第7話 英雄の悪夢~灰色との邂逅の序曲~

「次は、誰を探すの?」

またも山道を歩きながらエアーチェが問う。

俺とライは顔を見合わせた。

「実は、同じ距離に二人いるんです。」

「一人は、街に降りて転々としているっぽいファカティーで、もう一人はライと同じくこれまで一度もその場所を動いていないガユだね。」

「どちらに向かっても良いのですが、追われる身の姫と街に行くには人員が少なすぎる気もします。対してガユは、生きているのか死んでいるのか、正直分かりません。」

俺達は死んでも土に還らない。

魂の行方までは分からないが、ウタと同じ力を、人間の身で受動した俺達は死して尚、人間には戻れない。

だから仮に死んでいても場所はわかる。

「ライはとりあえずファカティーの処へ行くべきだと思う。」

「どうして?」

「ガユがエアーチェに会った時、ライみたいに暴走しないとは限らないから…。」

少し気まずい表情で言うライ。

「それなら、止められる人員は多いほうがいいし、ファカティーはいつも冷静なの。

何より、ファカティーがラーナによせる信頼はきっと一番大きいから。」

「もう気にすることないわ、ライ。」

「信頼云々は置いておいて、ライの言うことは一理ありますね。」

「いつだってファカティーはパルティと同じくらい率先してラーナの指示を理解して支持してたよ。」

「まあ、そうなの。ラーナは謙遜が過ぎるわね。」

少しいたずらに言われた言葉に苦笑する。

「本当にそんなことないんですよ。双子の指示に俺が補足して伝えることが多かったというだけですから。」

「そんなことないよ!あのね、戦争が終わった後お城で流行ってた私達の人気投票ランキングではラーナが一番だったんだから!

お城で仲良くしてた御庭番の女の子にも顔よし性格よしだっていつもラーナの話してって言われてたんだから!」

俺は思わず目を剥いた。そんなことが行われていたのなんて、今の今まで知らなかった。

「あ、言っちゃった…。えへへ…。」

しかも内密な話だったらしい。

額を抑えると、エアーチェも身をのりだしてくる。

「いいじゃない、もう時効よ。それにしても…へえ…ふうん…。」

あからさまに笑みを含んだ言い方に指の隙間からじろりと二人を見ると、

「ほら、進みますよ。とあえずファカティーからです。

言っておきますが、この判断は考えての事ですからね。」

二人して顔を見合わせ、くすくすと笑っているのを見えないことにして歩き出した。

その瞬間、矢が飛んできた。

俺は光を反射する矢先を視、ライは矢が飛ぶ音を聞く。

近くにいたエアーチェを引き寄せて屈む。

ライが無造作に手を伸ばし、恐ろしい動体視力で矢を掴むとそのまま真っ二つに折った。

二人して剣を抜くと頷きあい、エアーチェをあまり広くない山道で真ん中にやり、護った。

「一段上の道に矢を射た人影が視えた。」

「真正面と真後ろから、十人ずつ、向かってくるよ。」

「姫、魔力の回復具合がいかがですか?」

「自分の防御とあなた方に少しづつ加護を分けるくらいには回復してるわ。」

思っていたよりこの姫は戦向きだ。

失礼な話だが、こういう場合自分の防御ができない者が一番の足手まといになる。

「ではそのように。

ライ、分かっているだろうが殺すなよ。後ろは頼む。」

「うん。任せて。」

最低限の会話で意思疎通すると、高揚感が高まってきた。

追手が姿を現した。

全身黒ずくめの格好で、唯一視れる瞳は冷たい。

会話をする気はないらしく、正々堂々姿を現し殺気を隠そうともしていない。

思っていたより人間だな。

俺は動かなかった。ライも息を合わせて俺が動くのを待っている。

フードを深く被り気合一閃、斬りかかってきた者の剣を弾く。

俺の剣は持ち手には軽く、そのぶん受けるものには重たく感じるはずだ。

それにしても、剣筋は悪くない。動きにも無駄はないし、数十年前の兵士より格段にレベルは上がっている。

だが、若い。

また剣を受けたまま、初めて一歩を踏み出す。

押された勢いのまま薙ぐと、2,3人を巻き添えにして吹っ飛んだ。

初速もモーションも、まだまだ削れる。

後ろでは、ライが峰で相手を叩いていた。

エアーチェは上から降ってくる矢を防ぎ、じっとしていた。

そこでいったん攻撃が止んだ。三人ぴったりと背を合わせていると、声が降ってきた。

「我々はそこにいる女に用がある。邪魔立てするな。」

「一人の女性に寄ってたかって殺気をまき散らした大人が迫るなど、世も末だな。」

あからさまにざらつく空気。

「お兄さんたちさあ、この人連れて行ってどうするつもり?」

「貴様に語る言葉は持たぬ。さっさと渡せ!」

「いやだね。」

「ならば教えてやろう。

そやつは前王、ヘラー8世陛下に毒を盛り、長きにわたる苦しみを与えたのだ。

そしてついに陛下は崩御なされた。

我らの王を殺したこの大罪人を、許してはおけぬ。」

エアーチェが息をのみよろめいた。

「お父様が…!?嘘、うそよそんなの!」

「落ち着いてください、姫。」

「そうだよ。この人たちの言うことが本当かなんてわからないよ。」

「黙れ。貴様ら、何者だ。何が故にそやつを庇う。」

「私が何者か知りたくばそちらが先に名乗るのが道理だろう。」

「我々のことを知る必要などない。どちらにせよ、捕獲できないのであれば殺して良いと新女王陛下は仰せだ。そして、事情を知ってしまったお前たちも生かしてはおけぬ。」

「そんな…お義母様…。」

「おいおい、そんな無茶な話があるかよ。」

それ以上会話をする気はないらしく、相手を殺すための戦法に変わった。

途端にエアーチェの動きは悪くなり、防御も不安定になった。

青ざめた顔には明確に恐怖と絶望が浮かんでいる。

この状態のエアーチェを護りながら狭い道の上で戦闘するのは、あまり得策ではない。

ライに目配せすると、ライの剣が仄かにぱちぱちと光った。

次の瞬間、地面に刺した剣から光がほとばしり、ライが一番に、下に、逃げた。

急勾配が続く山道も、虎の足をもってすればなんのそのだ。

俺はライが辿った道をエアーチェを抱きかかえて的確に辿る。

空気抵抗を自らの体を軽くすることで逃がし、それこそ飛ぶようにライについていく。

山道からは、怒声が聞こえていた。

「おい!どこへ消えた!?」

「何の術だ!閃光弾か!?」

「おい、落ち着け!」

「逃がすなよ!」

逃げられる、と確信し、直線に近い険しい道を降りていたその時、何を聞いたかライが一瞬振り返り、

「危ない!!」

と、叫んだ。

俺は道を辿るのに精一杯で、少し体をひねり、何があってもエアーチェに傷をつけない構えをした。

肩に熱い衝撃がはしり、前につんのめる。

一歩、たった一歩踏み違えた足が空を切り、俺とエアーチェは垂直に下降した。

はるか上から、

「いたぞ!落ちていく!」

「どうする?行くか?」

「いい、この高さじゃ助からん!引け!」

と叫ぶ口の動きを読み取った。

俺は矢が貫通した鎖骨の下から血が上へ流れ出るのを感じながら横目でライを見て、叫ぶ。

「姫を頼む!」

俺の服の下でか細く名前を呼ぶ声がした。

「ごめんなさい…ごめんなさい…。」

「姫、大丈夫です。すこし痛いですが、我慢してくださいね。」

山道の下は、針葉樹林になっていた。視きわめながらエアーチェのマントのえりを一瞬で木の枝に入れ、エアーチェをつるす。それを見届けた瞬間、腰から地面に落ちた。

落ちている間に下敷きにしていたマントが入った荷物が衝撃を和らげ、気を失うほどではない痛みが全身を襲った。

10秒ほどたってライが地に降り、エアーチェを回収してから俺に駆け寄った。

「ラーナ!!」

俺は目を開け、ライに笑いかける。

「はは、能力がなければ死んでいたな。」

呂律が回らない口を何とか動かした。

それから目の前に大きく飛び出ている矢を綺麗に二つに折る。

「ライ、頼む。」

「うん。ごめんね。」

ライは勢いよく矢を引き抜いた。鋭い痛みに顔が引きつる。

すぐに赤い血が流れ始め、ライの手を借りて服を裂き、止血してもらった。

「良かった、左胸じゃなくて。」

「良かったじゃないよ!ラーナはこんな傷、めったに負わなかったのに…。」

その言葉に座り込んでいたエアーチェがびくりと震える。

俺は、急激に襲ってきた痛みと闇に抗いながら手を広げた。

「姫、…大したことはありません。

それに、私がすぐに垂直におりる判断をすれば…良かった…だけ…ですか、ら…。」

意識の限界と共に俺はゆっくり倒れこんだ。


遠くで焚火の音がする。

ああ、そうかここはみんあが戦場で使った野営テントの外だ…。

もうすぐ夕飯が出来る頃か。

ガユの作る飯は正直ものすごくまずかったっけ。それでも酒を呷り、話して、何より今日も生き延びてみんなでいられるだけで、食事はおいしく感じるんだった。

今日という日を生きられたことを、明日もまた誰かを傷つけるだろう俺達のために頂いた命を感謝して、噛み締めた。

ほら、俺の名前を呼ぶ声が、聞こえる。

聞こえる?

あれは、エルの声だ。

エルが、俺を呼んでいる。

「ラーナ?どこなの、ラーナ!」

気付けば、見慣れた草地にいた。洞穴になっているアジトの近くにいる。

「エル!」

「エル!!」

何度も何度も叫んだのに、エルの姿は視えない。ただ俺を呼ぶ必死な声が木霊する。

気が狂ってしまいそうなほど叫んだあと、見つけた。

ライとはまた違う、薄いブラウンの長い巻き毛。

息が上がった頬に、純度の高い翡翠の、世界で一番美しい瞳。だが、その瞳は翳り、髪は額に張り付いている。

エルに手を伸ばしたその時、背後からあの大人達の顔がのぞいた。

父親、母親、兄、介入し搾取しようとしてきた笑顔という仮面、露店の店主、俺を踏みつけていった通行人たち、権力まみれた大人、軍の長に政務の長。

そいつらは次々にエルの首に手をかけた。

制止の声は届かない。いや、声が、出ない。


そしてエルは死んでいた。白い足が、覗く。


その美しい瞳はもう二度と光を映さない。

ようやく体が動きかけよると、エルは起き上がった。

でもそれは、悪魔の顔をしていた。

充血した目と吊り上がった口。髪は無残に乱れ、四つん這いで口から血を吐きながら俺に迫った。

「どうして?」

暖かくない、かすれて低い、それでもエルの声が言う。

「どうしていなくなったりしたの…?言い出したのは誰…?」

俺は恐ろしくて、身動きも取れない。

これは、何だ?

「私はそのせいで死んだのよ…誰のせい…?許せない…許せない…!」

森へ行く話をまとめたのは、双子、言い出したのは…俺だった。

「どうして…?」

「どうして人の生を捨てたりしたの…?もう二度と、私の愛する家族に会えなくなったのは…誰のせい…!?」

森の力を授かることをみんなに呼びかけたのは、まぎれもなく俺だ。

「英雄なんて、そんなものにならなくてもいい…人間らしくありなさいと…

人の道を決して踏み外してはいけないと…言ったじゃない…!!

どうして…?どうして言いつけをまもれないの…?


どうして、どうして私の愛を裏切ったの…!?

ねえ、ラーナ!?」


俺だ。俺がエルを裏切ったんだ。俺が…エルを…。


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