第16話飽きた

――遠い昔、世界にはたくさんの種族がいた。

優しく平和を愛する種族、剛健で勇ましい種族、理知的で聡明な種族、潔癖で不浄を嫌う種族など様々だった。互いは足りない部分を補い支えあいながら世界の均等を保っていた。しかしそれは徐々に崩れ始めていった。ある種族の中で自分たちを慢心するものが出始めた。


―自分たちの力で世界を統一できる


―自分たちはすべてを手にいれることができる


―自分たちは神から選ばれた種族


それは黒の種族だった。黒の種族は一番力があり数も他の種族と違って多かった。自分たちだけで世界を支配しようとして他の種族を制圧し始めた。地を荒らし緑を汚し食物を盗み子供を嬲り女は犯し男は殺した。他の種族も自分たちが生き残るために盗みや殺し、遂には同族までも手にかけるものもいた。世界は荒れに荒れた。その人間の醜さ、愚かさに遂には神の逆鱗に触れた。


『人間は堕落した』


神は天変地異を起こした。雷を轟かせ大地を割り大洪水を起こした。それは何日も何日も続いた。黒の種族は死に、他の愚かな種族も滅んだ。世界から醜い人間が消え完全に洗い流された。


だけど生き残った種族もいた。それは最後の最後まで平和を訴え続けた白の種族だった。しかし白の種族は種族の中で一番力がなく数も少なく身体が弱い種族だった。一からやり直そうにも脆弱な身体がついていかなかった。それでも懸命に自分たちの身体に鞭を打ち続けたが無理がたたり、遂には倒れるものもでてきた。このままでは白の種族は全滅は免れない。そんなとき、ある一人の男が行動を起こした。


名前はノア。ノアは一番高いやぐらに登り天に向かって叫んだ。


『神よ、どうか仲間を助けてください。あなたが今でも人間を不浄と思っておいでになるのならどうか私一人だけを罰してください。私の身をあなたに捧げます』


男は何日も何日も天に向かって叫んだ。雨に打たれ太陽で皮膚が焦げ喉が潰れかかっても決してやめなかった。神はその男の清廉とした姿に心打たれ地上に降り立ち、こう言った。


『あなたに力を授けます。右手には癒しの力を、左手には育む力を』


神は男にチカラを授けた。男は右手の癒しの力で苦しんでいた仲間を癒し乾ききった大地や汚れた海や傷ついた緑を潤わせ、左手の育む力で身体の弱い仲間の力を引き出したり、実りの少ない食物や木々や花を増やしていった。しかしノア一人だけでは限界があった。ノアの自分の身を粉にする姿に心を痛め、次々に仲間はやぐらに登りこう叫んだ。


『このままではノアは死んでしまいます。私が身代わりになりますので力をお与えください』


神は決して私欲のためではない人間たちの呼び声に応えた。そして一人また一人とそれぞれ違う力を与えた。その力は受け継げられ現在の世界の繁栄へと繋がり人々はこのチカラを偉大なる人間の名前から『ノア』と名づけた。



★☆★☆★☆★☆★☆



「飽きた」


私は首都にある一番大きな図書館に来ていた。天上が高い円形型の図書館だ。

このチカラをより有効的に使うためにノアに関連する伝承や歴史を調べていた。ノアには色んな説があるらしい。『悪魔の呪い』『精霊の贈り物』『神々の生まれ変わり』などがあった。予想通り、こんな魔法のようなチカラに関連するファンタジー用語が次から次へと出てきた。そして一番広く多くの人に伝えられているのがこの『ノアの種族』。かなり分厚い伝書だったので正直2ページで飽きてしまい、後は飛ばし飛ばしで読んでいた。実のところ、最初の伝書1冊でもう飽き始めていた。


「レイ、あっちにも他の伝書があるらしいよ」


うさぎが本棚の奥からひょいっと顔を出した。私は視線だけ送り開いた本を閉じた。そして立ち上がりテーブルの上に乱雑に置いておいた四冊の本を胸に抱いた。


「出る」


「えっ、もう?」


「なんかめんどくさくなってきたし、ていうかよく考えてみれば歴史の知識ってあんまり必要ないんじゃないかという結論に至った」


なにより活字ばっかりで眠くなってきた。



「それにしても便利だ」


本を本棚に戻し最後の一冊を元に位置に戻したとき隣にいるうさぎに話しかけた。


「こういうファンタジックな世界の文字って絶対英語とか見たこともない文字だと思ってたけど。自然と読めるんだね。書くこともできるし、最初びっくりしたわ」


「さっきも言ったと思うけど、神様に頼んでレイの元々の知識のほんの一部を残せるように頼んだから」


「本当に感謝してるようさぎ。本当に頼りになるうさぎだよ、こんなに頼りになるうさぎ見たことない。きっと頼もしいうさぎは明日にでも元に世界に帰してくれるんだろうね。本当に楽しみだ」


私は淡々と棒読みしているかのように言った。


「………」


うさぎはもう勘弁してほしいと言わんばかりに声だけではなく身体も縮こませている。


私はあの後家に帰った後、死んだように眠りについた。おそらくベッドに入って一分ほどで寝付いただろう。次の日、目が覚めたときはすでに夕方だったことと筋肉痛で体中ばきばきで動けなかったことを覚えている。


うさぎもいたりいなかったりしていたが最初は話しかけられても無視を決め込んでいた。でも、一応話し相手が今のところこのうさぎしかいないのとテレビや漫画といった現代社会の娯楽といったものが家にはなく完全に暇を持て余していたのでしぶしぶうさぎの相手をした。一回寝たら不思議とあの時感じていた怒りが沈み正直どうでもよくなっていたが、普通に話す気もなれなくてこうやって皮肉や嫌味を交じらせて話している。数日たったおかげなのか“もし何かあったときはこのうさぎを投げて囮に使えばいい”という結論に至ることができた。


そして四日ほど経ち、今に至る。ある目的のために再び家を出て、ついでに図書館でノアについて調べていた。

よくよく考えるとお人よしなうさぎだ。こんなひねくれて性格が悪い娘のために神に少しでも生活が苦にならないように頼み込んでくれたみたいだから。


礼なんて絶対言わないし、思わないけど。


私はテーブルに上に置いたキャスケット帽をかぶり椅子の脚に置いてある白い紙の手提げ袋と持ち、図書館を後にした。

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