SS1 アモルの晩酌
冥府の中心地であり、死神のほとんどが暮らす黒の都市『ニゲルウルブス』。大きすぎるほどの、この街には逃げ場も存在する。
誰が言い出したのか、そこは『嘆きのオーブ』と呼ばれ、夜な夜なあらゆる冥府の悪と快楽と酒と喧嘩がはびこる歓楽街。
無法地帯というのは、なんの保護もない代わりに、途方も無い自由が存在する。雲を掴むような果てしない自由というものは、時に震えがくるほどの恐怖を伴うものだ。
種族も性別も全てを超えて、それぞれが作り上げた小さな世界の集合体がそこにあり、誰もが足を伸ばしたくなる魅力があった。
今宵も、自由から程遠く、家名を背負った男が一人、石畳に靴音を響かせている。
けばけばしいネオンの中で、街角に立つ天使の娼婦、主人を失った使徒の酔っ払い、汚れきった装束を纏った死神風情やら、様々なドラマが通りに散らばって面白い。
男は眉根を寄せたまま、艶っぽい喧騒を通り過ぎ、看板も出ていない小さなバーのドアを開いた。
「いらっしゃいませ。あら今晩は、アモル様」
数人しか座れない小さなカウンターの中から、妖艶な美女が三日月のように目を細めて微笑んでいる。
オールバックのアモルは挨拶がわりに、右手をひょいと上げた。
カウンター席の一番奥には、場末の酒場には不似合いな牧師が一人、ほくそ笑んでいた。金髪碧眼に精悍な顔立ちもまた、聖職者には不要な色気が漂い、怪しさに拍車をかけている。
「おや? お久しぶりですね」
声を掛けられたアモルは牧師に会釈すると、入り口からすぐの席に腰を下ろした。向かいには、淡いラベンダー色の長くうねった髪から、いい香りがする、このバーの女主人が立っている。
アモルはテーブルの上に手を乗せ、祈るように手を組んだ。
「いつもの」
女主人は薄いブラウンの瞳に色香を漂わせ、アモルを狙い撃つように見つめる。
「バーボンのトワイスアップ、ですね」
香りを逃さず、常温の水と1:1で割って飲む、ちょっと通な飲み方だ。
「ああ、頼む」
アモルは鬱陶しい視線を感じ、怪訝な顔を向けた。
目が合った牧師は、すぐに声を弾ませた。
「あちらの話、聞かせてくださいよ。リアンノンはどうしてました?」
牧師の問いかけに合わせるように、バーボンのグラスが静かに置かれた。アモルは差し出されたグラスを持ち上げ、喉を鳴らして、一気に半分まで飲み干した。
グラスを置き、アモルが溜息を一つ。
少し苦しそうな顔でうつむくと、
「全然……言うこと聞いてくれなくて……」
涙声だった。
そこから、アモルは、まだ幼かったジーンがいかに可愛かったか、を延々と語るという暴挙に出た。
牧師は苦笑しながら、話しかけなければ良かった、と心底後悔したという。
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