第15話 雷鳴と共に その3
スペースの要求は、ジーンの即時の帰還である。身も蓋もないストレートな発言は、彼らしいと言えば彼らしい。
織り込み済みだったのか、末っ子の返答はあっさりとしたものだった。
「話が早くて助かります」
「もっとさあ、口を尖らせて言ってくれないと。それじゃあ、全然可愛くないじゃん」
反応の鈍い末っ子に、スペースはこめかみをポリポリかくと、わざとらしい溜息を吐き出した。
「お前も無傷ってわけにはいかんだろうけど、今なら」
スペースの言葉を遮るように、ジーンは仏頂面のまま首を横に振った。
「僕は帰らないし、彼女も連れていかせない」
抑揚は乏しいが迷いのない言い様に、ジーンの覚悟と強い決意を感じる。スペースはアモルを横目でチラッと見ると、肩をすくめてみせた。
「なんでそんな青いこと言うかな。開き直りはいかんぞ。んで? 残りはどのくらい? あと一ヶ月ちょい?」
スペースが聞いているのは、百合子とジーンがこの世で暮らせる期間、つまりは寿命について。
死神も永遠ではない。
余程のことがなければ、千年は生きるらしい。他の神々と比べれば短命にも思えるが、代わりに生死に関わる力『フランマ』を死神は有していた。
『フランマ』とは、命を燃やすメタファーとして『炎』を意味することから、そう呼ばれている。これを他者に授ける、という慈悲を行使する権利を彼らは持っていた。
行使すれば自らの寿命を減らすことになるのだから、そうそう滅多なことで使われることはない。
加えて、この権利を行使する際に、必ず必要となるのが、両者の間で力を行き交わすためのパイプ。その役割を果たすのが媚薬だ。
百合子は一滴も残さず飲み干し、ジーンとの間に太いパイプを繋げた。今、彼女はジーンの生命力を消費しながら生きているわけだ。
兄二人と少々事情が違うため、もともとジーンの寿命は平均の半分、数百年と言われていた。本来であれば、あと三百年近い寿命が残っているはずだが、百合子と共有し始めたことで、残りはそう多くない。
しかも、現世に姿を保つために、一日で死神の命の一年分を消費しているときた。夏を迎える前に、二人はこの世から去る計算になる。
百合子をあの世に送ればパイプは消滅。
よって、多少はジーンの寿命も伸びるだろう。
「そうですね。残り時間はそのくらいか、と」
スペースは半目を更に細めてジーンを見つめたまま、背後のアモルに尋ねる。
「どうよ、この末っ子の反抗期」
アモルから反応はない。
「全部、俺任せかよ……」
スペースは舌打ちした後、胸の前で腕を組むと黙り込んだ。
少しの沈黙の後、スペースは顔を上げた。すっとぼけた顔のジーンを見据えながら、ソファから立ち上がる。
「とりあえず、お前は強制送還な」
そう言って見下ろしてくるスペースを、ジーンは鼻で笑った。受けて立つと言わんばかりに、ジーンも立ち上がる。
両者の睨み合いに、窓際から大きな溜息が聞こえた。雲間からドドーンと音を響かせる落雷をバックに、長男のアモルが疲れ切った表情で二人を見て言った。
「帰るぞ」
その言葉に信じられない、と言いたげなスペース。
アモルの顔には、興ざめした、と書いてある。
説得を試みたスペースはアモルを指差しながら、忌々しそうに言った。
「ちょっとちょっと、末っ子に甘すぎんじゃないの?」
「だから、指を指すな」
ジーンは恭しく頭を下げながらも、無言で「帰れ」と言った。
「しょうがねえ。リア、またなあ。今度来た時は、彼女を紹介してよー」
絶対に嫌だ、と心の中で吐き捨て、冥府へ帰る兄たちをジーンは、にこやかに見送った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます