第15話うざい

肉団子のスープ残さず食べきった。


「食った食った」


最後の最後にぬるくなっているお冷を飲み干し、椅子に思いっきり寄りかかる。


「あの!」


目の前の青年は再び私に話しかけた。そういえば、この人は私に話があるんだった。食べるのに夢中ですっかり忘れていた。別に忘れててもよかったけど。


青年のカップを見たら空だった。すでに飲み干しており私が食べ終わるのを待っていたらしい。

「何か?」


「どうして僕の向かい席に座ろうと思ったんですか?」


「は?」


どうしてって満席で席がなかったからここに座った。それ以外の答えなんてない。


「こんな外見なのでまさか向かい席に座られるなんて思ってなくて」


こんな外見?


「無理をして座ってくれなくてもいいんです。見ず知らずの人に憐れまれてもうれしくないですし」


憐れむ?さっきから何を言ってるんだ?もしかしてこの世界では白い髪に赤い目は偏見の対象?可哀想で無理をして座っていると思われてる?


「遠巻きにされるのもしかたがないとは思っています」


何?もしかして愚痴られてるの?見ず知らずのモブキャラに憐れまれてると勘違いされて愚痴られてるの?


「こんな外見でしかも女性のような容姿なのでしかたがないとは思っているんです」


なんで見ず知らずに人間に愚痴られないといけないんだ。こっちは慣れない重労働で身体はもうヘトヘトなんだぞ。たぶん明日は筋肉痛で動けなくなる。

それほど疲れてんだぞこっちは。


「僕ももっとがんばらないといけないってわかってるんです。でもなかなかうまくいかなくて」


私、何で黙って聞いてるんだ。そんな義理ないのに。私は目の前の青年を頬杖をつきながら凝視する。

白い髪、赤い目。思い出したくないものを嫌でも連想してしまう。

私だって愚痴や文句を言いたい。でも、その相手は今いない。徐々に冷静だった思考にふつふつとどうしようもない憤りが肥大していった。


疲れてるのに帰りたいのに眠いのに眠いのに眠いのに眠いのに眠いのに。


私はぎゅっと拳を握る。



「だから兄上にも――」


ぶちっ。

私の中で何かが切れる。


私は思いっきりテーブルに拳を振り下げた。ドンと音が響いた。


「!?」


青年は私がそんなことをするとは思わなかったので呆気にとらわれている。


「うざい」


「え?」


「さっきから聞いてたらなんだよその鬱陶しい自虐発言。あんたは見ず知らずの私にそんなこと聞かせてそんなことないって慰めてもらいたいの?すっごい迷惑。だいたい女に見られたりその白い髪の毛が嫌だって言うんだったら切るなり染めるなりできるだろ。遠巻きに見られるのが嫌なら少しでも見られないようにすればいいだけの話だ。あんたは変わりたいっていいながら本当はこのままでいい、不幸に浸っていたいって思っているだけなんじゃないの?」


「――!」


とうとう不満や鬱憤が自分でも抑えきれなくなってしまった。私はさらまくし立てた。


「遠巻きにされる原因はたぶんその外見だけじゃない。そのウジウジとした性格も入ってる。そのカビみたな髪にキノコが今にも生えそうなくらい鬱陶しい。勘違いしてるみたいだけど私、別にあんたがかわいそうだからここに座ったわけじゃない。店員に何言われたか知らないけど満席だからここに座っただけ。自意識過剰にもほどがある。思ってても言えないわ」


「あ」


私は相手が反論する余地を与えなかった。


「最初にあんたを見たときはたしかに不愉快だった。でもそれは見た目が不気味だからじゃない。うさぎに似てたからだよ。私うさぎ嫌いだから」


店内の客がちらちらとこっちを見ている。そこまで大声で話したつもりはなかったが怒気が混じった声色で捲くし立てたためやはり目立ってしまっている。


「そんなに白い目で見られるのが嫌なら自分の目と耳を潰せばいい。簡単な話だ」


最悪だ。でも、少しすっきりした。


「あの、お客様、どうかなないましたか?」


店員は何かトラブルが起きたと思ったのか顔を青くしている。


「お代」


「はい?」


「だからお代!」


「あっ、はい。銅貨4枚です」


私はポケットに入れておいたお金を出し銅貨4枚調度をテーブルに出した。


たしかあのうさぎが言っていた。銅貨1枚が私の世界のお金で換算すると二百円、銀貨1枚が二千円、金貨1枚が一万円くらいに相当する。銅貨には狼の模様、銀貨には鷹の模様、金貨には獅子の模様があるそうだ。

私は椅子に掛けておいた帽子を深く被った。


向かいの青年は何か言おうとしているみたいだが知ったことではない。もう付き合っていられない。私は帰る。帰って寝る。私はできるだけ客と目を合わせないようにして店を出た。



とぼとぼと歩きさきほどまで膨れ上がっていた苛つきが徐々に沈静化していた。


「はぁ、馬鹿なことしてしまったな」


思考が冷静になっていくとさきほどの自分の姿を思い返し、なんてみっともないことをしたと後悔した。

人前であんな醜態を晒すなんて普段の私なら絶対にしない。


“遠巻きに見られるのが嫌なら少しでも見られないようにすればいいだけの話だ。あんたは変わりたいっていいながら本当はこのままでいい、不幸に浸っていたいって思っているだけだ”


私は自分の言葉を思い出した。何言ってんだよ私。完全に棚上げ発言じゃん。


「私が乙女ゲームのヒロイン?ないだろ」


怠惰で自己中で口も悪くて人嫌いで友達がいない。一人で生きていけると思うほど幼稚ではないが避けて通れるならできるだけ人とは関わりあいたくないと思っている自分が人に好かれるとは到底思えない。

たとえご都合主義のフィクションの世界だとしても、好かれる要素があまりにもない。うさぎには大団円を目指せと言っていたが大団円はある一定のキャラクター達からの親愛度を上げなければいけない。どう考えても無理ありすぎる。


別にいいや。私はここで期限までニート生活を送ろうと思っている。特に行動を起こさなければキャラクター達に会うことはないだろう。


「帰ったら寝る、明日も寝る」


今日のことはもう忘れる。明日は絶対に起きない。何か忘れているような気がするがもうあの青年には会うことはないだろう。



私はまだ知らなかった。あの食堂に入ったことがとんでもなく面倒で慌しい日々を過ごす序章になることを。




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