第8話 穢れた灰色~聖戦の真実~

「ラーナ!?どうしたの!?おちついて!!

ねえラーナ!!しっかりして!!ラーナ!!ラーナってば!」

必死にもがいていたらしい俺を押さえつけるライの頭が見えた。

傷口が開いたらしい痛みとものすごい吐き気に、現実に起きる。

「あ、れ…俺…俺は…。」

「ラーナ?良かった、起きたんだね。すごい熱。」

「あ、ああ。俺、暴れてたか?」

「うん…。ずっとうなされてはいたけど、さっき急に。

矢に毒が塗ってあったみたい。」

「そうか。もう、大丈夫だ。」

「何か食べられそう?ご飯作ったよ。」

「ん、じゃあ少しだけもらう。姫は?」

「耳が利く範囲にいるよ。しばらく一人でいたいみたい。」

「…そうか。」

二人だけで食事をとる。

食べ終わると、頭痛もいくらかましになっていて、立ち上がった。

「ごちそうさま、ライ。」

「うん。ライは火と荷物見てるから、あっち行ってきていいよ。」

「そうか。ありがとう。」

ライが示した方向に行くと、エアーチェが踊っていた。

出会った時と同じ舞なのに、今日はとても哀しく見える。

俺はエアーチェを視られなかった。

エルと同じ、姿を。

動きを止めたらしいエアーチェが声がかけてくる。エルの、声で。

「ラーナ…今日は本当に…ごめんなさい。貴男のような戦士に、傷を負わせてしまった。

強くなろうと、何があろうと動じぬと、決めていたのに。

私は結局死を恐れる無力な王女に成り下がってしまった。」

その声が、痛い。何とか口を開く。

「もう大丈夫ですから。傷なんて、もう数えきれないほど付いてきました。

死を恐れる心を、せめてはいけません。それは、人間だけがもてる心なのですから。」

「私は城を捨て、この国を護ると誓った時に、この命を差し出すことを、決めたのです。

私のために傷付く人がいてはいけないのだから。」

素直に怒りが湧いた。

王女の知らぬところで、王女を護るためにどれだけの命が費やされたのか、この姫は知らないのだろう。

「こんなところで、」

そういった瞬間上から声が降る。

「こんなところで死んで誰がこの国を救うんだ?

お前は死んではい、おしまいでいいかもしれないが、残された者たちの未来は?

お前のために立ち上がった者たちの命は?

お前を護るために、お前という立場を護るために死んでいった命にどう説明する?

お前、すげえ無責任なやつだな。

この国云々じゃねえ、人の命にだ。」

何十年前は毎日聞いていた低いかすれ声。

「ガユ!」

「よお、ラーナ。久しぶりだってのに、今なら俺でも殺せそうな面してんな。」

「馬鹿言うな。それより、何でここに?」

「あぁん?そりゃおめえ、ライと合流したのを感じたからに決まってんだろ。」

口と人相は悪いが人一倍優しいガユはこうしてずっと俺らの動きを気にかけて生きてきたんだろう。

対していきなり木の上から降りてきてずけずけと物言うガユにあてられて、エアーチェは固まっている。

「ああ、こちらエアルリエ・ローチェ姫。」

「ふうん。勘違いお姫様ね。俺はガユだ。」

その言葉にびくりとなったものの目は逸らさないエアーチェ。

彼女の芯の強さというのはこういう所だと思っている。

自分に対する甘さ弱さ、闇を見ても目を逸らさない。

それを理解し受け入れ、傷つき、また強くなっていけるのだ、彼女は。

「とりあえず、事情が知りてえ。」

「ああ、そうだな。行きましょう、姫。」

「…はい。」

火の傍に戻ると、気配でライは気付いていたらしく、歯を剥く。

せっかくの美人が台無しだ。

「何で来たんだよガユ!」

「ああ!?なんか言ったかドチビ!ちっこ過ぎて何にも聞こえねえぞ!」

「うるさいはげ!」

「はげてねえ!」

何故かこの二人は昔から仲が悪い。犬猿の仲というか、ガユのモチーフは狼だから、虎狼の仲?

だがどこか似ているところもある。おそらく精神年齢が同じなのだ。

それでもいざ戦場に出れば、この二人以上に息が合う者は双子くらいだろう。

「相も変わらず、お前たち二人は仲が良いな。」

「「良くない!!」」

「まあまあ、喧嘩は後にしろよ。」

先程までの、質が悪すぎる夢はいつしか追い出されていた。

事情を話すと、黙っていたガユが口を開く。

「俺はみんな程ラーナの人を視る目ってやつがわかっちゃいねえ。

だから何でその勘違い姫のために再び戦わなくちゃいけないのか、わからん。

あえていつも通り話を聞いてもらうぜ、いいな?」

エアーチェが頷く。

「いいか?はき違えちゃいけねえ。


お前さんが座ってんのは人の上でも玉座の上でもなく、屍の上だ。


たくさんの人がたくさんの血と涙と、命を落とし続けて護られ続けている命なんだよ、お前は。

だがお前のような奴はその屍の上に平気で座り、踏みつけ、知らなかったふりをする。

血にまみれた真っ白な王城から見る景色は美しいか?

お前らの足の下で蠢く死体や死体とさして変わらない血まみれ泥まみれの人間たちを、お前は一度でも見たことがあるか?

お前はきっと城の中で常に誰かに護られてきただろう。お前は城の中で城の外の人間に生かされて育ってきただろう。

知ってるか?お前よりはるかに小さい子供が死ぬ国だ、この国は。

お前に献上された食い物一杯あれば生きれた命が、簡単に死んでしまう国なのさ。

お前らが下すその一つの決め事で戦争が起きれば何百万という命が失われる。

それでも民を正しく導いてくれるはずだという一縷の希望に縋って、屍の上のお前らのために民は畑を耕し武具を纏い、戦場へと向かう。」

どんどんエアーチェの顔が青ざめていくが、俺達は何も言わなかった。

言い方は悪いが、それが真実でもある。

今までそれに気付けなかったのは仕方がないとは、言えないのだ。

気付くべきだ。気付いたなら、変えるべきだ。

それが国の長たるものなのだ。

「お姫さん、聞いたところ俺達のことを知っている様だから言うが、俺達は英雄でもなんでもない。


俺達は、ただの人殺しだよ。


美化すんじゃねえ。目を背けるな。事実を見ろ。俺は、妹を殺した奴らと同じことをして、生き延びたんだ。英雄なんて、勝ったから、生き延びたから付けられた名称に過ぎない。

戦場で斬ったあいつにも、もしかしたら帰りを待つ妹がいたかもしれない。

俺はそう思って、それを封じ込めて、戦った。

お前にこれから出来ることがあるとするなら、これから増えるお前の下の屍を減らす努力のみだ。

死んだ奴は生き返らねえ。その血は流されるがために流されたんだ。

今にも死にそうなやつを救うために、できることはお前が生き延びることだ。

生きて、英雄なんてものが存在しなくていいくらいの、安寧を作ることだ。」

ライは傍らの大剣を愛おしそうに撫でている。

俺は燃え盛る炎を見ていた。

静かな、静かな夜だった。


エアーチェにであってから感じていた少しの胸の痛み。

それはエアーチェが生きているからだ。

死への恐怖も、傲慢さも、自らへの認識も。

俺はきっと、無意識にエアーチェとエルを重ねて生きようとしていたんだと思う。


ああ、人間はなんて愛おしいんだろう。


愚かしい。浅ましい。醜い。生きる限り、人は息と嘘を吐く。

順位をつけなければ生きていけないか弱い生き物。


森は知っている。

人間達が伝えなかった歴史を、全て。

大地に染みた血の量を、全て。

繰り返される歴史を、全て。

それが全て、人間が人間であるために、必要であったという事、全て。


きっとこの思いをすべてエアーチェにぶつければ、エアーチェは怒り、軽蔑し、去るだろう。

「ならばこれまで不条理に消えた命は、曲げられた運命は、必然であったのか」と。

「その命を切に願う人々に、今を懸命に前を向いて生きている人々に、同じことが言えるのか」と。

俺達は言わねばならない

森の力を持つ、語り手なのだから。

歴史が語らない英雄の唄を歌えるのは、俺達だけなのだから。

これからの未来を変えられるのなら、必要なことは生きることなのだから。


ようやくエアーチェが口を開く。

「ありがとう。」

三人一様に顔を上げる。炎に照らされたエアーチェの顔は涙に濡れながらもその命の輝きを失っていなかった。

「そうね。私は無知です。そして無力です。

そんな私は学びました。

本当の国家に、英雄は要らないのでしょう。

人殺しが英雄と美化され崇められる国を作るのは、もう終わりにしましょう。

あなた方は全てを知りながら覚悟と共にその業を背負ったことも又知りました。

私も人殺しね、私という存在があったのだから。

私の為に父上は殺された。私の従者も、幾人も暗殺を阻止して散りました。

私はね、その人たちが誇らしいと思っていた。

なんて浅ましいのでしょうね。

私は屍の上に立ちましょう。全てを、受け止めましょう。

私はこの国の旗になる。

自らの意志で屍の上に立ち、決してできるはずがない完全国家を夢見ましょう。

とうていたどり着けぬ、あなた方の罪のほんの一部を私も背負います。

私の為に流された血の為にヒロイックに死ぬのではなく、

私の為に流された血の為にどこまでも人間らしく、醜く、生きましょう。」

唖然としている俺達を横目に、エアーチェは立ち上がった。

「私は、強くならなければなりません。

生きねばなりませんから。

神の意志や、誰の為でもなく、私は生きてこの国を護る。

この国の全てを、私が握るのですから。

幸せを民に届けるために。永遠を、届けるために。

あなた達には、その生き証人になってもらわねばなりませんね。

ああ、また死ねない理由が一つ増えた。」

ガユが跪き、言う。馴染みの、凶暴な笑顔で。

「お姫さんの覚悟、気に入ったぜ。

その言葉、忘れるんじゃねえぞ。俺ら何時までもこの国を見ているからな。

“Blood vessel”が一人、

“Wolves nose”のガユ・イーフだ。

その地面に刺さった大剣の横から延ばされた指輪に口づけて、エアーチェも言う。

「受けて見せましょう。

この穢れた灰色の全てを、エアルリエ・ローチェ姫に。」


“We give one’s blood for one’s country.”」

あなたの灰色に、汚されることはありません。」


“I believe my knight. I expect that you will do your best.”」

かくして枯草色のマントがまた一つ、減った。


その夜。寝ているライとエアーチェの近くの木で、俺とガユは話していた。

「これはエルがみたら驚くツーショットだな。」

「俺は、お前みたいに頭の回転が速いやつにはついていけねえからな。」

「違う。俺は理論で、ガユは感情で動くんだ。正反対で、相性が悪いのかと言われればそうじゃない。表裏一体なんだよ、俺達は。

だからこそお互い戦場で生き延びることができたんだ。」

「よく分かんねえけど言わんとすることはわかるような…。」

「それでいいさ。」

「んで、どうしたよ。」

「いや、ガユは姫を見てなんとも思わなかったのか?と思ってな。」

「ああ、それか。うーん、エルとは似ても似つかねえよ。」

「…そうか?中身は全くの別人だが、外見は生き写しなんてレベルじゃなく、同じだろう。」

「初めて見た時からエアーチェはエアーチェだから、分からん。」

本気で首をかしげるガユに、俺も首を捻る。ガユお得意の野生の勘というやつだろうか。

「そうか…。今日は、嫌な役回りをさせたな。」

「別に嫌じゃねえよ。真実を伝えるものもいなくちゃ、あのお姫様は成長できないだろうさ。」

「ただ生き延びなければという自覚をさせるのが、こんなにも大変とはな。」

「本当に国王は死んだのか?」

「いや、それは分からない。女王の手先の言葉を鵜呑みにするわけにはいかないからな。

兵士のレベルも上がっていたよ。」

「ふうん。それより、王城にはまだ俺達のことは気付かれてねえんだろうな?」

「ああ。昼間の戦闘時も名前は姫の名前しか呼んでない。

ライも俺も深くフードをかぶっていたし、力もほとんど使っていないから、分かるやつはいないだろうな。」

「まあ、俺達のことを覚えているのがいれば、のはなしだしな。」

「それでも用心に越したことはないよ。」

「おう。明日からはファカティーのところに行くのか?」

「ああ。」

「二日くらいかかるか。食料はもってきてあるから、大丈夫だな。久しぶりに、腕をふるうか。」

「ガユ、提案なんだが明日はライに食事当番をしてもらわないか?」

「はあ?なんでだよ?」

「…いや、何となく。」

「けっせっかく俺が腕をふるってやるってのに嫌な奴。」

「悪い悪い。じゃあ明日は頼んだよ。」

「へいへい。じゃあな、おやすみ。」

正直なところ、俺は眠るのが怖かった。

先程の夢が今になってどうしてもちらつく。だから今日も見張りを変わってもらった。

俺達が森の力を授かった直後も、こういうことがあった。

みんなを人の道から外してしまったのは、俺のせいじゃないか。

一人が怖いから、巻き添えにしてしまったのではないか。

俺のせいで、未来永劫、みんな歳をとらず、エルにも会えない。

己の弱さを押し付けてしまった。

その罪悪感を、いつの間に俺は忘れることができるようになったのだろう。

まだ熱がある体は重い。

日中にライが干しておいてくれたおかげで、服もマントも元通りになっている。

罪の浄化と倒れゆく者の再生、か。

ひび割れ朽ちるこの世界の最後の一瞬まで、罪は消えない。

その残酷な運命は、誰によってもたらされたものか。


運命を架すのは、誰だ?


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