第26話さようなら私のニート生活、こんにちは面倒事。
「やっと着いた」
私はカフェの真ん前に来ていた。店内は明るく二人が居ることがわかる。
一体どんな顔をしてドアを開ければいいのか。あれこれ考えたがもう私の体力は限界に近い。意外と重いんだよこの子。もう何も考えないでこの子を引き渡そう。
ドアに近づいた時、いきおい良くドアが開けられた。
「ウィル!」
「うわっ」
アルフォードが慌しく飛び出してきた。
「……っ!お前は」
大きく目を見開き、なんでここにいるんだとすぐに眉をひそめられた。
「どうしたの?アル……あなた」
後ろにいたリーゼロッテも私を見て驚いている。
「ウィル!」
「これどうにかしてよ」
私は寝る寸前のウィルを押し出す。
「早く、腕が痛い」
私は重さから解放されたく二人をせっついた。
「あ、ああ」
私はアルフォードにウィルをそのまま渡す。離れようとしたときウィルは私の服の裾を掴んだ。
「ちょ」
「ウィル!?」
ウィルはアルフォードに抱えられたまま私の服を一向に離さなかった。
「もう、なんなんだよ。帰れないじゃんか」
「おねえちゃん」
ウィルは小さな声でゆっくり話した。
「また……きて」
ウィルは瞳を潤ませながら裾を引っ張ろうとする。
「服がのびる」
私はウィルの視線から逸らしゆっくりと腕を引こうとした。
「ウィルくん」
リーゼロッテはウィルの背中を優しくぽんと叩きにっこりと笑いかけた。
「このお姉ちゃんと少し話すから安心して」
リーゼロッテはウィルに優しく安心させるように語りかけた。ウィルはリーゼロッテの顔をじっと見つめ、何かを感じ取ったのかゆっくりと手を離した。
「アル、この子を上で寝かせて」
「わかった」
アルフォードはウィルを抱えながら私をちらっと見た後、店の奥に行った。
「ここは二階建てになっていて一階はカフェで二階は二人の自宅になってるの。厨房の裏手を出てすぐに階段があって」
「へぇ」
カフェ兼自宅だからウィルも近くで遊んでいたのか。
「私たちてっきり二階にいるものだと思っていたから。まさかあなたを追いかけるなんて」
「ちゃんと言って聞かせなよ。また攫われるぞ」
「でもあの子があんなに懐くのは珍しい」
「は?」
「あの子とても人見知りだから」
「そうなの?」
「だから最初あなたを見た瞬間抱きついたときは本当にびっくりした」
私もびっくりだ。問答無用で抱きついてくるから抱きつき癖がついてるのかと思っていた。
「刷り込みって恐ろしいな。こんな人間に懐くなんて」
「それだけじゃないと思う」
「なんで?」
「ウィルって人を見る目があるから」
リーゼロッテはにっこりと私に笑いかけた。その笑顔は決して引きつったものでも作り笑顔でもなく本物の笑顔だった。
「あんた、私と話すの嫌じゃないの?あんな罵倒に近い皮肉をぶつけられたのにどうしてそんな平気でいられるの?私だったら同じ空気を吸っていたくないって思う」
「正直あなたのことが良くわからないの。でも、こうしてあなたと普通に話せるのはウィルくんがいるからだと思う。ウィルくんは本当にあなたのことが好きみたいだから」
「……じゃあ、私はこれで」
「あの――」
リーゼロッテは真剣な顔つきで私を見据える。
「さっきはごめんなさい」
リーゼロッテは私に申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた。
「……何?」
「あなたにしつこく頼み込んでしまったから。あなたの言うとおり私たちの事情にあなたは関係ないのに巻き込もうとしていた。私たちすごく焦っていて迷惑を考えていなかった。あなたの言ったことよく考えたら当たっていたかもしれない。私たちの事情を聞かせたら気が変わって引き受けてくれるかもしれないって少し思っていたから」
もしかしてまだ諦めていないのかと思ったが意外な返しが来た。少し拍子抜けしてしまう。
「私たちは私たちでできることをしようと思う。でも、もしあなたが良かったら時々このカフェでケーキを食べに来てほしい。あの子も喜ぶと思うから」
「お金払うじゃん」
「あ、お代は結構です」
「経営が危ないのにいいの?ていうかあんた店主じゃないでしょ?勝手に決めていいの?」
「あっ、そっか。あの……ごめんなさいお代は安くします!」
だから勝手に決めちゃだめだろ。
「ウィルの奴、寝たぞ。ったく明日はマジ説教だ」
奥のほうからアルフォードが頭をがしがし掻きながら出てきた。
「……!」
アルフォードと目が合った。
「俺は正直お前が嫌いだ。あんな口と態度が悪い女はじめてだからな」
だろうな。
「だけど」
「?」
「あいつを送り届けてくれたことは礼を言う。ありがとな」
アルフォードは姿勢を正し頭を下げた。
「俺としてはかなり不服だが時々あいつに会いに来てくれないか?本当にお前に会いたがってるからな」
アルフォードは腕を組みながら言った。二人とも潔いな。
気に食わない相手にもこんな風に頭を下げることができるなんて。そういう設定だとしても感心してしまう。
なんだか私ガキみたいじゃないか。
「ねえ」
うさぎが私に話しかけてきた。
「僕が言うのもおかしいかもしれないけどそんなに難しく考えなくてもいいんじゃない?」
うさぎの姿は私にしか見えない。だから私は何も言わなかった。うさぎはそのまま続ける。
「二人の手伝いじゃなくてあのウィルって子にケーキを食べさせることを目的にしてもいいんじゃない?」
結局は同じことだろ。結局ニート生活できなくなるから。
“おねえちゃん”
断りたいのに関わりあいたくないのになぜか足が動かない。自分に向けられた邪気のない声と笑顔が頭からどうしても離れない。
おいおい、三波怜。オマエは子供が嫌いじゃなかったのか。そんなキャラじゃないだろ。
「……あの……」
リーゼロッテは私がじっと動かず何も言わないものだから心配そうに顔を覗き込んでくる。
「はあ」
私はゆっくりとため息と共に肩を落とした。
まったく、なんてくだらないしアホくさいんだ。
「これ返すよ」
「えっ?」
私は銀貨2枚をテーブルの上に置いた。
「『あれ』あんまり言わないほうがいいよ」
「あれ?」
「なんでもって言うセリフ。私以上のゲスくて腹黒い奴に簡単に付け込まれる。もしあのセリフを言うんだったら自分にできる範囲の条件で言ったほうがいい」
本当は言いたくないしみっともない。
「でも……もし、まだあれが有効なら条件付きでならやってやらないこともない」
「えっ!」
ふたりは目を見開いた。私がそんなことを言うなんて思っていなかったんだろう。
私だって言うつもりはなかったんだ。
「いいよ。あんたらのカフェの手伝いやってあげてもいい」
「ほ、ほんとうか!」
アルフォードは私に詰め寄った。まるで花がさいたような笑顔を向けてくる。
その笑顔はウィルとそっくりだ。
「あ、ありがとう」
リーゼロッテもにっこりと笑いかける。
「もう遅いし今日は帰る。明朝ここに来るから細かいことはその時に」
窓の外を見たら日が沈み、暗くなっている。
「わかった。また明日」
私はドアを開けて出ようとした。
「おい」
後ろからアルフォードが話しかけた。
「本当はまだ言いたいことがあるけどよ、とりあえずは礼を言う。外はもう暗いし送る」
アルフォードはそっぽを向きながら照れくさそうに言った。まさか男にそんなことを言われるなんて思わなかった。
「いらない」
「あ?」
「きもい」
私はケッと言い放った。それでもやっぱり少しでも攻略キャラクターの恋愛フラグはできるだけ折っておこう。
アルフォードは顔を引きつらせながら呆然としそのまま硬直した。私はそんなアルフォードを放っておき、店から出ようとした。
「あ、そうだ」
私はくるりと身を翻した。
「私の名前はレイだ」
いつまでもあなた呼ばわりは正直むず痒い。
「よろしくねレイ」
「よろしくリーゼロッテ」
私はドアを閉めた。
天を仰いだら星が点々と散らばっている。私はきゅっと帽子を深く被った。
今日は怒涛の一日だったからか時間が経つのが早く感じる。
私の計画、すっかり狂ってしまった。さようなら私のニート生活、こんにちは面倒事。
「明日から楽しくなりそうだね」
「うるさい」
憂鬱な気持ちを抱えながら家路に着いた。
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