第7話覚えてろよクソうさぎ

うさぎは私の意図を汲み取ったかのように耳をぴょこっと動かし、今までとは違う面持ちで語りだした。


「とりあえず自己紹介するね。ぼくはルルン。こことは違う次元からきた存在なんだ」


よかった。『もこな』とか『きゅうべえ』とかじゃなくて。


「違う次元?」


「君たち人間の言葉でわかりやすく言うと『天界』といったほうがいいかもね」


「天界ってもしかして神様とか天使とか………死んだ人とかがいる?」


「神様と天使は合っているよ。でも、死んだ人が行く『天国』とはちょっと違うよ」


「どう違うの?」


「天界には様々な次元や空間をあってそれに合わせてたくさんの神様が万物を管理しているんだ」


「?」


「例えば猫とか犬とか人間以外の動物の生き死にを管理する天界とさっき君が言っていた人類の生き死を管理する天界とは一つのカテゴリーに存在しないでそれぞれ別空間に存在するってこと」


「動物が死んだときに行く場所と人間が死んだときにいく場所はまったくの別ってこと?」


「まあ、ざっくりいえばね。幽霊と妖精ってまったく違うでしょ、あれと同じ。もちろん生き死にを管理する天界だけじゃないよ。水を司る神様がいる天界、無機質を司る神様がいる天界、橋を司る神様がいる天界、勉学を司る神様がいる天界」


「勉学?」


「キミが想像している以上に様々な神様や天界があるんだよ。ここまではいい?」


「一応」


「僕はその中のひとつである娯楽を司る天界からきた使い魔なんだ」


「使い魔………娯楽?」


「僕はそこから君に会うためにきたんだ。契約してヒロインになってもらうために」


そういえば契約とかヒロインとか言われたような気がする。夢だと思っていたけど。


「さっきも言ってたけど何?そのヒロインって」


「乙女ゲームのヒロインになってほしいんだ」


「………は?」


私はたぶん今アホみたいに口を半開きにして眉を潜ませているだろう。


「僕がいる娯楽の天界はずいぶん昔から人間の遊技を見守ってきたんだ。人間の進化ってすごいね。人間の娯楽といえばちょっと前までは白黒のテレビとかあやとりとか折り紙とかで満足していたのに」


白黒のテレビはともかくあやとりとか折り紙ってずいぶん比較対象が幼すぎる。


「特に日本の漫画やアニメやゲームの進化はすごい。ここ数年で一番伸びしろが高い娯楽だから」


うさぎが関心するように唸っている。確かに漫画やアニメは今では大衆文化となっており経済的にもその影響力は強い。その勢いは日本だけには留まらず海外にも進出している。


「僕らの国でもずっごく人気なんだ。アニメとか漫画とか」


なんか話が脱線してないか?さっきのヒロインになってほしいの話はどこいった。


「僕が仕えている神様もすっごくハマっていて特に乙女ゲームにご執心なんだ」


たぶん、女だなその神様。


「でも、最近ちょっと不満らしくて、なんかマンネリ化してきたとか展開や設定に目新しいものがなくイマイチだとか」


たしかに私も最近感じてた。攻略wikiがなくても最後までできるし何よりありがちな展開が多すぎる。


「そ・こ・で・だ。キミに乙女ゲームのヒロインになってほしいんだ」


うさぎはびしっと小さい手で私を指差した。


「………は?」


この流れさっきもやったぞ。


「発売前の乙女ゲームのヒロインの意識に現実の女の子の意識を移し、ストーリーにもっと味のある展開にすればこのマンネリ化をなんとかできるんじゃないかって考えたんだ」


なに言ってんだ、このうさぎ。


「発売前?発売後じゃなくて?」


「発売前、つまり未完成のものってストーリーやキャラクターの設定とかがわからないでしょ。そこに現実の女の子の意識を移動させて乙女ゲーム特有の『ありえる展開』を『ありえない展開』にしてほしいんだ。それに現実の女の子の意識のほうが思考も行動もよりリアルだから今までとは違う感じになるだろうって神様は言ってるんだ」


「意識って、何言ってんだよ。創作物じゃん」


創りものに自我なんてあるわけない。


「いいや、あるよ。完成された一つの物語にも自我がある。性格、思考が一つ一つある以上ね」


「それでなんで『私』?」


「キミが一番そのヒロインの容姿、体型、精神意識がマッチングしているから。ようするにパラレルの次元で君が一番の適任ってことだよ」


なんだかどこかで聞いたような設定だな。


「君には約2年間乙女ゲームの世界で攻略キャラクターたちと親交を深めて本物のヒロインとは違う視点で物語を作り出してほしいんだ」


「かいつまんでいうとあんたらの神が『もう最近の乙女ゲーム飽きた。つまんなーい。王道じゃない、もっと奇をてらった恋愛ものが見たーい』となんとか言ってこの私にその神の娯楽のためだけにそのわけのわからない茶番の恋愛ごっこに付き合えと?」


どう考えても私にはまったく関係がない。


「そう、なっちゃうかな」


うさぎは微妙に目をそらした。おまえもわがままだって薄々思ってるんだな。


「だいたいなんだよその2年って。精神が乙女ゲームのヒロインに入るってことは私、その間身体が仮死状態になるってことでしょ。みんな私が死んでるって思われて葬式挙げられちゃったら私どうすればいいの?」


「だから時間を止めたんだよ。キミが2年後あっちから戻ってきても大丈夫なようにこの次元での時間を止めたんだ。神様からチカラを貸し与えられてね」


そういえば、リビングに入ったら時間が止まったかのようにみんな動かなくなったんだった。

すっかり忘れていた。


「神様ってやっぱり神様なんだ」


時間を止めるなんてまるでアニメかゲームの設定だ。


「とはいっても僕が使えている神様にじゃなく時を司る天界の神様からチカラを貸してもらえたんだ。元々は僕が仕えるはずのない神様からチカラを与えてくださったから1回しか使えないんだ」


時を司る神様なんて、そういえばゲームでそんなチカラを持ったキャラクターいたな。


「………本当はこんなことしちゃいけないんだよね。上層部に知られたら使い魔の位を剥奪なんてこともありえるし。ほんっっっっとうに苦労したんだから説得やら土下座やら、それでやっとの思いで時の神様に」


なんだかぶつぶつと愚痴り始めた。よっぽど危険な橋を渡っていたらしい。仕えている上司の命令は断れないなんてまるでブラック企業だ。


恐ろしい。

それにしても娯楽のためだけにこんな大それたことをするなんて神ってよっぽどすることがないんだな。


「まあ、僕の話はいいとして僕と契約してヒロインに………」


「ならない」


「うん、言うと思った」


私にはどう考えてもまったく1ミリも関係がない話だ。だいたい攻略キャラクターと恋愛って何だよ。自我あるかないかよくわからないけど創作物との恋愛なんてありえない。

というかやっぱりこのうさぎうさんくさい。


うさぎは鬱陶しい目で縋るようにな目で見つめてくる。うぜぇ。


「ねえ、お願いだよ~。女の子なら一回は思うでしょ。理想的な男性キャラと恋愛を……」


「ねえ、もしかしてさ、私をだましてない?」


私はじーとうさぎを見据える。


「もしかして某魔法少女アニメのように契約したら最終的には魔女とかの化け物になってたりして最終的には消滅させられたり、またしても某魔法少女アニメのようにいつのまにか生き残りをかけたデスゲームに参加させられて最後の一人になるまで殺し合わせるとか」


「君、アニメの見すぎだよ」


黒幕はこのうさぎというオチがあるかもしれない。


「実は僕は宇宙人とか影で操っている黒幕とかのオチはまずないから」


このうさぎ心を読んだのか。まあ、このうさぎが黒幕だろうが宇宙人だろうが関係ない。

私の目の届かない範囲でやってくれ。


私はベッドに入る。


「ちょ、ちょっと何寝ようとしているの?この状況で寝る?というかキミ10時間も寝ていたんだよ?」


「10時間?」


「君と最初に会ったときすぐに時間を止めたんだよ」


「つまり、その間私の寝顔を黙ってみていたと?」


悪趣味なうさぎ。


「き・み・が・僕を壁に叩きつけたから気を失ってたんだよ!」


うさぎは毛や耳を総立てながら睨みつけてきた。そういえば、すっかり忘れていた。

まあ、いいや。


「まったく、なんで君なんだろう?どうせだったら優しくて素直な子がよかった」


「んじゃ、帰れ。そして別の人間見つけろ」


「ほんっっとーにそうしたいけどこの次元の君じゃないとうまくあの世界へ送れないんだよ」


「あ、そう」


私はこれからうさぎを完全無視する姿勢でベッドにもぐりこんだ。徹底的に無視を決め込まれたらさすがのうさぎも帰るだろう。


「―――!ねえ、ちょっと起きてよ。キミが僕と契約して承認してくれないとあの世界に送れないしすっごく困るんだよ」


そんなの知るか。


「ねえ、こんな機会滅多にないよ?というか永遠にないよ?ゲームの世界に入れるなんてファンタジーなこと!地球上で唯一だよ!唯一!!」


そりゃ、素敵だ。


「お願いだよ。『絶対契約させろ。させるまで戻ってくるな』って叩き出されているのにこのまま何もせずに帰ったらどんな目に合わせられるか」


やっぱりブラックだ。私も社会人になったらそんな会社に入社しないように心掛けよう。


「ねえ、たった2年だよ!20年とか30年とかじゃないよ」


2年は長いって。まあ、一日でも1時間でも御免だが。


「ねえ、お願い。もう君が性格悪くてもクズでもいいから。まずゲームの世界に入ってほしいんだ」


「………」


「お願いお願い」


「…………」


「お願いお願いお願い」


「……………」


「お願いお願いお願いお願いお願いお願い」


「………………」


「お願いおねが」


「うっさい!!」


私はこの睡眠妨害のクソうさぎをまた壁に叩きつけるつもりで右手を勢いよく振り上げた。

そのとき右手が急に動かなくなった。


「は?」


私はゆっくりと体を起こし右手を凝視する。私の右手はうさぎの右手と合わせるかのような形になっていた。

そして手の周囲に一瞬で光が集まったように輝き始めた。

そしてその光が弾け、うさぎと私の間に魔方陣のようなものが現れた。一瞬のことだったので思考が追いつかず思わずその光景に見入ってしまった。私は右手を動かそうとするも右手が前に突き出したまままったく動かない。


私はすぐにこの状況を理解した。うさぎに聞かなくてもわかる。


「君の行動パターンは理解したよ。しつこく頼めば必ず僕をまた掴もうと手を出すと思ったからね。これで僕との契約は成立したよ」


ドヤ顔で言うな。


このクソブサギ。


手が自由になれたらこのうさぎをぶん投げてやる。


「おいこら、この右手なんとかしろ」


私は宙に浮いているうさぎをぎっと睨みつける。だが、うさぎは私の手の届かないところまで離れていた。


「私は行かないからな、そんなアホみたいな世界に」


絶対いやだ。2年間もそんな場所で創作物と花畑みたいな恋愛をするなんて。


「聞いてんのか!」


「―――・・・☆:*+※ZUY」


「は?」


うさぎは目を閉じ聞いたことがない言葉で呪文を唱え始めた。


やばい。これはやばい。なんとかしたくても右手がそのまま突き出したまま動かないのでどうすることもできない。


「私は行かない!行きたくない!」


「〇ж!$ЯШё」


「こらこら、何無視してんだ!この不法侵入うさぎ!誘拐うさぎ!」


「ё+¢Ю*αA」


「この×××うさぎ!×××うさぎ!×××うさぎ!!」


私は考え付く限りの罵詈雑言下品な単語をうさぎに向かってわめき散した。だが、うさぎは私の言葉が聞こえていないかのように呪文をずっと唱え続けている。私がこんなにわめき散らしているのに何、無視を決め込んでいるんだ。


「!!??」


魔方陣の光が急に強くなった。さきほどまで目視できるほどの眩さが徐々に直視することができないくらい大きくなっていく。私は思わず自由な左手で顔を覆い目を瞑る。


私は一瞬で理解した。私の次の状況がどうなっているのか嫌というほどわかってしまう。


「このクソうさぎ!覚えてろよ~~!!!」


光が私の体全体を包み込んだ瞬間これ以上ないほど叫んだ。

そしてすぐに私の意識がぷつっと消えた。



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