第11話 <魔道に生きるもの>との出会い、冬の始まり

「さて、次の進路だが。」

出発してから歩くこと2時間。俺は考えをまとめて口を開いた。

「サシャとカシャが近いようだけど?」

「そうだな。」

「近いけど、遠いね。」

「こりゃ、あいつらに会うまでに冬を越さないといけないぜ。」

「そうだな、それは仕方ないよ。その時間を利用してこれからのことも練っていこう。」

「ラーナ、そんな時間があるのですか!?」

「姫、落ち着いてください。これからの季節には、なにがありますか?」

「これから…?ああ、収穫…ですか?」

「その通りです。そもそも国が実り豊かで国民が豊かであるなら、戦争を起こす必要などないと姫は思われませんか?」

「ええ、そう思うわ。」

「でしょう。…16年前の、厄災をご存じでいらっしゃいますか?」

「もちろん知っています。私は、ほとんど記憶にはないくらいには小さかったのだけれど、王宮がばたばたしていたのは覚えています。大きくなってから、勉強しましたわ。

確か、我が国を含め、大陸を占める5ヶ国全てに、“悪魔の子”と呼ばれる子供が誕生する、という予言の次の日、本当に、体のどこかに“悪魔ノ贈り物”を持った子供が生まれた。

もちろん5ヶ国の長はすぐに会合を開き、赤子を集めた。

しかし、我が国の“悪魔の子”はどこを探しても見つけることはできなかった…。

仕方なく協議は始まりましたが、赤子の扱いも、これから起こるであろうものが厄災であるのか、吉兆であるのか、何も分からないまま協議は難航した。

そんな折、まとめて護られていたはずの赤子が全て殺されるという、事件が起きた。刺客は今も見つかっていない。

…その一か月後、この大陸に不幸は舞い降りた。

西、カコウ国では大型の砂嵐が何日も何日も起き続け都市を壊滅し、建物は崩れて砂に飲み込まれ、人々が水を求めてさ迷い歩く不毛の地になってしまった。

東、トゥル国では有害害虫やイナゴの大量発生がとまらず、作物はおろか、人や建物でさえ食い荒らされた。

北、チャサ国では突然雹が降り、気温の異常降下は止まらなかった。寒いことに慣れていたはずの国が、作物も人も国も、凍えてしまった。

南、ミーサ国では大干ばつが起きた。大干ばつに次ぐ大干ばつに、人々は飢えた。そう思いきや、こんどは大雨が降った。全ての作物を枯らす有害の雨は一か月以上も続いた。

しかし、我がカッノーリア王国には、何も起きなかった…。そもそも“悪魔の子”を殺されていない我が国だけが。

赤子殺しの件も含め、各国から悲劇の渦中にある非難は集中した。いいえ、ほとんど八つ当たりね。

…大体これであっていますか?」

「ええ。むしろ俺よりも情報が正確かと思います。非難が集中したのち、ニルラ家総動員の必死の外交、我が国からの支援により何とかその場での戦争は免れました。

しかし、ニルラ家の断絶、下手な外交と貧困、マーガリア女王の暴政…4ヶ国は軍事同盟を結び、カッノーリアに宣戦布告をしました。

ですが、どこも厄災の傷が癒える途中だ。それでも少しずつ進んできた復興の、収穫です。

兵も総動員して収穫に当たっていることでしょう。実際、要所となる砦にも、人員は夏よりかなり減ったようだ。」

「なるほど…。しかし何故、砦の要塞の人数が減っていると分かるのです?」

「おいおい姫さん、空を渡り歩く動物と多くの命を持つ畜生の情報伝達の速さをなめちゃいけねえ。」

「渡り鳥の眼から情報をいただきました。」

「す、すごい。」

「ふふ、これが鳥の力ですから。

とにかく、実りの秋が終われば厳しい冬が来る。

国力を温存するため、秋冬に実際の侵攻してくる可能性は、国力を知る限りほぼゼロだと思って良いです。もしあるとするなら、それは冬場の戦に強い北チャサ国だけでしょう。」

「なるほど、私達は春が来るまでのその間に出来るだけ多くコマを進めておけば良い、そういうことですね。」

「そういう事です。私が考えた作戦は…二手に分かれることです。」

「えっ!?」

「本当に?」

「…。」

「アンタのことだから考えがあるんでしょうけど。」

「うん。いいですか?私達がいるのは、トゥル国との国境境の山です。そしてサシャ、カシャ、パルティ、トーノがいるのは西の端です。

そこで、私、姫、リンが北の山を伝って、ガユ、ライ、ファカティーは南の山を伝って双子のところを目指します。

今のところ、緊急度が高いものとしては、国内では女王に姫が終われる立場であることです。しかし人数を割ってしまえばもし追うことになっても追手も分かれなければいけなくなる。もはや賭けのレベルです。

さらに言えば、北の山はとても厳しい道のりだ。越えることが出来る人は限られてくるでしょう。まさか追手も姫に北山を歩かせるとは思わないでしょうし、もし追手が南に多くかけられれば大いに暴れることが出来る。といった算段ですが、いかがですか?」

「分かったわ。」

一番最初に頷いたのはファカティー。

「でも、こちらにも姫を連れているという囮は必要だわ。誰を連れて行っても危険には変わりのないことだから、そこは良く考えましょう。」

「そうだな。」

「ラーナと離れるのは寂しいけれど、ファカティーがいるからライは大丈夫!」

「おい、俺もいるだろうが。」

「え?ああ、ガユもいるっけ。」

「オイコラクソガキ…!」

「こら。そこ、喧嘩しない。」

「人なら、俺が手配しよう。」

言い出したのはリン。

「どういうことだ?リン。」

「ピアユ様の魔術院には変身魔法を得意とし、いざ戦闘になれば自分の身を護るか姿を消すことができるくらいの奴はたくさんいる。」

「そうか、魔導士という手があったか。じゃあ頼んでもいいか?リン。」

リンが頷く。

「ありがとう、リン。」

そういうとそっぽを向いてしまう。

「ファカティーも、それなら良いか?」

「ま、いいわ。」

「じゃあこの案を取ろう。さあ、街に降りて山を登る準備をしよう。」

「そうね。備えが必要だわ。」

「ライ、先に言って街の様子を見てきてくれるか?」

「うん!分かった!」

「俺も一緒に街に降りる。ピアユ様に報告し、人を連れてくる。」

リンとライが立ち上がった。

「分かった。頼んだよ。」

そうして二人は街へ発った。


その日の夕方、ライとリンは、3人で帰ってきた。

「ただいま!」

飴を手にライはご機嫌だ。

「お初に御目通り叶います、ラーナ・ゼンラス閣下。私、リルトアと申します。」

やってきたのは薄幸の美少女のような…女?

俺の疑問を見取ったかのようにリルトアが笑う。

「私は男ですよ、閣下。」

あまりに妖しく笑う少年に一様に皆驚く。

ガユは思わずつぶやいた。

「…あやかしの類のものか?」

すると美しい目をぎっとガユにっ向けて煩わしいものを見る目をした。

「これが地ですよ。美しさは性別を超えるのです。

これだから男はこまりますね。」

その会話を聞きつつリンを呼ぶ。

「リン、ご苦労だったね。ピアユはなんと?」

「あんたが会いたいと言っていたことを伝えるととてもお喜びだった。」

「そこまで報告したのか…。」

「ああ。女王のほうに動きはなかった。リルトアは申し分ない魔導士だ。

…まあ性格に問題があるが…。」

「そうか。…まあ確かに難はありそうだな。」

「…気をつけろよ。」

珍しく歯切れの悪いリン。

どうした、と言おうとしたところでどんっという衝撃が横からくる。

くるっと首を向けると間近にリルトアの顔があった。

「へえ…なかなかとは聞いていたけど、確かに格好いいね、閣下。」

「はい?」

「うん、初心な反応もいい。」

するとリンが背後に回ってべりっとリルトアをはがす。

苦虫どころか毒でも飲んだ顔をして言う。

「こいつは顔がよければ男でも女でもいけるやつだ。」

「………そうか…。俺は何も聞かないでおくよ。

リルトア、まず閣下はいらないよ。ラーナでいい。

それから、ここには俺なんかよりずっとかわいらしいレディ達がいるから、な?

これからよろしく、リルトア。」

何とか笑顔を取り繕う。

リルトアはじっと俺の顔を見て、リンの腕を振りほどいてまたくっついてきた。

「私…いや、僕はここの女性に興味はないよ。だって…強そうなんだもの。」

背後で殺気が膨れ上がる。

「お前…勇気あるなあ。」

またにぎやかしくなったな、とか暢気に考えて居ると、リルトアが思い出したように言った。

「ああ、忘れてた。ねえラーナ。」

「何だい?」

その瞬間、空気が凍る。俺はとりあえず意識を手放した。


目を開けると灰色の眼が見返してきた。

「リン?」

「ああ。気分はどうだ。」

「最高の気分だよ。」

「だろうな。」

起き上がるとみんなは視線を逸らした。

辺りを見渡すと木に縛り付けられたリルトアがいた。

目が合うとウインクを飛ばしてくる。

「僕はこういう趣味はないんだけど、離してくれないんだ。」

俺はここ最近で一番大きなため息を吐くと、首を振った。

その夜、前にリンと話した滝の傍で顔を、特に唇を念入りに洗う。

顔を上げると手ぬぐいが差し出されていた。

「ありがとう、リン。」

リンは無言でその場に座った。

「魔術印だ。」

「うん?」

「さっきの。」

「ああ…さっきのね…。」

思わず落ち込む。

「あれは最上級魔術の一つで、相手の位置を常に把握出来るものだ。たとえいかなる魔法やその他の方法で存在を隠されても。…まあその…口にしなくてもよいものでは…あるが…。

ラーナはピアユ様からも施されたはずでは?」

何十年も前の光景がフラッシュバックする。

「もしかして」

「そうだ。その効果は約100年。だからピアユ様にはラーナの位置がずっと分かってたんだ。何があっても手は出さない…そう決めてな。

だが再び手を取り合った今、効果を持続させるためにピアユ様が指示したんだ。」

「そうだったのか。ふふっ教えてくれてありがとうな、リン。」

リンは答えない。

「なあ…あんた…ラーナは、本当にかの英雄なのか?」

「何だ、やぶからぼうに。」

「俺には、ラーナは隙が多く見える。優しくて温厚で、とても戦争を経験した猛者には見えないんだ。」

「そうか。君には俺はそう見えるんだな。

いかにも、俺は元・英雄だよ。」

「元でも何でも、お前は国を救ったんだろう?何故…歴史の舞台から去った?

あんたなら王にだってなれたはずだろう?」

突拍子もない話に驚く。

「何故?リンは王になりたいのかい?」

「…ああ。なれるもんならなりたいね。」

目の奥にあるのは危険な光。

「俺の全てを奪った王家を、ぐちゃぐちゃにしてやりたい…腐ったこの国をすべて変えてやりたい。出来ることなら、この手で。」

「…俺もそんなこと思ったこともあったなあ。」

「っならなぜ…!」

「さあな。向いてなかったんじゃないか?俺は表舞台は苦手なんだ。」

俺があまりにひょうひょうと話すからか、リンはため息を吐いて座り直す。

「ラーナと話していると、とても英雄だとは信じられない。」

「そうか?それはいい。」

「え?」

「俺は王冠なんて興味ないんだ、もう。王冠なんかなくても幸せになれるからな。」

「違う!王冠は、あの中には、光がある!!

王冠は、俺の希望だ…!

全てを、何もかもを、取り戻すことが出来る…!

そのためなら、俺は王だってあの王女だって、殺して見せる。」

激情を隠さないリンを初めて見た。

「リン、お前は王冠がなくても幸せになれるよ。いや、むしろお前は王冠を手にするべきじゃない。王冠をかぶる者はね、幸せにしなければならない者だ。それはなるべきものがなるさ。エアルリエ姫のように。」

「何も知らないくせに!俺が生きていい場所は、幸せになれる場所はこの国にはない!それなら全部壊して、壊して壊して全て作り直してやる…!」

「そうだな、リン。なら教えてくれよ。お前の全て。

それに、居場所ならもうある。ここにね。」

「え…?」

「リンが生きていていい場所はここだし、リンが幸せになるのはここだよ。

どのような過去があってお前が出来たのかは知らない。でも今ここにいる事実は変わらない。どのような過程を経ようとリンはリンに変わりないよ。ああでも、その過去に俺は感謝しなくちゃならない。お前をここまで運んできた、過去にね。」

「偽善者…ラーナ、あなたにお似合いの言葉だ。」

「リン、何にそんなに怯えている?」

「違う!俺に怖いものなんてない…。死ぬことでさえ。」

「リン。死ぬことは恐ろしいことだ。それを間違えてはいけないよ。」

あまりに血がのぼっているらしい。俺は後ろにばたんと倒れた。

「大丈夫、リン。大丈夫だ。」

確証も何もない俺の言葉に気が抜けたらしい。

リンの顔から険が抜ける。

しばらくそうしているとリンが立ち上がる。

「おやすみ、リン。」

無言でリンは去っていく。俺は目を閉じた。しばらくそうしていると、足音が聞こえる。

俺はリンが戻ってきたのかと思って声をかける。

「どうした、リン…。」

そこにいたのはリルトアだった。

「ど、どうした?リルトア。」

リルトアはへらっと笑うと俺の横に座る。さっきまでリンが座っていた場所に。

「聞いてたのか。」

「まあね。ラーナは、本当にいい人だねえ。日陰を歩む身としては眩しいよ。」

「何を言うんだ。それを言うなら俺ならもうとっくに隠居の身さ。」

「…あのさ、」

言葉が途切れたので顔を見やると、リルトアは真剣な表情でいた。

「あいつが、リンが、いつかもし正体を明かしても、ラーナにはリンをリンとしてみてほしい。」

「何だ、急に。」

「いや、例えばの話だけど。

リンはさ、僕の二つ下だ。あいつは魔術院に連れられてきた時から僕をはるかに凌ぐ魔力を持ってたんだ。でも年功序列で僕はあいつの面倒係になった。

だから魔術院で一番関わりがあるのは僕だけど、リンは一度だって笑いかけたり、さっきみたいに怒ったり、とにかく感情を出すことはしなかった。

例えそれが負の感情でも、ラーナには吐き出せるのであれば、ラーナはそれを受け止めてあげてほしい。わがままな頼みなのは分かってるよ。でも、お願いします。」

「…リンの背景にはさ、たくさんの辛いことや悲しいことがあったのかもしれない。それが今のあいつを形成してきたんだろう。俺はリンの正体が何であれ、過去がどうあれ、あいつが俺の手が届く範囲にいてくれさえすればいつだって受け入れるさ。」

「そ、そっか…。ありがと、ラーナ。お、お礼に美少年のキッスはどう!?」

すっかり調子が戻ったらしい。

「いらん!」

そういって駆け出すと追いかけてくる。

しばらくそうして、疲れて倒れ込む。

「リルトアはいい子だな。」

「…実年齢はともかく、見た目は同じくらいの人にそういわれたらすっごい腹が立つけどラーナには言われても腹が立たないっていうのがすごいよね。」

「そうか?」

「ラーナは大人な感じがするから。

でも僕、ガユとライはなんか苦手だ。」

ここでも精神年齢が同じらしい。俺はおかしくなって笑いだす。

「大丈夫だよ、リルトア。お前ならすぐ打ち解けられる。」

「えー本当に?

ん、でもラーナがそういうならそうかもね。」

「俺じゃなくてもみんなそういうよ。」

「うーん、何か安心感があるよ。

僕は美しいから、安心できるものは少ないんだ。」

おちゃらけているが、この少年だって、少なからず何かはあるのだろう。

人には必ず闇がある。

手を伸ばして、闇を掴む。

闇はきっとこういうだろう。

ここが怖いかい?」と。

「何のおとぎ話?」

声に出ていたらしい。

「何でもないよ。忘れて。」

しばらくそのまま話すと、リルトアは寝床に戻った。


「怖い」

俺が答えた。

「闇の中では、俺には何も視えない。」

視えないことは、恐怖だった。それは人の心然り。

「本当にそうかな?」

何かが問いかけた。


早朝。夜明けで目が覚める。

昨夜そのまま寝てしまったらしい。体の上には布がかかっていた。

誰かがかけてくれたのだろうか。

たたんで滝の傍で顔を洗うと、布はもうなくなっていた。

「あれ?」

体をほぐし、朝ご飯を作ろうとみんなのいる場所まで戻る。

今日の番はガユがしていたらしい。

「おはよう、ガユ。」

「おお、おはよう。おめえどこ行ってたんだ?みんな心配してたぜ。

もしかして…女か!」

「阿保。そんなわけあるかよ。滝のところで顔洗って寝っ転がっていたらいつの間にかそのまま寝てただけだよ。」

「ぷっだっせえ。」

「うるさいよ。朝飯獲ってくる。」

「おーう。」

深呼吸。鳥と目が合って、次の瞬間俺は空を飛ぶ。

手ごろな兎を二頭、果物をたくさんとって戻る。

兎の皮を剥いで、湯で消毒した内臓や関節を切り分け、肉は湯で煮る。

果物を洗いに行こうと立ち上がると木のざるに乗せた果物を持ったリンがいた。

「おはよう、リン。

果物洗ってくれたのか?ありがとう。」

灰色の眼がわずかに揺らぐ。

背に回されていたもう片方の手がすごい勢いで目の前に差し出された。

袋の中には大量の魚。

「北山で越冬するんだったら、干物を作らないと…。」

「ああ!確かにそうだな。ありがとう、リン。」

リンはそっぽを向いて消えてしまった。

俺はため息を吐き再びナイフを消毒し、魚をさばく。

すると後ろから重みがかかり、甘い香りが鼻を占めた。

「おはようラーナ!」

「はいはいおはよう。危ないから降りなさい。」

「え…朝からこの僕に乗っかられて喜ばない男なんて存在したんだ…。」

「お前は自分を何だと思ってるんだ?」

「美少年。」

「そうだったな…お前はそういうやつだよ…。」

そうこうしているうちに、皆が起きてきた。

「ラーナ、随分その…なかよくなったのね?」

ファカティーが気まずい顔で言った。

「おい?」

「狙ってるしね!」

「おい!」

「そう…なの…。あ、朝ご飯にしましょうか。」

「その目、やめてくれ…。」

なかなか俺から降りないリルトアを何とか横に座らせ、食事をする。

食事後もひっつくかと思っていたが、意外にもリルトアは

「稽古して!!」

と言い出した。

「いい心がけだな。」

頭を撫でてやり、剣を抜く。

「おいで。」

次の瞬間には、顔の前にリルトアがいた。

その0.8秒前に15センチ後退し、下げたままの剣を無造作に斬り上げる。

リルトアは風属性らしい魔法で斬撃を散らし、そのまま風を大量に起こしてはなってきた。高速で回転させた風を密着させることで風が中に引き込まれ続け、もし触れてしまえば回転に沿って切り刻まれることだろう。それを壁にしてリルトアは迫ってきた。

「恐ろしいやつめ…!」

俺は剣を回転させて風の流れを統一させる。突然回転を止め、制御を失った風を出鱈目に斬って空へ飛ぶ。

すると、空中には無数の水の球が浮かんでいた。風の壁はこれを作るための時間稼ぎか。無数に浮かぶ導火線とみて斬っておいた風を先行させ、俺はリルトアに斬りかかる。

先行した風に水の球が集約され、すさまじい爆風が起こった。

その乱気流と煙に乗り、斬りかかったリルトアと目が合った瞬間、俺の眼には笑みが映っていた。

「“光の剣”→付加“光の矢”」

付加魔法の類か。にやりとほほが上がる。こいつは本物だ。

次の瞬間に勝敗はついた。

地に尻を付いたリルトアの眼の1センチ前に俺の爪がある。そろりとリルトアが手を挙げた。とすっと音がして俺の剣が地面に刺さった。

「こ、降参。」

「お前…すごいな。すごいとしか言いようがない。」

「勝ったくせにそういうこと言う?」

爪を降ろし、離す。

「…最後の動きが…追い付かなかった…。」

「あれが俺の知らない魔法であれば、俺も危なかったよ。」

「褒められるのは慣れてるからいいよ。

僕は何でラーナに負けたのかを知りたい。」

向上心も高いときた。末恐ろしい。

「お前、体術は?」

「全然ダメ。」

「だろうな。お前の魔法は確かに強力だったが、魔法を使う間お前自身は一度も動かなかったな。同じ場所から魔法を使っていた。俺は、そこに注目したんだ。

最後の攻撃の前、お前に斬りかかった時の光の剣矢の攻撃をすべて俺は剣で受け止めた。さすがに衝撃で剣ははじかれたが、手を滑らせて石突からこの、爪と呼ばれる武器を出した。そして俺はお前の足を掬って、そのままの勢いで倒したってわけだ。これには単純にお前の光属性の攻撃を剣で受け飛ばすだけの力、足を掬う狡猾さ、そして剣に引きずられないだけの腕力が必要だ。」

「なるほどね…。能ある鷹は爪を隠す…か。ラーナなんて、ひょろひょろに見えるのに、すごい筋肉があるわけだ。」

「なんては余計だ。もしこれが、お前が移動しながら魔法を使っていたら、俺は手から剣を離すなんて真似はしなかっただろう。」

「でも、付加魔法まで使いながら動くなんてそんな芸当出来ない…!」

「そうだなあ。あのレベルの魔法になると超高難度だもんな。戦場では、動く魔導士と後方支援型の魔導士がいるから、そこまで求めるのは酷かなあ。」

少し語尾を強めて発破をかけると、リルトアは食いついてきた。

「僕は前線に出られるもん!それくらい、すぐ出来るようになるし!」

俺は頭を撫でてやる。

「その意気だな、リルトア。

俺には魔法は分からないけど、体術なら教えられることがあるだろう。大丈夫、お前ならすぐにできるようになるよ。」

リルトアは少し固まると顔を上げ、鼻息荒く問うてきた。

「僕に稽古をつけてくれる!?」

「え?ああ、構わないよもちろん。でも昼間は買い出しもあるし、2,3日の間だけだが。」

「それでもいいよ!ていうか僕今後の行程も一緒にいる気満々だし!」

「お、おう。頑張れよ。」

「今からやろう!!」

「どうした、なんでそんなにやる気なんだ!」

「いいから!」


…疲れた。ものすごく。この丸二日、ずっとリルトアにかかりきりになってしまった。昼間は怪しまれないように慎重に街に降りて山越えの備えをし、夕方からみっちり寝るまで稽古。リルトアの体力は無尽蔵で、さすがの俺の死にそうだ。

それにしても、この二日でリルトアは基礎体術をすべて出来るようになってしまった。若いとはこういうことなのか。滝のところで水浴びをしていると、リルトアも入ってきた。

「なんでそんなに元気なの、ラーナ…。」

リルトアはさすがにげっそりとした顔で体を洗っている。

俺は苦笑しながら言った。

「そんなことはない。俺ももう年だしなあ。若いって言うのはいいな。」

「年より臭っ!怪我一つせずけろっとした顔をしているくせによく言うよ。」

視ると、リルトアはいたるところに擦り傷や打ち身やらを作っている。俺は垂れさがった木の一つから目当てのものを探し、葉を摘んだ。

リルトアのところに戻ると、

「少し染みるぞ。」

と声をかけ、葉を水につけてから傷に貼る。途端に、

「いだだだだっ!」

と美少年らしからぬ声を上げた。

「なにするんだラーナ!」

「これはタマモの実だ。取ってみろ。」

「あ…痛くない…かも。」

「明日には治っているぞ。」

「わーい!すごいよラーナ、魔導士みたいだ。」

本当に現金な奴め。だがこいつの扱いもつかめたし、性格もよく分かった。美少年ってのは大変なんだな。

「背中流したげる。」

そういうので後ろを向くと、背中を洗ってくれた。

「…ラーナはたくさん傷があるね。」

「まあね。」

「痛かった?」

「いや、別に。って言いたいところだけど、すごくすごく痛かったよ。」

「うわあ…僕痛いのは嫌いだ。」

「俺だっていやだよ。でも大丈夫。リルトアがこんな傷を負わないように、俺達がいるんだから。」

「あーあ、どうしたらそんな風に生きられるんだい?僕にはとても無理だ。僕はきっと僕自身を護ってしまう。」

「こういう生き方はね、普通の人間はしないものさ。それに、お前のような生き方はとても真っすぐで美しいね。ピアユを見ているみたいだ。

結局、自分で自分を護りぬけるものが一番強いんだよ。覚えておきなさい。」

「…僕ね、ラーナについていく。」

背中から、真剣な声がする。

「ついてきて、どうする?」

「魔導士になるよ。ラーナと同じところに立って、同じ景色を見てたくさん学ぶ。同じものを愛して、僕は僕自身も愛す。魔導士は、自分自身を愛する者。さもなければ、魔道に生きるものたちに食い潰されてしまうのさ。それが、彼らの愛し方だからね。」

「魔道に生きるもの?」

「この世界には、たくさんの人間がいる。そのほかの動物たちもいる。植物も、何もかも、目に見えるものだ。でも、この世界線には目に見えないもの<魔道に生きるもの>がいる。それは、今もラーナの隣に。隣人、と魔法使いは呼ぶよ。人間は精霊と言ったり妖精と言ったり、妖怪と言ったり、幽霊と言ったり。彼らはどの人間の言葉も嫌うから、隣人や魔道に生きるもの、と僕たち視える人間は呼ぶんだ。僕らはただ視えるから、魔導士であり、魔法使いであり、魔女であり、魔術師と呼ばれるのさ。魔法は難しいことじゃない。本当は誰にでも使えるよ。でも、それに気付くことができるのは限られた視える人だけだ。だから僕は視える人であり続ける。」

「そうか。その選択が間違っているか、そうでないかは俺は問わない。リルトアが常に自分が幸せである状態を、魔法と呼ぶのだろうからね。ついておいで、自分の意志で。そこが地獄であろうと戦場であろうと、リルトアはリルトアを幸せにし続けられる人間だ。お前は強い子だよ。」

「うん。そしていつかさ、僕と結婚してよね、ラーナ!」

「こらこら。ここまでは良かったのに。」

「あははは。」

水から上がり、服を着る。世界が少し、広くなった気がした。


今日は買い出しの最終日。リルトアが引っ付いて離れないので、仕方なく姫と俺、リンとリルトアという奇妙な面子だ。

最近、リンはまた壁が出来てしまったように感じる。俺はこの前のリルトアとの話で、すこしリンが心配だった。

リンとリルトアに顔を毎日変えてもらって、顔を出してのびのびと買い物が出来る。でも安心はせずに、同じ店で複数のものを買わないように、転々と色んな店を回った。

衣類の店で厚い毛布を探していると、背後にリンが立った。

「変わるか。」

首を捻ると、普通に並んだように見せかけて話しかけてきた。

「山越え、ラーナと王女とリルトアでするといい。」

俺は思わず横を向く。冷たい灰色の眼には何も映っていない。

俺はリンをつれて路地裏に入った。

「急に、どうしたんだ?」

「俺なんかと一緒に過ごすよりはずっとましだと思ってな。」

「俺はそんなこと思ってないよ。」

「…。」

考えは頑ならしい。思わずため息を吐くと、ほんの、ほんの少し肩が動く。

「ああ、悪い。そういう意味じゃないよ。

あのさ、もしリンがどうしても俺といたくないのなら、そうする。」

少しだけ目が揺らぐ。

「別に、そう言う訳じゃ、」

「ならこのままだ。」

「っなんでだ?リルトアといるほうがずっと快適だろう。」

「俺はリンといるのが楽しいよ。それじゃあ駄目なのかな?」

「…分かった。」

「それからもう一つ。俺なんか、じゃないよ。俺はリンを選んでいっているんだ。俺はリンが大切だよ。リンのことを心から大事に思っている奴が、隣に今いるってことを、お願いだから忘れないでくれ。」

大きく瞳が揺れる。ひゅっと息をのむ音がした。

「どうして…」

かすれた声。

「どうしてあんたは俺を引っ掻き回す…!もういっそ嫌われていたほうがまだ苦しくないのに…!

俺はおかしいんだ、お前が俺を大切に思うたびに苦しくなる!その視線が多くに向けられていることにだ!俺だけじゃないことに腹が立つなんて、俺はおかしくなったんだ…!」

しぼりだすような声は今までにないほどの行き場のない苦しさと孤独と独占欲に満ちていた。

どうしてあげたらいいのか、俺には正直分からなかったが、何か言う前に体が先に動いた。

小さい頭はすっぽり俺の頭の中に入ってしまった。

頭を撫でてやる。意外なことに、リンは突っぱねなかった。

「苦しくて、さみしくて、しょうがないよな。俺は、お前だけの俺にはなれないよ。背負っているものがあるからね。でも、お前だけの俺でもあるよ。リンにとっての俺はリンだけのものだ。大丈夫、リン。この先お前の前から俺がいなくなることはないから。大丈夫だよ。」

「…ラーナのせいだって…言ってるだろ…。」

「そうだったな。でもだからってリンの手を離すことはできないしなあ。」

しばらくそうしていると突然体を押される。くるりと振り向いてしまい顔は見れない。

「裁縫道具がないぞ。」

その言葉にふっと笑うと追いかける。

「実は俺、裁縫できないんだ。選んでくれるか?」


準備は万端。最後までリルトアは俺に付いていくと聞かなかったが、何とかなだめすかし、行程を何回も何回も入念に確認しあい、分かれた。

「また、命が芽吹くころ会おう。」

「いつ何時も、心はともに。」

リンとリルトアはそう言葉を交わしていた。俺はいい言葉だ、そう思った。

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