第17話私は楽がしたい

私は街の遊歩道を歩いていた。澄んだ冷風が体中を纏い、思わず早足で歩いてしまう。

そのまま辺りを見回した。以前街を散策したとき眺めていたのは建物の外観や佇まいだった。今私が眺めている建物ではなく人だった。中心街だけあってたくさんの人間が行き来しており、私自身もその中の一人に溶け込んでいた。これが現実だと思わせるような物や景色だが、すぐにそれが錯覚だとわかる部分がある。


「すっごいカラフル」


それは髪の色だった。黒髪、茶髪、金髪はもちろん緑、青、赤、ピンクという目に痛い色まである。現実だったらそんな髪の色を見たらブリーチしていると思われそうだがここは現実ではなくゲームの世界。そんなありえない髪の色が当たり前に存在する。


ピンクの髪の男が素通りしたとき思わず吹き出しそうになった。平坦な遊歩道を歩いた先に円形状に開けた広場にたどり着いた。開放的な空間に背景のルネサンス様式の建物がよく見える。広場の中央には噴水があり水中から直上に吹き上がっている。噴水から離れた所に向かい合うようにして時計台が建てられていた。そこでは屋台を出していたりベンチで休んでいたり大道芸のパフォーマーが子供たちを楽しませていたりと様々だ。


私は時計台で時間を確認した。12時15分ちょうどのお昼時だ。


「………時計ないと不便だ」


「なくしたんだっけ?」


「なくした」


私はわかりやすく舌打ちをする。

私はあの懐中時計をなくしてしまっていた。4日前の牧場からの帰り道には確かににあった。それから大衆食堂に入り、髪の長い青年に見せてテーブルに置いてたはずだ。でも店から出たとき懐中時計を持っていたのか記憶がはっきりしない。持っていなかったような気もするし持っていたような気もする。何しろあの時興奮気味だったからうろ覚えだ。


「あとで確認しにいくか」


おそらくあの店に置き忘れたか帰り道に落としたかのどっちかだ。少しあの店で騒いでしまった自覚はあるので少し躊躇う気持ちはあるがやはり時計がないと不便でしかたがない。もしあの店になかったらあきらめて新しい手頃な値段の時計を買おう。


「小腹すいた」


私は広場を見回し手頃で安く食べられる屋台を探した。私はある屋台に目をやる。


「ケバフ?」


のぼり旗にわかりやすく掲げられていた。興味本位で近寄ってみる。

ケバフという料理を外国料理の特集番組で紹介されていたのを覚えている。たしかスライスした肉や野菜をトルティーヤというパン生地に挟んだ料理だ。最初テレビで見た時、食べてみたいという好奇心を抱いたが近場にケバフの専門店はなく、あったとしても気軽に行ける場所ではなかった。だからもしこの料理を食べられる機会があったら店舗が近場に新しく建設されたときだろうとテレビを見ながらぼんやり考えていた。

今その機会が巡っている。まさかそれがゲームの世界だとは考えもしなかった。屋台に近づくと何層にも重ねている肉のかたまりの1つが垂直の串に刺しているのが見える。奥のほうからハチマキをした20代後半の気さくそうな男で出てきた。


「いらっしゃい」


「1つ。ソースはチリソースで」


「はいよ。銅貨3枚になるよ」


銅貨を出し、男に渡した。男は手馴れた手つきで肉のかたまりを回転しながらそぎ落とし生地にスライスした野菜と肉を挟みソースをかけた。


「熱いから気をつけな」


男は食べやすいように包装し私に渡した。私は目礼しその場を離れた。近くのベンチに腰掛け手の中にいまだに熱がこもっているケバフを一口食べた。


―――美味しい


肉と野菜が合わさり、そこにソースがさらに旨みを引き出している。白い生地がその旨みを逃さずしっとりと味が染みている。私は一口一口じっくりと味わった。


「さてと」


お腹も膨れ一休みしたことだし行動に移すとするか。


「………」


宙に浮いていたうさぎはじっと私を見つめている。そういえば、食べている間も私をじっと見ていたような気がする。


「おいしかった?」


「まぁ」


今度また買いに行くか。値段も手頃だし。


「そんなに美味しかったら一口くらい残してくれても」


「ねえ、ちょっとあれ見てよ」


私はうさぎの言葉を完全に無視して向こうを指差した。


男が肩にあるものを乗せて運んでいる。なんとそれは大木だった。地面から引き抜いたのか土が付いた木の根も引っ付いている。男はそれは軽々と一人で顔色1つ変えることなく運んでいる。男は広場を通り抜けていった。人々は大木がぶつからないようによけるだけでまったく驚きはしていなかった。


彼らにとってこれが日常なんだろう。


私はゆっくりと立ち上がり帽子を深く被り直した。そして目的の場所に向かうために歩き始める。


「この世界にはああいうノアってチカラがあるってわかったけど、やっぱりまだ慣れない」


「この世界ではほとんどみんな自分のノアが適応される職業に就いているらしいね。さっきの図書館の人もそうだったよね」


図書館に入ったとき、範囲も本の数も多く本の場所がわからずにいたのでカウンターにいる司書らしき女性に本の場所を聞いた。女性は私に「どんな本を探しているのか紙に書いてください」と一枚の紙を出した。私は【ノアの歴史】【ノアの伝書】【チカラの秘密】という単語を書き女性に渡した。女性は右手で紙をスライドさせて別の紙に手をかざした。すると本のその紙に本の位置、番号、数、現在貸し出されているかが詳しく表示された。


まるで検索機だと思った。


「現在、お探しの本は10冊ほどあります」


女性はその紙を私に渡した。私はその光景を唖然としながら見ていた。



「そういうの楽でいいね、羨ましい」


現実では自分に適した仕事がわからなくて模索している人間が溢れているのですでにそれが生まれたときから備わっているなんて羨ましい。


「それ、羨ましい?」


「他の人はどうだかわからないけど私は楽がいい」


わざわざしなくてもいい苦労なんてしたくない。決められた未来が嫌だとか言う人間は社会の荒波に飲まれたことにない人間の考えることだ。ただの反発心で違う道にいっても結局後悔することになる。

楽がしたいと思うことは決して悪いことじゃないのに。

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