ー小さな英雄達の話ー

第1話 死した英雄、されど命の灯は消えず

ー英雄は還らない ただ、我らの胸で生き続けるー

そうやって都合よく作られた異常に思えるほど綺麗に磨かれた石碑。

その前に立ち尽くす少年少女が8人。

ある者は泣き、ある者は地面に膝をつく。またある者は憤り土を蹴り上げ、ある者はただ立ち尽くす。背を向け座り込む者もいれば、受け止めきれずに笑う者もいる。

双子の男女が、一番先頭に立っていた。不意に振り返る。朝日を背負い、同時に口を開く。

「「行こう。」」視線が集まる。

「待ち受ける未来がたとえどんなに悲しくても」

「私たちは生きなきゃいけない。」

「生きて、私達が消えたこの世界の行方を見届ける。」

「それが、私達が生きた証。そして、亡くした友の願い。光多く照らすところでは、影が強まるのもまた然り。」

「私達がいたことで誰かが笑顔になるのなら」

「無限の中から一人でも救うことが出来たのだとしたら」

「「私達は、もう充分、英雄じゃないか?」」


一人、また一人と立ち上がる。

「思い出そう、日々を。ともに歌ったあの時を、また選ぼう。」

「誇ろう。ひと時でも私達がこの空の下に集い、生きたことを。」

「「私達が消えることで、この国に平和が訪れるのならそれはなんと安い痛みだろうか。」」

「「「「全ては、愛する人と国の為に。」」」」

「「「「全ては、未来を託す子供たちの為に。」」」」

戦場での合言葉を唱え、小さな英雄たちは一人ずつ、去っていく。

重すぎる歯車を背負った子供達を見送る影はなかった。

どこまでも、どこまでも続く地平線に遠く響く英雄達の唄。ああ、十字に切られた炎が、弔いに手向けられた足音が、紅く大地に広がってゆく。


うっすらと目を開けると、馬と目が合う。覚醒していく頭を振ると、久しい夢が立ち消えていくのが分かった。

「元気かなあ、あいつら。」思わず、声に出てしまう。

歳を取らないこの体で、あの日から数十年が経った。今でも目を閉じれば思い出せる、あの頃。戦場を駆け、戦場で散ることを共に誓った仲間達。

民の為に、国の為に、未来の為に、俺達は大切なものを失った。其れでも、全てを信じて何の躊躇いもなく集った8人の愛しい仲間達。

みんなでいれば、きっと何もかも大丈夫だと、そう思えた日々も今は昔。

皆で酒を酌み交わしたこと。仲間を失って泣いたこと。喧嘩したこと。全て大切な、もう二度と戻ることのない輝き。

あの日、汚い大人達にずっとずっと騙されていたことを知った。

知った時にはもう、俺達が生きる意味も存在価値も、無くなってしまった。

何の力も持たない子供のまま時を止めた俺達に、居場所はなかった。

時は移ろい、時代は変わっていく。その流れから、外れることを選んだのは俺達だ。

あの日俺達を捨てた大人達は幸せそうに子供や孫に囲まれて、死んでいった。

俺達が命を削り、血を流し、涙をのんで手に入った平和によって。


「諦めろ。所詮お前らは作られた英雄(ヒーロー)なんだから。今までご苦労だったな。

可哀想になあ、英雄(ヒーロー)達よ?」

アキラメロ、アキラメロ、アキラメロ、アキラメロアキラメロアキラメロアキラメ

もう何度、その言葉を繰り返しただろう?

その度に何度、心を折られたろう?


一日の仕事に取り掛かり、ふと思う。

俺達不老の存在は自らの死を嫌った。が、他から与えられた死は受け入れることが出来る。

他から与えられることが何度あるか、この平和な時代では分からないけれど。

「うらやましいな、お前は。」馬はぶひんと答えた。

腰に吊った大剣、Blood of Glory。

俺の仲間八人から構成されるBlood vesselのメンバーが一振りずつ持っている大剣だ。

山ごと切り裂く剣で一日の稼ぎのりんごを一つ剥く。

昔、誇りだったこの剣で主に誓った言葉がある。

つくづく、人間は仕方のない生き物だ。一日の仕事を終え、馬を引く。

知らぬ間に、自分は人間ではないと思うことにも慣れてしまった。ただ惰性に、毎日を無為に生きるのみ。

そろそろこの街も出なければならない。歳をとらない人間は不自然だ。人目を引くことは避けなければいけなかった。

あの日、双子のサシャとカシャは言った。

「行こう。」と。俺達のリーダーだった二人が、戦場に赴くときに必ず口にしていた言葉。

つまり、この日々も俺達の戦いであるということだ。

いつまで続くかも分からぬ果てしなき流浪の旅路。ある意味、最も過酷な戦いの中に俺は身を置いていた。


ここまで気持ちを引きずっておきながら、どこかで頷く自分もいる。

俺達が表舞台から消えるということは、平和だということだから。

俺が愛した人と国と、未来があるということ。

幕引きがいささか乱暴だったとしても。

もう何度も繰り返した思考。俺は知っている。

大人が言う平和には常に血塗られた歴史があり、命や存在の犠牲が伴うこと。

皮肉にも俺は戦に勝ち、歴史に負け、犠牲になった者の側になったのだが。

犠牲になった者を大人達はこういうのだ。

「英雄が、全てを救ってくれました。残念ながら英雄達は卑しい敵の手に落ち、無念にも命を落としました。皆さんも、彼らのような立派な大人になりましょう。」

自分たちが手を染めた血のことも、英雄のほかに一所懸命に国を護り、命を散らした人がいたことも、都合が悪くなって自らが英雄を殺したことも、全てなかった事になる。

英雄になれと、言う。顔も知らぬ英雄に。名も知らぬ、英雄に。

そのくせ英雄になれば使い捨て、なれなければ戦士Aというカテゴライズをする。

それを見ていた子が同じ人を見下し、いつしか俺達を捨てた大人達になっていく。

それが変えられるものではないことも、とっくに気付いていた。

人は人を変えられない。所詮、神はハリボテである。

これでいいのだ。

これが人間なのだ。歴史を変える力を持たない俺は、今日も世界の行方を見守るだけ。命だけが、煌々と煌めいていた。

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