第2話 地の底で出会った小さな生き物

 ここはドラゴンの巣穴の底の底。

 入り込むことも難しいが、出る事もまた不可能と言われてきた。

 それもそのはず、ここでは地下に沈むほど巨大で、強力な魔物に出くわすと言われており、実際この巣穴を目指した何人もの冒険者たちは、その強力な魔物を前にして敗れてきた。


 この巣穴の底はその上に住むあらゆる人種の人々にとって、到達したことのない、未踏の領域だったのだ。


 そんな場所に、少年は暗い巣穴の中で唯一か細い光が差し込む石の上に体を横たわらせていた。薄い光に照らされた砂が美しく輝いている。そしてその横には、この巣穴の底では珍しい小さな生物が、呆気にとられた顔で立ち尽くしていた。

 それは、少年の手のひらに乗れるくらいには小さかった。


「な……何が落ちてきたのかと思えば、人間の子供……いや、ウィンクルか?」


 小さな生き物は、怯えながらリックにゆっくりと近づいていく。すると、何かに反応を見せるようにリックの内部から声が聞こえた。


自己治癒オートケアにより、10%のダメージが回復しました。再起動しますか?』


 ピッ


「うっわ……!? なんじゃい、いきなり驚かすでないわ! って……まさか、この高さから落ちて生きておるのか」


『破損箇所が多すぎます。再起動できませんでした。』


「破損……なんじゃ、怪我してるって言いたいのか? まぁ、腕ほとんどもげてるしのぅ……お前なんで生きてるんじゃ……」


 小さな生き物が頭をポリポリと掻いていると、少年の内側が再び話した。


『破損箇所が多すぎます。再起動できませんでした。』


「うー……わかった、わかった! 今治しちゃる! ちょっと待っとれ!」


 ぶつぶつと呪文を呟く小さな生き物の手から、ふわり、と優しい光が広がっていく。そして少年の怪我をしている部分に、まるで吸い込まれるように消えていった。


『外部から回復魔法(白)がかけられました。70%まで回復できます。

 種族ソースが存在しないため、外部魔法による皮膚再生は出来ません。スキンデータを再構築します。初期設定である、人間 子供が選択できます。選択しますか?』


 ピッ


「な、なんと!?」


 小さな生き物が見守る中、少年の体が一瞬光ると、体の表面がどろりと溶けた。

 長い耳は小さく、堅そうだった皮膚も柔らかな人間の子供相応のものに変わっていく。それから小さな生き物がどうしたものかと呆然としていると、そのうち少年の目がゆっくりと開いた。そして、体すら起こすことが出来た。


「お、おぅぉ、生きたか。そうか、生きておるのか!」

 小さな生き物は、小躍りして喜んだ。


『初期設定が必要です。名前を教えてください』


「名前? おぉ、妾の名前じゃな。 妾、名をシュティーナ = アルビドションと申すのじゃ。お前はなんというのじゃ?」


『わらわなおシュティーナ = アルビドション 登録しました。以後、ワシュアルとお呼びください、ご主人様』


「なんと? 待て待て、違うぞ。シュティーナ = アルビドションは妾の名前じゃ。妾入っとるしご主人でもないわ。変な奴じゃのう。妾じゃと、言うておるに」


 シュティーナと名乗る小さな生き物が訝し気に首を傾げていると、少年が再び言った。


『語尾に記録がありません。語尾登録が必要です。これより記録モードに入ります』


「な? なんと申した?」

『な? なんと申した?……な?なんと聞いたのでしょう?、でよろしいですか?』


「……お主、今聞いたのは妾じゃぞ、少し控えろ」

『……お主、今聞いたのは妾じゃぞ、少し控えろ……貴方様、今お聞きしたのはご自分でございます。少し控えましょう、でよろしいですか?』


「……い、い、いい加減にせぬか! この分からずやめ!」

『……い、い、いい加減にせぬか! この分からずやめ!……ほどほどに致しましょう、この物わかりの悪いおバカさんめ!、でよろしいですか?』


「ほうか……ほうか……よく、よくわかった……そこまでじゃ。もう妾知らんからな……」

『そうか……そうか……よく、よくわかった……そこまでに……高ランク範囲炎魔法が検出されました。緊急回避が必要です。』


 小さな生き物を中心にして、紅蓮の炎が舞い上がった。しかし緊急回避が必要と言いながらも、少年は動こうとしない。まだ身動きが取れないのだ。まるでマグマのように強力な熱が、幼げな少年に向かって燃え広がっていった。

 ゴオオオオオオオオオオ!!!


『カイ……ヒ、不可……90%……焼シツしま……した……』


 少年の体は、前半分以上が黒焦げになった状態で、再び地に沈んだ。


『シス…ム ダウ……』


 炎を出し尽くしても尚少年を睨みつけていたシュティーナだったが、狙った先が崩れ落ちるのを見ると途端に大慌てになった。


「あ、あわわわわわ、しっ、しまった! すまぬ、子供! あぁ、妾なんということを……! 妾少々短気な所があって……、いや、それどころではない! と、とにかく回復じゃ、回復! ほれ、ほれっほれええええ!」


 それからしばらくすると再び、少年の内部から音が響いた。今度は先ほどよりもずっと長くかかったように、シュティーナは思った。


『……外部か……ら複ごウ回復ま……(白)がカケ……ました。50……まで回復できます。オー……-ブし……。

 ……スキン……を再構ちクします。初期設定デある、人間 子……が選択できます。選択……?』


 ビッ


「冷や汗掻いたわ…」


 小さな生き物シュティーナは、ため息を一つついて、その場にへたり込んだ。

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