情はまったくなかった。覚悟を決めた男の目だ。


「すっげーむかついたけど、お前の言う通り俺はまだ未熟の半人前だ。あの男からこの店守るためにはもっとがむしゃらになるべきなんだよな」


どうやら私の言葉がアルフォードの意地を捨てさせるきっかけになったらしい。特別なことを言ったつもりはなかったが、現実でも身内からの言葉よりも第三者の言葉のほうが効果があるときもある。


「だけどよ、言い方っつーもんがあるんじゃねーのか。お前女じゃなかったら殴ってたぞ」


「オマエ、もしかして自分が覚悟決めたみたいなことを言ってるつもりだろうけど正直それは店主としては当たり前、つーか初歩中の初歩、つーか素人でも思いつくことだ」


「……………やばい、俺の右手が殴りたくてたまらないって疼いている」


アルフォードは右手をぐっとこらえるような姿勢をとった。


「リロ準備中の札はずしてくれ」


「ええ」


リーゼロッテは準備中の札を営業中に変えるため店を出た。


「レイ」


アルフォードはびしっと私に向かって指をさしてきた。

その指のさし方やめろ。不愉快だ。


「俺はこれから使えるものはなんだって利用する。だからお前のことをどんどん使ってやる。覚悟しろ」


それはつまりバイト延長ということか。


「お前が言ってたランチのメニューを今教えろ。そして店が終わったらお前の親戚の牧場とやらに一直線だ」


「明日」


「今だ」


アルフォードは座っていた私の腕を掴み厨房を連れて行こうとする。


また、余計なことを言ってしまった。私はこいつのやる気スイッチをオンにしてしまったようだ。

私の怠惰な気質にこういう暑苦しい気質は鬱陶しいことこの上なかった。


「ちょっと待って」


私は腕を振り払った。


「私、まだ言ってなかったよね、ここで働くための条件。今言うよ」


店に戻ったきたリーゼロッテにも聞こえるように言い放った。もうどっちにしても回避できないなら少しでも私が快適になるように最大限考えよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る