第9話カラコンみたい

ぱちりと目が覚めた。鳥のさえずりが聞こえ、夜が明けているということがすぐにわかった。朧げだった視界がはっきりと形になってくる。私はゆっくりと体を起こした。いつもはベッドから少し体を動かすのも億劫なのに今はそんな億劫さはない。億劫に感じる場合ではないことを無意識的に体がわかっているんだろう。


私はベッドにいた。でも毎日睡眠をとっている自分のベッドではない。私のベッドは収納ができるマッドレス付のベッドで掛け布団は花柄。このベッドは収納がない木製のベッドで掛け布団は白い無地だった。

違うのはベッドだけではなかった。


私は周りを見渡した。そこは私の部屋ではなかった。私の部屋でも家のどこかでもないまったく見覚えのない場所。すんと木の香りがする。壁は木材の層がいくつも積みあがっており、陽の光に反射して木の模様が点々とあるのがわかる。ログハウスのような造りだ。辺りには家具やインテリアなど必要最低限のものがあり、かなり片付いている。

そのためが室内はかなり広々としている。


私は目を軽くこすり髪をかき上げる。


「あれ?」


違和感があった。いつもは髪の毛が長く、多いせいか寝起きの時は寝癖がひどく前髪も後ろ髪も見事な寝乱れ髪になる。でもかき上げたときの髪の量が少ない。

毛先が頬や首元に当たりチクチクする。

髪の毛が短くなっている。


私は立ち上がり鏡を探した。周りを見渡し少し離れた場所に木製の鏡台と背もたれのない丸い椅子があった。私は一刻も早く自分の今の姿を見るためにその場所に座り確認した。私は自分の姿に息を呑み思わずじっと見つめた。目鼻立ちや体格は元の私のままだったが決定的に違う部位が2箇所ある。


それは髪の毛と瞳の色だ。今の髪の色は青みがかかった黒髪で短く、寝起きのせいかクセが少しついていた。瞳の色は深海を思わせるような瑠璃色をしている。


「まるでカラコン入れているみたい」


自分の顔なのに自分の顔じゃないようだ。顔だけじゃない。私は改めて全身を鏡で見た。

この身体は私のものであり、私のものではない。

うさぎが言っていた。ヒロインの精神意識と容姿と体格が私とマッチングしていたためこの身体に『私』が入ることが出来た。たしかにこの身体は『私』そのものだ。体つき、背丈、肌色などすべてが同じだ。

違うのは髪と瞳の色だけ。


ふと外に出てみたいと思った。

室内だけではなく室外も軽く把握したい。私はドアを開いた。冷えた空気が一気に体中を纏った。冷風に思わずビクっと震わせながらも前進した。ペタペタと素足でテラスを出て2、3歩ほど歩き、周りを見渡した。平坦な大地に街路樹が一定の間隔に点々とあった。家のすぐ近くに細長く畑が造られている。

外観からみるとこの家にはドアが1つ、窓が5つある。三角屋根に天窓が1つある。

「ほんとに違う世界に来たんだ」

まったく見覚えのない場所、空間、景色、物に思わずたじろいでしまう。


私はここで一人で暮らすのか。


「けっこう綺麗な家だね」


「!」


耳元で誰かが言った。

そこにいたのは見知った人物だった。いや、見知ったうさぎがいた。宙に浮いた真っ白いぬいぐるみみたいな姿をした私をここに連れてきた張本うさぎがいた。


「あんたなんでここにいるの?」


「僕はここにいる間、君をサポートしたくてきたんだ」


「サポート?」


「君がここで少しでも早くここに馴染んでもらうための手伝いをするよ」


「目が覚めたときいなかったのはなんで?」


「僕がこっちに来るための準備があったんだ。本当は僕みたいな中級レベルの使い魔はこっちに来ることはできないんだ。だから神様にちょっと無理言ってお願いしたんだ。とりあえず期限付きの間、僕のレベルを上級に合わせてくれたんだ。それでもやっぱり制約はついちゃって一日の間、半日しか来れないんだ。ごめんね」


「どうしてそんなに無理をしてでも来たの?さっきの口ぶりでは私は本来一人でここで暮らすみたいに思ったけど?」


ゲームでは一朝一夕では簡単にレベル上げはできない。私の想像だが神様の使い魔ならなおさら相当な時間や経験が必要だと推定してしまう。その『無理いって』はよっぽどのことをしたんだろう。


「一応僕らの勝手で君をここに連れてきたって自覚はあるからね。いくらなんでも知らない場所に放り込んで傍観するなんていくなんでも無責任だと思って。それに一人より二人のほうがなにかといいと思って」

つまりこのうさぎは私のためにその難解な問題にけりをつけてくれたということか。


「そこまでして、ありがとう」


「ううん、当然のことだと思うし」


「なんて言うわけないだろ」


私はジトっとうさぎを見据えた。


「なんかいい感じ的に話を進めているみたいだけど、まったく感謝してないって。ていうかいきなり見知らぬ場所に連れてきておいてそのままって少し考えたらありえないだろ。端からみたら『誘拐』だからこれ。正直いまだにあんたに罵倒雑言を言いたい気持ちがめちゃくちゃあるから。手伝うなんてこっちからしたらあたりまえだろって感じだし。つーか、物言いがどこか恩着せがましくて感謝されてほしいって感じに聞こえてムカつく」


私は今の心境を捲くし立てて話した。普通の女の子だったら誘拐されているにも関わらず状況に流されて感謝の言葉を言ったかもしれない。

だけど私はそんなことはしない。うさぎのことなんてこれっぽっちも信用なんてしていない。したいとも思わない


うさぎはかなりたじろいていた。

「普通だったら照れながら『ありがとう』って言わない」


「言わない。ていうか私が言うと思う?」


「もしかしてツンデレ属性かと」


「ないわ」


なんで誘拐うさぎにデレを表さなければいけないんだ。


「これじゃあ、ツンデレじゃなくてツンドラだ」


「ツンドラでもないし」


うさぎは宙に浮きながらがっくりしている。


「さてと」


私はうなだれているうさぎを放っておき、踵を返した。


「えっ、どうしたの?」


「どうって。戻って寝る」


「ええええっ!!??この状況で?」


「大声で怒鳴るなよ。ここでしばらく暮らすんならベッドの寝心地を確かめないと」


場所や環境やベッドが変わり、きちんと睡眠取れるかどうかは私にとってはこの上なく重要なことだ。


「えっ、ちょっと待ってよ」


うさぎがおろおろとしながらついてくる。


私は軽く自分の髪に触れた。そういえば、ショートなんて生まれてはじめてかもしれない。

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