第2話かなりうざい姉だ

残暑厳しい初秋。

中学、高校の部活動が大会、文化祭など一区切りし、3年生が2年生へ部長に引継ぎをさせ、進路に対して腰を入れ始める大切な時期。帰宅部であるが、現在高校3年の私もその一人である。


日曜日の夕方、リビングで適当にソファで二度寝三度寝を繰り返したり漫画を読んだりと繰り返していた。その真正面に延々と同じ会話を繰り返している母親と姉がいる。


「はうわ~。やっぱりいいわ。このキャラ」


「わかるわかる。この主人公に対してだけのデレっぷり。やっぱり王道だけどツンデレははずせないわよね」


「へー、あまりにもありがちすぎてベタな行動しかとらないのに」


「でも、この俺様系もいいよね~。私も顎クイされたい」


「私も床ドンされたい!」


「ふーん、私なら彼氏でもないのにあんなことされたら若干ヒクわ」


「私の一押しはやっぱりこのフェロモンだだ漏れの保健の先生!抱きしめられたい~」


「私、彼の声聞くだけで心臓が」


「犯罪だろ、普通に」


「「ちょっと」」


「は?」


リビングのソファで寝っころがりながら漫画を読んでいる私に母親と姉がキッと睨み付けてくる。


「怜、さっきからなんでそう茶々いれんのよ」


「そうよ」


入れたくもなる。


普段はそこまで二人の妄想ワールドに口を挟まない私ではあるが、かれこれ2時間近く乙女ゲーム雑誌を広げ、同じ会話を延々と隣りで聞かされているこっちの身にもなってほしい。

自分の部屋に引っ込もうと思ったが、この家の中で一番居心地が良いソファでまったりしたいのに妄想全開の脳みそ二人のために部屋に引っ込むのも微妙に癪に障るのでここにいる。


そういえば、どっちがツンデレ押しだって言ってたっけ。まあ、どっちでもいいか。

かなりどうでもいい。

姉はニヤニヤしながらずいっと私の目の前で先ほど二人で話していた乙女ゲームの詳細ページを広げてみせた。そこには特集が組まれた攻略キャラクターの詳細がこと細かく書かれている。


タイトル『君と出会って世界が変わった』

略したら『きみせか』

相変わらず、タイトルださいな。


たしかストーリーはヒロインの転校先がなにかの手違いで男子校に転校する羽目になったとか。

ヒロインは最初は戸惑うが結局は男子校唯一の女子として転校することを決意する。女子ならではの偏見や特別扱いがあるけどヒロイン持ち前の根性や明るさで乗り越え、そこで攻略キャラクターたちと信頼を築きあげるという王道の学園ストーリーだ。


かなりざっくりだけど。


「でもさ、怜だっていいと思うでしょ、この乙女ゲーム。なんだかかんだいいつつ、キャラのことわかってるじゃん。しかも私が買ってきたこのゲーム一番最初にやりたいっていってたじゃない。好きじゃなかったら大円団や真相エンド、BADの全スチル回収までなんてできないって」


おい、こら。


「勝手に記憶を捏造するな、やらされてんだろうが」


姉は気に入ったキャラクターがいるとすぐにゲームを買い漁る。

それなのに難しい作業ゲームや選択肢選びがかなり苦手なので最初に私にやらせて、私に後から攻略方法やバッドエンドに行かない方法など聞く。つまりおいしいところだけをもっていくということだ。

私はこれを小学生のころからやらされているため多少のキャラクターのギャップや行動には驚かず一発で攻略することが多い。

めんどくさがりやな私が最後までやる理由は姉にある条件を出したからだ。

『乙女ゲーム一回千円』

最初は断る口実のためだったがなんと姉はその条件を飲み、きっちりとお金を払ってくる。

アホだろ。どんだけ自分でやりたくないんだよ。


でも私もお金がもらえるからそこまで強く拒否はしない。私は基本的にどんなに難しくても一週間でプレイ終了することができるので、現在は姉が乙女ゲームを買ってきたら自動的に私がやるはめになっている。

でも、やっぱりめんどくさいことには変わりはない。


「グラフィックや音楽、キャラの声は無駄にいいと思う」


「なんか棘のある言い方」


「正直、キャラ設定とストーリーは正直拙すぎる」


「え~」


「言わせてもらうけど」


私はソファから起き上がり、本を取り上げる。

そして、淡々と語る。


「そもそもストーリーがどっかで聞いたような設定。しかもどっかからパクったような所が多々ある。別に王道自体が悪いって言ってるわけじゃない。王道だったらもっとキャラクターの心情をしっかり描くべきなのに、無理して奇を照らそうとしているのがまるでわかる。ヒロインの攻略キャラを好きになる理由があまりに陳腐でお花畑だし、それにキャラクターがヒロインのどこを好きになったのかけっこう省きすぎてご都合主義展開にイラっとする。声優やキャラデザが無駄に豪華だと良いモノだって錯覚しちゃうことがあるんだよね」


「ディスりすぎだよ」


「言っとくけどこの意見私だけじゃないよ。SNSでもこういう意見ばっかりだし、賛否両論かなり多いよ」


なんかオタクっぽい感じだな私。どこ目線の評論だよ。

姉に無理やり押し付けられる形でやっていたけど乙女ゲーム自体は嫌いではない。名作だと思うのもあるけど、クソゲーだと思うのもある。

結局、好きか嫌いかは主観なんだろうな。

だからといって姉みたいに熱をいれるほど入れ込もうとは思っていない。それなのにずっとやらされているからか、下手な初心者よりもわかった気になってしまう。そんな評論家気取りになってしまった自分が客観的に『イタい』思考になっていると思うと微妙な気持ちになってしまう。


「特にヒロイン。ヒロインは普通の女子高生って設定だけどいきなり複数の男性に迫られている時点で普通じゃないし、ヒロインがそこまでの魅力があるのかイマイチ伝わらなかった。私がヒロインに感じたのは『そんな簡単に好きになる?』とか『足手まといって自分で言っているわりに変にしゃしゃり出て』とか『下手なギャルゲーの女バージョン』とかな感じ」


「怜、嫌いだもんね、こういう自己投影型の主人公」


「別に嫌いじゃない。ただ綺麗事ばかりいって現実見ないことがイラっとするだけ」


いや、こういうのを嫌いって言うのかも。そもそも自己投影する場面が一切なかった。


「でさ来年発売予定の新作の乙女ゲーのことなんだけど」


「は?」


いきなり脈絡のない話を始めた。姉はこういうところがある。自分から話をふったくせにすぐに話を変えるクセが。

かなりイラっとする。


「見て、まだはっきりとした詳細は書かれていないけどキャラデザは公開されたんだよね。きれいでしょ」


「……」


そこにはの乙女ゲームのキャラデザだけが記載されていた。そこには6人の男性キャラが載っている。

ページの半分以上男性キャラが占めているのに対して、二人のヒロインらしきシルエットが端のページにあった。ロングヘアとショートヘアの二人だ。


「わかっているのは、攻略対象が6人で主人公が二人みたいなんだ」


「……」


ある一人の攻略対象に目がいった。決して私好みのイケメンキャラだから目が言ったわけではない。


「こいつ、似てる生徒会長に」


私はそのキャラに向けて指をさした。さらさらとした金髪に碧眼の穏やかそうな顔立ちの美男子。『きみせか』の生徒会長の特徴に酷似していた。


「ほんとだ、似てるね」


「……」


『きみせか』の生徒会長は誰に対しても優しく寛大だが、実は誰に対しても興味がなく無関心だった。そんな彼が唯一興味を惹かれたのはヒロインだった。当初はただの好奇心で近づいたが徐々にヒロインの天真爛漫な性格に触れて恋心を抱くという王道ルート。しかし、はじめての感情に彼自身振り回されて、徐々にヒロインに対しての淡い恋心は歪んでゆき、病んでいってしまうというヤンデレ系生徒会長だった。

特に人気のキャラクターである。私はこのキャラが苦手だ。というよりヤンデレ系全般が無理。監禁されてもただイケメンだから許されるなんてヒロインがそもそもマゾだったとしか思えない。乙女ゲームはそれなりにこなれているほうだと思うけどヤンデレ男子だけはまったく受け付けることができなかった。ヒロインを通してみても怖いという感情しか抱けない。

狂気に近い感情を抱かれてもただ好きだから許すなんてヒロインのほうがよっぽど狂っていると感じながらプレイしていた。

おそらくまた、この乙女ゲームも発売されたら姉から押し付けられるような形でプレイするだろう。このキャラクターも攻略しなくてはいけないと思うとため息が出そうになる。


「もうそろそろご飯よ」


突然この会話に脈絡のない声が聞こえた。

母の声だ。静かだと思っていたらいつのまにか台所で夕食の準備をしていた。こういうマイペースな部分は姉と似ている。

私も人のことは言えないが。

なんだかあれこれどうでもいいこと言ったり考えたりしていたら眠くなってきた。


「私いらない」


「え?きのうも食べなかったじゃん」


「間食したから食欲ない」


私はソファで漫画を読みながらテーブルの上にある菓子をつまんでいた。間食してたから多少お腹が膨れている。私は体を起こす。


「怜、ちょっと休みだからってグータラしすぎじゃない?」


「休みだからこそグータラしてる。それに大学が休みとのとき、部屋で漫画やゲーム三昧の誰かにだけは言われたくない」


「私と怜は違うって。怜ってひどいときは一日中部屋から出てこないで水だけで終わるときがあるじゃん。そのうち寝すぎて死ぬよ?」


「部屋にちゃんと菓子あるし。つーかそんな死に方ないわ」


最近は口に何かを入れるのも億劫になっており、そんな時間があったら眠りたいと思うようになっていた。


「久しぶりに怜のつくったケーキ食べたいわ」


私たちの会話を聞いていたのかいないのか母が会話に入ってきた。


「私も。最近作ってないんじゃない?」


「つくってもいいけど、今度ある数学の宿題の答え全部教えてくれたら考えてあげるけど?」


「どうせ教えても『作るとは言っていない考えると言っただけ』とか屁理屈言うんでしょ?」


ちっ、さすが姉。かなりうざい姉だ。


私は立ち上がり漫画を片手で持ち、自分の部屋に向かった。姉は後ろで私を呆れたように見てるだろう。


「怜、明日の朝ごはんは食べなさい」


自分の部屋の前まで来ると母が話しかけてきた。明日は学校があるからさすがに食べるつもりだ。


「怜、そんなんだから友達できないんだよ?」


姉が何か言っていたが私はすでに自分の部屋のベッドに腰がけていた。


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