第25話こんにちはニート生活、さようなら面倒事。
空を仰いだらうっすらと色づいていた。集まった雲の淵から黄色い光が差しているのがわかる。すぐ店を出るつもりだったが、いつのまにか時間が経っていたようだ。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「視線がうざい」
家路についている私をうさぎはじっと見つめていた。
睨んでいるのではなくただ私を見ていた。その視線を鬱陶しく思い、眉をひそめる。
さっきのやりとりの最中うさぎは私の態度を諌めも止めもしなかった。店を出た後何かを言うのかとは思っていたが、うさぎは一言も話さない。
「君、元の世界でもあんな?」
「は?」
突然話しかけられたのですぐには言葉の意味を理解できなかった。その口調は決して呆れ返っているのではなくただ疑問を口に出しているようだ。
「あんなって?」
「自分からわざと人に嫌われようとしていること」
「そんなわけないだろ」
すぐに言い返した。どうやらうさぎは私はどういう人間なのか推し量ろうとしているらしい。見ず知らずの男の子を助けた一面と他人を嘲笑うような一面。
たしかに端から見たら一致しない。
「学校とかであんな言動したらすぐに孤立するわ。私、こう見えて学校では目立たないようにおとなしく過ごしてるんだから」
「そうなの?」
学校では特定の人間と行動することはなくクラスメートとは付かず離れずの関係を保っている。私は人に合わせたりする集団行動がどうしても苦手だ。でも、一人で居過ぎると浮いてしまい悪目立ちしてしまう。だからといって慣れない集団行動に合わせると無意識のうちにストレスがたまってしまう。
私はクラスメートとは浅く適度に広い一定の距離感を心がけていた。あいさつや日常的な会話は普通にするけど昼食や帰り道などは一人でいることが多い。でも、誘われたりしたら特別な理由がない限り断らないようにしている。卒業までそういった無難な人間関係を私なりに貫くつもりだった。
「これでも気をつけているんだよ。波風立てないようにしたり癖が出ないようにしたり」
「癖?」
「あ」
しまった。また余計なこと言ってしまった。
「癖って」
「忘れろ」
自分の悪癖をなんでわざわざ口にしないといけないんだ。あんな癖もう二度と出さないようにするのに。
「……これでもう関わることがないだろう」
カフェからは遠のき、家路近い場所まで来た。
あそこまでやったんだ。もう声をかけられることはないだろう。
こんにちはニート生活、さようなら面倒事。
「このままだったら半年で帰れそうかも」
「う~ん」
うさぎは否定も肯定もせず唸っている。
「何?」
「君は主人公の一人だよ」
「それ前にも聞いた」
「ストーリーに絡まざるおえない存在だよ」
「だから?」
「君がいくら避けようとしても無駄かもしれないってこと」
「ないない。いくらお人よしのヒロインでもあんなにきっぱりと言い切られたらいくらなんでも――」
「怜、後ろ」
「は?」
うさぎは後ろを見ながら言った。
「うわっ」
後ろから突然何かに突進された。そして腰元に抱きつかれた。
なんかデジャブを感じる。振り返りたくないが振り返る。
汗ばんだ色素の薄い肌に小さい手足。私は息とともに乱れている赤毛を見下ろしていた。顔は見えないが誰だかすぐにわかった。
アルフォードの弟、ウィルだ。
「君、走ってきたの?」
「……うん」
か細い声で答えてくれた。
この子、抱きつき癖があるのか。会うたびに抱きつかれている気がする。痛いし苦しいしびっくりするからやめてほしい。
「おね……ん、あ………な」
「ん?」
顔を埋め、息も乱れているため何を言っているのか聞き取れない。
「何?」
男の子は息を少し整え、私の目線に合わせるように顔を見上げた。
「おねえちゃん、もうあえないの?ぼくはもっとおねえちゃんといっしょにいたい。もっとはなしたい。おねえちゃんのケーキをたべたい」
大きな菫色の瞳が揺れている。水分を含んだ瞳はぼやけていて私を映していない。
もしかして会話を聞いていたのか。それとも店にいる二人の様子を見て私がもう二度と店に来ないことを感じ取ったのか。どちらにしても子供は敏感だから何かを感じ取ったのだろう。
「はやく帰りなよ」
私はその問いに答えずウィルに帰るよう促す。
ウィルは何も黙ったまま私の服に顔を強くうずめている。そのまま私の上着をぐいぐいと強く引っ張った。震えているにも関わらず腕の力が以外にも強い。
「?」
私は訳がわからず少しかがむ形になった。
「抱っこじゃない?」
うさぎが耳元で言った。
「はぁ?」
だっこって抱っこのこと?なんで抱っこ?この状況で抱っこ?
私は身体を起こそうとしたが時すでに遅かった。私はウィルと同じ目線まで屈んでおり、ウィルが抱きつきやすい姿勢になっていた。それを見測るようにウィルは小さい手足で首と腰に絡み付いてきた。
「ぐぇ!?」
私は反射的に両手でウィルの腰に回し体勢を立て直した。
「おっもっ」
子供を抱っこしたことがなかったためリアルな重さによろめく。
「まじかよ」
子供を抱っこするはめになるなんて思いもしなかった。
「その子よっぽど君のこと好きなんだね」
「めんどくさ」
「君を追いかけて走ってきたんだからよっぽど会えなくなるのが嫌だったんだね」
ウィルは頬が直接当たるほど抱きついてくる。私はなんとか落とさないようにバランスを取ろうとした。
ウィルの服は汗で少し湿っている。
「ほっぺ冷たっ」
ウィルの顔は冷風ですっかり冷えていた。
「………しかたない」
私はやれやれと来た道を戻ることにした。体力は人並み以下だと自覚しているので途中で降ろすことになるかもしれない。
「ねえ、子供好きになった?」
うさぎは口元を緩ませながら聞いてきた。
うさぎはいいよな。こんな重たいものを持たなくて済むんだから。
「なんでだよ」
子供はやっぱり苦手だ。言いたいことが言えやしないから。
私はウィルを抱えながらゆっくり歩き始めた。子供を抱えながら歩くのは思ったより体力を使う。
降ろして歩かせたいのにできなかった。
「ちょっと寝るなって」
「ん」
ウィルは私の腕の中でうとうとし始めていた。そのせいかさっきよりも腕に負荷がかかっている気がする。なんて重い荷物なんだ。
「はやく降ろしたい」
「ねぇ」
「何?重いんだから話しかけるな」
「あの二人の頼み聞くつもりはないの?」
「なんで?」
「この子が追いかけてきたとき少し揺れたんじゃない?」
「……………………ねぇよ」
私はなぜか即答できなかった。
この子を送り届けて即座に帰る。そのつもりだ。
正直戻りたくないのが本心だ。色々最悪な捨て台詞を言った後だから戻るのはばつが悪い。
即答できなかったのはそのばつの悪さのせいだからだ。私は自分にそう言い聞かせた。
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