第18話私関係ないのに

「楽が好き。だからしなくてもいい牧場の手伝いなんてしたくない」


「そのためにそのケーキを持っていくの?」


うさぎは手提げ袋に視線を動かしながら言った。

手提げ袋には手製のかぼちゃのケーキが入ってる。家には畑で採れた野菜がたくさんあり、中でもかぼちゃが一番多かった。昨日の夕方、それを材料にホール型にし、4つの切れ目を入れ包装し手提げの袋に入れた。


正直味には自信がある。現実世界では一時期よく作っていた。


「あのおしゃべりな伯母の様子からしておそらくまた牧場の手伝いに誘いに来るに違いない」


一回断ってもまた誘いにくるだろう。何せ、レイはいままでずっと引きこもっていたらしいから。手伝いを断り続けたらまた家に引きこもると思われ、面倒なことになりかねない。


正直もうあんな労働やりたくない。だからこのケーキを渡して、『今までありがとう。もう大丈夫』と伝え、遠まわしにもう手伝いに誘わないでほしいと意思表示するためである。愛想よくこれからは一人でやっていくと強く伝えたらさすがにもう誘わないだろう。


「ねむっ」


久しぶりに作ったため勘を取り戻すのに時間がかかってしまった。


「たぶんこっちを通ると近道」


大通りの裏路地のほうに目をやった。自然とそう思ったからだ。おそらく『レイ』の身体の記憶が私に教えてくれているのだろう。


「でも、この前は通らなかったよね?」


「たぶん近道はあんまり利用しなかったんじゃない?」


「なんで?」


「そんなの知るか」


私は裏路地の細い通路に入った。そこは大通りとは違いそびえ立つ建物で日光が入れないで薄暗い。頭上には路地を挟んで洗濯物が干されている。


私は入った瞬間、靄がかかったような妙な気持ちになった。でも、気にするほどのことでもないだろうと無視し、足を進める。


「そういえば、君の右手のノアのレベルってどのくらい?僕がいない間いろいろと試したみたいだけど」


「やってはみたけど今のレベルじゃあんまり重いものは動かせないみたい。だいたい5キロ前後のもの。それに一度に1つのものしか動かせないっぽい」


少し練習しよう。レベルアップしたらより実用的になるチカラだ。少し考えただけで物を動かせるなんてかなり楽だ。


「そういえば、君の左のノアってなんなの?そもそも左手にノアって宿っているの?」


「一応あるけど、こっちはあんまり使えないと思う」


私は不満げに左手をひらひらと動かした。


「どんなノアなの?」


「左手は―――・・・!」


説明しようとしたとき、どんと何かが勢いよく飛び出しぶつかった。倒れはしなかったが体が少しよろけた。


「いって……」


「大丈夫?」


「何だよ、一体」


ぶつかった箇所をさすりながら舌打ち交じり吐き、そのなにかを睨み付けた。


「子供?」


そこにいたのは私よりも一回りも小さい男の子だった。その子は私にぶつかった勢いで尻餅をついている。薄暗いのでよく顔は見えないが赤毛で身体の輪郭から六才ぐらいだと判断できる。


見下ろしながら睨んでいる女に尻餅をついている子供。端から見たら完全に私のほうが悪者に見えるだろう。


「立てる?」


私は男の子を一刻も早く立たせるために顔を覗き込むようにして話しかけた。そのとき辺りから乱暴な足音が聞こえた。


「―――・・・っ!!」


男の子はその足音にビクっと肩を震わせ立ち上がり私の腰に勢いよく抱きついてきた。


「うわっ!」


その勢いに思わず後退した。


「ちょっ」


突然のことに手のやり場に困る。


「その子……震えてない?」


「は?」


見るとかたかたと弱弱しく震えている。

さきほどの足音がだんだん大きくなり、近づいてくる。おそらく2人くらいの人数だ。


「あのガキどこ行った?ガキのくせにすばしっこい」


「まだ遠くには行ってないはずだ。探すぞ」


「ったく、あのツラだったら高く売れるってのにお前がちゃんと捕まえとかねぇから逃げられたんだぞ!」


「しょうがねえだろ。いきなり噛み付かれたんだからよ!」


「お前これ何年やってんだよ。それくらい想定しとけ。はやく見つけねぇとまたボスにどやされるぞ!」


「くそ、あのガキ。見つけたらただじゃおかねぇ!」


なんだ、あのいかにも柄の悪い物騒な話し声は。


『ガキ』はおそらくこの子のことだろう。

この子が奴らに追われているのは言うまでもなかった。そして私自身も危険だということも言うまでもなかった。


「……まじ?」


男の子を引き剥がしたくてもがっちり服を掴まれ、離れてくれない。周りを見回しても私以外人はいなかった。男の子にとって私は自分を助けてくれるかもれない唯一の人間に見えたのだろう。


でも私はあいにくチンピラ二人に立ち向かう根性も腕力もないただの女だ。助けを求めるべきは自分ではない。足音がだんだん大きくなってくる。チンピラたちがこっちに向かってきていた。

私の心臓は身体とともにビクっと跳ね上がる。


「あ~もう!私関係ないのに!」


私は小さな男の子の手を掴み、引き剥がした。

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