第13話帰らせろ

すっかり暗くなった夜の街を等間隔で立っている街灯が優しく灯っている。昼頃と比べ街を行き交う人は少ない。そのせいか石畳を踏みつける足音がやけに耳に響く。


「なんでこんな距離があるんだよ」


「ぐーたらな毎日を送ってきた人間にはいい汗かいたんじゃない?」


「かもな。そっちの都合で私をこの世界に引っ張り込んで早々やりたくもない重労働やらされているのに隣で耳障りな応援だけしていた汗一滴もかいていないクソうさぎ」


私はジャケットのポケットに手を突っ込み、早足で夜の街を仏頂面で歩いていた。牧場から家路に着くまで距離がある。この世界にはバスも電車もないため徒歩で帰るしかない。


最悪だ。疲れてるし寒いし暗いし遠いしお腹空いたし眠いし。


「ていうか、なんでもいいからなにか食べたい」


正直、帰って夕食作る体力はない。私はあたりをキョロキョロと見渡す。


「ここから突き当たって右のほうに大衆食堂があるらしいよ。代金もそこまで高くないみたいだし」


うさぎはどこからか出した説明書出して指をさした。


この際なんでもいい。お腹になにか入れたい。私は帽子を深くかぶりその方向へ歩いた。

こつこつと早足で石畳を踏みつける。


そういえば傍から見たら私ってあぶない状態?年若い娘が一人で暗い夜道を歩く姿って暴漢にとっては格好の餌食だ。斜め右にうさぎがいるがこの生体がボディーガードになれるとは到底思えない。一応、この世界では私はヒロインという立場みたいだからいきなりそんな危険な目にあう可能性は低いと思う。


いや、逆にフィクションだからそんなベタな展開に遭う可能性は高い。主人公は普通に道を歩いてもトラブルが向こうから嫌でもやってくる体質だから。


この世界は乙女ゲームの世界。

まだ冒頭辺りだろうけど、ジャンルがまだつかめない。選択をあやまってしまったらバッドエンドなる。最近の恋愛シュミレーションのバッドエンドは死亡エンドの時もある。



―――死亡エンド。


―――死亡。


―――死。


―――死!?



「………あ、そうだ。言っておきたいことがあるんだけど」


うさぎが何か言っているが、まったく耳に入らない。

私はその場でピタッと止まった。


「どうしたの?もうそろそろだよ?」


「うさぎ、この乙女ゲームのエンド数っていくつ?」


「急にどうしたの?」


「いいから」


「あんまり詳しくはわからないけど攻略キャラクターが6人だから少なくても10以上はあるはずだよ」


「バッドエンドもあるよね?」


「もちろん、乙女ゲームをやりこんでいる君なら知ってると思うけど」


「死亡エンドも……ある?」


私は自分でもわかりやすいと思うほどの小声で言った。


寒い。急に足を止めたからか夜風が直接頬や体中を通り抜ける。足に力を入れないと私の心根まで冷え、吹き消されるような気分だ。


「もし、この世界で『レイ・ミラー』が死んだら『私』はどうなる?」


ゲームの世界なんて端からみたら現実味のないお遊びな世界。でも、今の私には夜風の寒さと冷たさを直に感じ取っている。しかも、早足で歩いたせいか鼓動も速く耳に響く。


今の私にとっては紛れもない『現実』だった。


「それは……」


うさぎは目をそむけた。目だけではなく顔もそむけている。

おいこら、ここかなり重要なところだぞ。


「………」


「………」


しばらくの沈黙が続いた。最初に口を開いたのはうさぎだった。


「君の今の魂は『レイ・ミラー』の体に『入っている』状態だよ。眠っていた彼女の魂にぴったりと張り付いている。言うなればあふれかかっても絶対に水がこぼれないコップのような感じかな」


「だから?」


もったいつけずにさっさと言ってほしい。


「今の君は三波怜でもあってレイ・ミラーでもある。だからレイ・ミラーである君が死んだら三波怜は……死ぬ」


「……死。ここで死んだら元の世界に帰れるとかじゃなく?」


私、今までそんな感じなのかと思っていた。


「うん、もし君が死んだからあっちの世界の時間停止は解けるようになっている。君の魂はレイ・ミラーの身体に入ったままであっちの世界の身体はそのままということになる」


「つまり?」


「三波怜は死んだということになる」


今の私は三波怜でもありレイ・ミラーでもある。だからレイ・ミラーの死は三波怜の死にも繋がる。

乙女ゲームのジャンルや選択肢によっては簡単にバッドエンドになってしまい、ルートに入ったら回避できない。今までは誤ってバッドエンドの選択肢を選んでしまってもセーブ、ロード機能を利用してやり直すことができた。でもここではそんなやり直しは聞かない。

一回勝負ということだ。


「………」


「………怜」


気まずい沈黙に耐えかね再びうさぎのほうから口を開いた。私は俯いていたため目線が帽子に被さりうさぎの姿が見えない。深く帽子を被っていたためうさぎのほうからも私の口元しか見えていないだろう。


「怜、あのね」

うさぎが私の目線にどうにか合わせるようと近づいてきた。


「言いたいことはたくさんあると思うけど………実は」


私は俯いたままうさぎを思いっきり掴んだ。


「帰らせろ、今すぐに」


息がかかるほどうさぎを顔に近づけた。


「こんな危険オンパレードの世界から今すぐに」


潰したい。引きちぎりたい。このうさぎを。そしてこのうさぎの主である神を呪い殺したい。生霊で絞め殺すことができる能力があったら今すぐほしい。物を動かせるチカラじゃなく呪いのチカラがほしいと切実に思う。


「えっとね、僕も君とはもっと話したいけど」


「帰せ」


「実はもう」


「帰せ」


「時間が」


「帰せ」


「間に合わなくて」


「?」


話が微妙に噛み合っていない。


「かえ」


「ごめん!」


「―――………っ!!!」


うさぎが突然消えた。掴んでいたうさぎの触感がなくなり、目の前にあるのは行き場をなくした私の右手だけだった。


「ああ!!??」



は?逃げた?この状況で?そういえばうさぎは時間がどうとか言っていた。

ふと思い出した。うさぎがこっちにきた直後の私との会話を。


『とりあえず期限付きの間、僕のレベルを上級に合わせてくれたんだ。それでもやっぱり制約はついちゃって1日の間半日しかこれないんだ。ごめんね』


半日。私は懐中時計を取り出し時間を確認した。

7時だ。つまりうさぎは12時間の間しかこっちに来れなくて夜7時になったら強制的に帰らされるということか。


うさぎのくせに定時退社のサラリーマンか。だからあんなに時間がどうとか言っていたのか。

もっと早く言え。


「ちっ」


このやり場のない怒りをどうすればいいんだ。


「さむ」


さきほどまで激しかった動悸はいつのまにかおさまっていた。立ち止まっていたため身体が冷風で一気に冷える。

寒いしむかつくしイライラするしモヤモヤするし腹はすいたし最悪だ。私はとりあえずこの鬱憤を一つ減らすために大衆食堂に向かうことした。

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