第24話私に関係ある?

「さてと」


帰るとするか。こういう説明話は無駄に長い。

欠伸をかみ殺しながら立ち上がり帽子を被った。


「えっ?ちょっと待って」


リーゼロッテは帰り支度をする私に驚き狼狽える。


「悪いけど他当たって、私関係ないし」


おそらく乙女ゲームではアルフォードの弟をレイが助けたことがきっかけで物語は進む。かぼちゃのケーキが関係しているかは別としてきっとおとなしい性格のレイは天真爛漫なリーゼロッテと少し話をしただけで絆され、潰れかかったこのカフェを手助けしようとするのだろう。

レイが頷いてやっと序章が終わるという形か。

この乙女ゲームって仕事系でカフェを自分たちの力で繁盛させることがテーマになってるのか?いや、まだ判断するのは早い。

私にとってはニート生活改め早く自分の世界に戻るためここはどうしても回避したいところだ。


「おねがい、きっとあなたのケーキでこの現状を打破するきっかけになるはず。もちろんただでとは言わない。私、なんでもするから」


『なんでもするか』か。このセリフってよく使われる。

私が嫌いなセリフの1つだ。


「金貨百枚」


「え?」


私の言葉が聞こえなかったのか聞き返してきた。


「なんでもするんだろ?じゃあ、今すぐ金貨百枚出して」


今度は口調を強めながら私は右手を出した。


「あ、あの」

リーゼロッテは戸惑いを隠せないでいた。まさか私がそんなことを言うとは思っていなかったらしい。


予想通りの反応だ。


「冗談だよ」


「冗談?」


「私、なんでもするってセリフ嫌いなんだよ。なんでもするって軽々しくいう人間はなんでもはできないんだから」


私は苛立ちを隠さずに吐き捨てる。


「ごめんなさい」


しゅんと顔を伏せているリーゼロッテを私は見下ろすような視線を向けた。


リーゼロッテのその態度に私はさらに苛立ってしまった。できもしないとわかりきっているのに人を試すような幼稚な発言をする私のほうに非があることは明白だ。それなのにリーゼロッテはまるで己だけが非があるような姿勢を見せる。

乙女ゲームでもよく似たシーンがある。理不尽に相手に凄まれているのにすぐ謝ってしまうヒロイン。プレイ中一体何回『そこで謝るなよ』と画面越しで憤慨したかわからない。

そんなヒロインが今、目の前にいる。


「やばい」

私はため息を吐きながら顔を仰いだ。苛立ちが知らず知らず自分の中で肥大化しているのがわかる。


このままだとまた爆発しそう。さっさと帰ろう。私はドアに手をかけようとした。


「うわっ」

後ろから左手を掴まれた。私は不快に感じながら振り返った。


「私、どうしてもこのカフェを残したいの」

リーゼロッテは両手で私の左手を掴み真剣な眼差しで私を見つめる。



「おじさんは小さい頃からよく私たちにおいしいケーキを持ってきてくれた。やっと店が軌道に乗り始めたばかりの時に無償で教会に持ってきてくれたの。寂しくなったときや辛かったときにおじさんのケーキを食べてすごく励まされた。私もおじさんのように誰かを笑顔にできるような人になりたいって――」


「それ、私に関係ある?」


「え?」


「だから、その話私になんか関係ある?」


また話が長くなる。今度はアルフォードの話よりも確実に。なんでそんな個人の語りを聞かなきゃいけないんだ。全部聞かされる頃には明日になる。


「関係は……ないかもしれない」


「だよね」


「でも」

緩んだと思った左手にまた力をこめられる。


まだ言い続けるつもり?なんでこうも乙女ゲームのヒロインは頑固なんだ。


「それとも同情させて気を引かせようって魂胆?かわいい顔してせこいな」


「そ、そんなつもりじゃ」


「離して。それ以上不幸自慢話なんて聞きたくない」


私の言葉に軽く衝撃を受けたのか掴まれていた左手が緩み、その隙に振り払った。

ここまで言ったんだ。こんな言葉を投げかけてくる女に普通は教えを請おうとは思わないだろう。


「おい」


私たちの気まずい空気を怒気が篭った声が切り裂いた。


「さっきからなんなんだよ、お前」


アルフォードは私を睨みつけながら近づき、リーゼロッテを庇うような形で前に出た。私を覗き込む菫色の瞳に私が映っている。


「こっちは頼みこむ側だからしょうがなく下手に出てたけど、不幸自慢なんて言い方されちゃ黙ってられないぞ」


「ア、アルやめて」


「ケンカ売ってるとしか思えねえ。断るにしてもわざわざ癪にさわる言い方普通するか?」


リーゼロッテの真剣な気持ちを小馬鹿にするような物言いがよっぱど頭に来たらしい。

そりゃそうだ。わざと怒らせる言い方をしたんだから。


「初対面相手にお前呼ばわりするお前に言われたくないわ」


「名前知らんねぇんだから仕方ねえだろーが!」


そういえば二人に名乗ってなかったな。名乗るつもりはないけど。

「本当にウィルの恩人か?」

アルフォードは一呼吸置いた後、疑いの目を向けてきた。 


鬱陶しい。


「あんたの弟――」


“助けなきゃよかった”と言おうとしたけどやめた。さすがにそこまで言ったら胸倉掴まれるかもしれない。


「?」

言葉を途切らせたためアルフォードは眉をひそめた。


「なんでもない。とにかく私断るから。あんたら二人で適当にがんばれば?」


帽子を被り直し、ドアの取っ手に手をかけようとした。


「私、あなたのケーキを一口食べたとき」

後ろでリーゼロッテが言葉を投げかけてくる。


まだ、何かあるのか。


「ケーキの柔らかい甘さと優しい味に感動した。それにすごく丁寧にも作られてるって思った。こんなケーキをプレゼントされる人は幸せな人だなって」


一口食べただけでよくそんな分析ができるな。ある意味すごい。

そりゃ、丁寧に作るだろ。人にあげるものだから。私の場合遠まわしとはいえ、強く意思表示するためのものだから。


「ウィルくんもすごく美味しそうに食べていたよ。食べているとき幸せそうに笑っていた」


「……」


「あなたのケーキには人を笑顔にできる力がある」


大げさすぎる。うっざ。


「だからあなたの力が」

リーゼロッテは両手を組み、真剣な眼差しで私を見つめる。

もう、いい加減にしてくれよ。こっちはマジで帰りたいんだから。


「あなたがほしいの!」


「………は?」


「お、おいリロ!」


「え?あ、あのっ」

リーゼロッテは、ハッとして自分がかなり恥ずかしいセリフを口走ってしまったと思い顔を赤くした。


私も少なからず動揺してしまった。


「あんたそっちの趣味があるの?」


「ち、違うっ。私はどうしてもあなたを引き止めたくて」


だろうな。突拍子もないセリフで相手の意表をつくのはヒロインのセオリーだ。大抵のキャラクターは面白がって興味を持ったり好意的になったりもする。私もそんな愛の告白みたいなセリフを言われたことがないため一瞬だが不覚にもドキッとしてしまった。


いや、ドキッとしたというよりもビクッとしたと言ったほうが正しいかもしれない。

正直面白いと思った。噴出しそうにもなった。


「熱烈なスカウトだね、正直びっくりしたわ」


なんて情熱的な言葉だ。


「ご、ごめんなさい突然」


「普通言えないよ。ある意味尊敬する」


攻略キャラクター相手なら好感度のポイント+1くらいは上がるだろう。

私の好感度は上がらないけど。


「その気合と根性があれば二人でも大丈夫だろ。珍しいもの見せてもらってどうもありがろう。かんばれさようなら」


「え」


了承するような空気になっていたのに、私の適当な態度に戸惑っている。私は踵を返しドアに手をかけた。


「あ、あの!」


振り返らなくてもこうもはっきりと拒絶の意志を示しているのにまだ諦めていないのがわかる。


「もしもの話だよ――」


「?」


完全に決別するためにはもっときっぱりと言ったほうがいいのかもしれない。でもただ断るだけでは駄目だろう。


「もし私が店を出た後、君が追ってきたとする。そしてたまたま偶然私の家の場所を知ることになる。さっきみたいに何日も何回も私に頼み込む。でも私はまったく相手にしない。何回も誠実に真摯に頼み込んでいる君とそれを拒絶する私。君は私を悪者にさせたいの?」


「!」


聖人君子のヒロインですら相手にしたくないと思うほど態度じゃないと駄目だろう。ここでフラグをぼっきり折ってやる。


「良い作戦だね。了承しないとだんだんと悪い印象がつくんだから。付きまとわれてる私のほうが被害者なのに。引き受ける以外の道を選ばせないんだから」


「わ、私そんなつもりじゃ」


「もうよそうぜ」


アルフォードが口を挟んだ。低い声で私を見据えている。

私はそれを横目で眺める。


「こっちだってお前なんかに金輪際頼みごとなんてするか!この――」


ばたん。


私は店を出た。わざわざ罵倒の言葉を最後まで聞く理由なんてない。店内からテーブルを叩く音や『なんだあの女』とか『むかつく』などの声がここまで響いてくる。

カフェの店主が外にまで聞こえる罵倒を飛ばしちゃ駄目だろ。


私は冷めた感情を残しながら店を後にした。

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