第2話 再訪

明け方。生まれ来る朝、死に向かう朝。

人里に降り、街を歩く。昨日までの街とは違う街。大きめのフード付きのマントを深くかぶり顔を隠す。これもまたいつの間にか習慣になっていた。

通りを歩きながら、人々の会話からこの国の状況を聞き取り回った。人は、民は、この国のすべてほどものをいう。

「聞いた?もうすぐカコウ国が攻めてくるって噂。」

「ああ、聞いたよ。ここ最近、北も南も力をつけてきたからな。俺達、どうなっちまうんだ?」

「まあ、お偉いさんがどうにかしてくれるさ。今までもそうだったんだ。ここは世界で一番安全な国だよ。」

「そうよね、私達が心配したってどうにかなるものじゃないわ。」

「そもそも色んな国とも条約は結んでるんだろう?いざとなれば頼ればいいのさ!ははは!」

「そんなことより、税金も増えたし、物価も上がりっぱなし。おまけに物も随分手に入りにくくなったよなあ。そっちのがよっぽど困るよ。」

「ああ、そういやこの前税金についての公開議会を見に行ったんだ。そしたら、ユーピロスのおっさんの不正疑惑の追及ばかりしていてさ、税金の話なんか出ても居なかった。嘆願書は届いたんだろうか。」

「さあ、どうだろうなあ。だが、俺たちに出来ることなんかないんじゃないのか?なんとか家族を食べさせていければ俺は別に誰がお偉いさんでも良いよ。」

「まあ、あんたの稼ぎが少ないのはそんな商魂なしだからじゃないのかい?」

「ははは!言われてるぜ。でもまあ、正直、みんな政治の事なんかさっぱりだしなあ。」

「それもそうね。さあ、休憩は終わりだ。働いた働いた。」


久々に街に降りたが、思っていたよりこの国は深刻な危機に面している様だ。

この国は盆地で、四方を列強諸国に囲まれている。大陸の内面に位置するこの五つの国は盆地であるこの国を除いて、常に恵まれている国土とは言えない土地であった。恵まれた国土を持たず、常に飢える民を抱える国家が手っ取り早く物や、恵まれた土地を手にするには侵略が一番合理的ではある。そのため、この国は古くから東西南北四つの国に侵略を受け、幾度となく滅亡の危機に晒されてきた。

属国になったり、独立したり、連合王国に名を連ねたり、様々な手を尽くして滅亡から逃れてきたが、俺の勘はこう告げていた。あの時と、一緒だと。

俺達が剣を取った、あの日と。

屈せず、臆さず、何度も何度も蘇るこの国を四つの国全てが手を組んで滅ぼそうとしてきた時と。

だが、たった何十年かの平和に完全に民はボケている。

先の大戦を知る者達はほとんどが死に、今はその孫達の治世。

ボケた孫達と、ボケた民の国は、あまりにも脆い。

もしかすると、もうすでに侵略は始まっているのかもしれない。が、孫どもはどうすることもできずに今頃は自分達だけでも助かるために逃げる手段を探している頃か。

民が激しく実感しているいずれも金に関する話も、侵略してくる国々に言われて、差し出したのかもしれない。

この金で手を引いてやる、と。

そんな甘い話があるのならこの世から戦争というものはなくなるだろう。

みすみす敵に塩を送り、今度は自らの金が足りなくなって民から巻き上げる。このままいけば、いつか破綻することを彼らは知らない。

金は、吸い取れば吸い取るだけ出てくるものではない。それすら、きっと彼らは知らない。

民の不満は高まり、街は荒れる。貧しさに死ぬものが出る。

そうして信頼関係が切れた国は、もうただの入れ物にすぎないのだ。

そしてそれを、国とは呼ばない。


内から崩壊したこの箱は、少しも時も必要とせず消滅するだろう。

数十年前、そんな時に、そんな腐った箱をそれでも愛した俺らが立ち上がった。

まだ十といくかの歳で、俺らのこれからの時間と引き換えて

大きな力を授かった。


楽しかった。

嬉しかった。

誇らしかった。

大切なものの為に戦うことがこんなにも、こんなにも血を沸かせることを、あの時知った。


とても懐かしい気持ちがまた、心のドアを叩いた。

街を通り抜け、野宿に備えられる場所を探す。

幸い近くに大きな森があったので、しばらくはここに暮らすことにする。

少し拓けた川沿いに人の気配がした。

そっと近づくと、見た目は俺と同じくらいの少女がたたずんでいた。

夕日に照らされると、思わず言葉を失う妖艶さを持ちながら、はっとするほどの強さも見て取れる。

長い髪を無造作に結い上げ、地味な服を着ている。

そして振り向いた彼女を見て、俺は言葉を失った。

その昔、俺らが忠誠を誓ったのは王だけではない。俺達には、大切な女性が一人いた。

それは、俺達の始まりの、物語。


後に英雄と呼ばれた8人の仲間たちは、家族同然に育った。ともに身寄りの無い者同士が貧困街で出会ったのだ。

最初は、双子と俺だった。そこから人数は増え、最終的に八人になったのだった。

みんなで協力して、何とかその日を生き延び、アジトを作ってみんなで雑魚寝をした。

犯罪にも手を染めた。盗みや強盗、旅人襲い。生きるために、なんだってやった。

「ミッションだ!」なんて言って食べ物や使える物を競争で探して、日が暮れても笑いが絶えなかったっけ。

そんな、正常とは軸が少しずれた俺達の世界に、大人は要らなかった。

何にも縛られず、ただ俺達の世界で俺達だけが生きていた。

でも、痛いくらいに現実が時を刻むのは早くて、

「楽しいね。」

それだけじゃあ、生きていけなくて。

大人を除外して、俺達だけの世界だけで生きていくことを、誰も、世界も、許してくれなかった。歯車が上手く回らなくなって、俺達の仲も亀裂が入って。

家族の絆が、綻んでしまう。

そのことが、怖くて、怖くて。また家族が壊れてしまうのがたまらなく悲しかった。

膝を抱えて泣いていたある日、肩を叩かれた。振り返ると、優しそうな女性が微笑んでいた。

でも俺は信じない。大人はいつだって敵だ。笑顔に騙されてはいけない。

立ち上がって手を払おうとしたとき、いきなり温かいぬくもりに包まれた。

気が付いた時には抱きしめられていた。

その腕を、何故か振りほどくことはできなかった。


そう、これは俺達の運命を変える壮大な序曲に過ぎない。明日も地は周り、神はいたずらに天使を撃ち殺すだろう。それでも歴史は回り続けるほかないのだから…。




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