第14話やばい、またイライラしてきた
場所はとてもわかりやすかった。そこは外壁と門構えは煉瓦を基調としていた一際大きい造りだった。オープンテラスになっており暖色系の明かりが店全体を照らしていた。外では酒を飲みながら談笑していたり一人で食事をしている人間など様々でかなり賑わっている。
店に近づくと酒となにか香ばしい料理の香りが鼻を刺激した。その香りを嗅いだら空腹がより増してた。
「いらっしゃいませ」
エプロンをつけた店員らしき女性が私に気がつき近づいてきた。店員はなぜか申し訳なさそうな顔をしている。
「申し訳ございません。只今満席になっておりますので少々お待ちいただくことになります」
定員はペコリと頭を下げた。
「満席?」
私は店内を見渡した。たしかに店員の言うとおり席がすべて埋まっており、テラスに負けないくらい賑わっていた。
参ったな。待つにしてもどのくらい時間がかかるかわからない。
だからといって別の料理店に行く気にもならない。ここから離れた途端に席が空き、私の次の客に席が盗られるかもしれないことを思うとかなり億劫だ。
もういっそのこと帰るか。帰ってパン一切れでも齧ろうか。でも、正直今お腹を満たしたい。
私はもう一度店内を見た。だれか食事を終えて席を立ってくれないだろうか。でも、だれも席を立つ気配すらしない。みんな食事や談笑に夢中だ。
「あれ?」
私はある一点に目が留まった。一番奥のテーブルに座っている人の向かい席が空いている。入り口から死角になりやすい場所だったので見逃していた。
「ねえ、あそこは?」
私は店員に空いている席を指差して聞いた。相席になってしまうがこの際贅沢はいえない。早くどこかに座って食べて帰りたい。
「あそこの席は……」
「だれか来る予定の席?それとも向かいの人は相席だめな人?」
「いえ、そういうわけでは……」
なぜか定員は歯切れが悪い。料理店で相席を嫌がる人もいるがこの様子だとそうではないらしい。第一私がこの店に入る直後の一人の男性客だって現在相席している。
私は訝しげに店員を見つめる。
なんだ、このはっきりしない態度は。私はそこまで店員を困惑させるようなことを言ったつもりはないのに。
「あの、少々お待ちください」
店員は私をそのままにして奥のほうに向かい誰かを大声で呼び、厨房から店主らしき人が出てきて何やら話をしている。店主は一瞬困惑し考え込み始めた。
これでは私が店側にいちゃもんをつけた変な客みたいではないか。内心、イラっとした。
店主は考え込んだ後向かい席に座っている人に話しかけている。相席が大丈夫か確認しているようだ。
店主は店員に何かを告げ、店員はそれに軽くうなずき再び私に近づいてきた。
「お待たせして申し訳ございません。どうぞ」
私は指摘した席に案内された。
私は帽子を脱ぎイスに深く座る。
「何にしますか?」
帽子をテーブルの隅に置いたとき店員が声をかけてきた。
そうは言ってもこの世界の料理なんてどういうものかわからない。
そういえば、ここの客のほとんどが肉団子を煮込んだ料理を食べていた。それでいいか。
「じゃあ、みんなが食べているものと同じものをお願い」
「かしこまりました」
通じたらしく店員は厨房のほうに行った。
私はちらっと向かいの人を見る。
印象は一言、なんて白いんだ。一本一本の髪の毛が細く雪のように真っ白い。白く輝いている髪はかなり長く腰までとどいている。前髪も顔を覆うようにしているのでさきほどから目が合わない。
食事をすでに終えているようで今は紅茶を飲んで一息ついているようだ。
「………」
「………」
気まずい。さきほど席につくとき軽く向かいの人間に会釈をした。
それからずっと続く沈黙。別に相席だからといって面識のない人間に話しかける必要性はないが料理がくるまでの間、間が持たない。スマホがあれば手持ち無沙汰にならずにすむが生憎そんなものはない。あるとしたらスカートのポケットにしまっている懐中時計だけだ。
私は時間を確認するためポケットから懐中時計を出す。。
「7時30分か」
あれからけっこう経ったんだな。私は再びポケットにしまおうとした。
「きれいですね」
「……え?」
急に向かいの人間が話しかけてきたので驚いた。その声は青年の男の声だった。長髪で顔も見えるかどうか微妙なほど前髪で隠れているため性別が判断できなかった。だけど質素ながらも清潔感のある服装にカップを持つ手つきや仕草に上品さが滲み出ていたので育ちはそれなりに良さそうだと思っていた。
向かいの人間の視線には懐中時計がある。
「はぁ……これ?」
私にはこの懐中時計が一般的に価値のあるものなのかわからないし、元々私にとってはで何の思い入れもない代物なので曖昧な返ししかできない。
青年が時計から目を逸らさないのでポケットにしまいづらくなりテーブルに置いた。
どの世界でも男ってこういうの好きなのか。機械式とかメカニカルとか。
「あの」
急にまた話しかけられた。青年は今度は懐中時計ではなく私を見ている。目元が髪の毛で覆われているが私を見てるということは分かった。
「?」
青年は話しかけてきたにも関わらずどこか迷っている様子だった。それにときどき顔を背けたり俯いたりもしている。
何?私の顔に何かついてんの?
私は青年を凝視する。
その時、髪の毛で見え隠れしていた瞳の色を認識することができた。
鮮やかな緋色だった。
雪のような白い髪に紅玉のような赤い瞳。白い外見と赤い目といえばうさぎ。
うさぎといえば……。
やばい、またイライラしてきた。
私は強く舌打ちしたい気持ちををぐっと堪え、頬杖をしながら顔を反らした。
言いたいことがあるならさっさと言ってほしい。初対面の人間に八つ当たりなんてみっともない真似はしたくない。
「あの!」
青年は覚悟を決めたようだ。
「お待たせしました」
私たちの微妙な空気を店員の声が打ち消した。店員が持っているトレイの上に湯気のかかった料理の品が乗せられている。
もっと時間がかかると思ったのに意外と早かったな。
私は料理が置きやすいようにテーブルに置いた懐中時計を端に置き、帽子を椅子にかけた。店員は料理を真ん中に置き、隣りにお冷をおいた。
「ごゆっくりどうぞ」
店員は笑顔で言い、去り際に青年をなぜかちらっと見た。
その料理は白菜と大きな肉団子がごろごろ入っているボリュームのある煮込んだ品だ。空腹を早く満たしたくスープとともに肉団子を一つ口に運んだ。肉団子は一口で食べきるには大きすぎて半分だけ残すようにして食べた。肉団子は口に入れた瞬間柔らかく崩れ溶けた。同時にスープも喉に通り私の冷えた身体を温めてくれる。私は一つまた一つと肉団子を口に運び、お冷を飲む暇もないほど夢中でお腹にいれた。
こんなに夢中でしかもこんなに料理がおいしいと感じたのは久しぶりだった。
それほど今日の牧場の仕事は自分にとって重労働だったということだ。
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