ドラゴン掘りの採掘師
穂高美青
第1話 彼の世界が閉じてゆく
後ろでカンテラをかざす男の手が、恐怖の為か微妙に震えていた。
小さく弱々しい光が男の荒い息遣いと共に小刻みに揺れる。男が一度汗を拭うと、それに合わせて周囲が照らされた。
男の頭上すれすれ、左右にも勿論、辺り一面が土と石、それから時々光に反射する何かの鉱石で出来ていた。しかし、男のその前を行く背の低いドワーフ……いや、まるでウィンクルのような、手足ばかりが大きな体をした少年はそんなものには見向きもせずに、ただ一点を必死に掘っている。
少年のとんがった耳は、何かに反応するように時折ピクリと後ろを向いた。彼の耳はまるでセンサーのように反響する音を拾っては良く動いた。きっと、この少年のすぐ傍にある鉱石が非常に貴重な物だということも、見なくてもわかっているのだろう。男にとってもその鉱石が彼等にとって貴重なものだということはよくわかっていた。もしかしたらガテラ石かもしれなかった。
それでも、少年は手を休めようとはしなかったし、男もまた彼の手を止めさせようとはしなかった。ここまでくるのにすでにかなりの時間を費やしていたから。
長時間狭い空間に居るためか、時折ぼんやりとする頭を無理やり振ると、男は前を掘り進める少年に声をかけた。
「まだか」
必要な事は出来る限り短く、少なく。それが彼等のルールだ。
しかし、返事はない。少年は男以上に荒い息を吐き、頬を流れる汗を拭うと、その代わりツルハシの音をリズミカルに響かせた。返事がない、それもまた少年なりの返事だった。そして、男はそれを理解できるほどには少年の事を理解していた。
カツーン カツーン カツーン
二人がまた土の壁に向き合っていると、後ろから影が一つ増えた。
「リック、もうギリギリよ」
驚いたことに、この酸素の薄い採掘場に人間の女性が同行していた。彼女は明らかに採掘現場には不向きな細い腕に、時計のような文字盤を付けていた。それをちらと見ると焦ったような表情で少年に呼びかける。しかしやはり少年からは返事はなかった。
蒸すのだろう、女性は結わえてある長い髪を一度振ると、諦めたようにそれきり話さなくなった。何かを探ろうとするかのように、土壁に手をあて、耳を当てる。
だが次の瞬間、リックと呼ばれた少年が振り上げた大きな一振りが、土の奥から光をのぞかせた。それには後ろの二人も狭い洞穴の中で大喜びで飛び上がった。
少年が小さな穴をあけた先には、縦に大きく拓けた空洞が存在していた。さらに穴を広げようとツルハシを振りかざすと、空洞から少年達のいる場所へと冷たい風が一気に流れてきた。そして今まさに掘り進めようとしていた土がガラガラと音を立てて崩れ落ちていき、空洞へ向かってぽっかりと大口を開けた。
一歩、慎重に淵に足をかけ、縦に伸びた空洞の下を覗き込んだ。下はどこまで続いているのかもわからないほど深い闇。
上を見上げると、リック達の居場所から随分遠いところに青い空が点のようになっているのが見えた。
「ここが、
少年がそう呟いたその時だった。
地の底から、大きな咆哮が唸りを挙げて襲い掛かってきた。
『グオアアアアアアアアアアアア!!』
「なっ!?」
「まさか、ドラゴン!?」
その重低音に、地面がグラグラと揺れ、リック達の足元に大きな亀裂が走った。少年達は耳を塞ぎ後ろにのけぞるように下がったが、それだけでは足らなかった。地鳴りを立てながら足場が崩れていくと、あっという間に少年の体が滑り落ちた。
「まずいっ……! リック!」
男が叫び、手を伸ばしたが届かない。少年は、土に引きずり込まれるように下に落ち、そして背中に背負っていたリュックが吐出した岩にやっとのことで引っかかった。男と女は慌てて自分達の荷物から紐を出し、リックに向かって放った。
しかし、その時男達の背後の土に微妙な揺らぎが生じたのをリックは見てしまった。タイムリミットが来たのだ。眠っていると思っていた
「来ちゃ駄目だ!」
リックは目を瞑り生き残る可能性を探すが、選べる道は限りなく少なかった。時間が無い。それが全てだ。男もすぐにその事に気が付いたようだったが、彼が一瞬の逡巡の後、紐を垂らすことに集中したのを見て、少年は呆れてしまった。そうだ、この男はこういうアホウなのだった、と。
「リック……! 掴まってぇ……!」
女は今にも泣きそうな声で少年に呼びかけた。
「ダメだよ姉さん。もう時間がない。今すぐそこから離れるんだ。今ならまだ間に合う」
「何をっ……! あんたを置いてくなんて、そんなこと、出来る訳ないじゃないっ!」
「そうだぞリック、諦めるな! 頼むから、掴んでくれ!」
「ルイ義兄さん、姉さんを頼むよ。母さんのことも……お願いだ」
少年はそう言ってから二人に向かってにっこり笑うと、腰から下げていた短いナイフを取り出して、岩に引っかかっていた自分のリュックの紐をあっさりと引きちぎった。
体ががくっと空中に放り出される。
すると、すぐ真下にあった出っ張った岩に頭をぶつけ鮮血が飛び散った。視界が揺らぎ、これが最後になるだろうと思った姉の泣き顔すら見えなくなる。
「りっくぅううううううう! いやあああああああっっ!!!!!!!」
姉の悲痛な悲鳴が、縦に大きく伸びた空洞に響き渡る。そして再び、リックの腕や足、そして腹部にも一度ずつ強い衝撃が走り、体が空中で何度も反転した。反転しながら深く、深く、少年の体は地の底に落ちていった。
落ちる
おちる
お ち る
いったいどこまで落ちるのか。びゅうびゅう唸る風を長い耳に当てながら、そうしてリックの世界もまた暗闇の中に落ちていった。
……
…………
………………
ピッ……
『地表面着地、20秒前』
『空間に風魔法の波動を確認』
『再測定中……着地、40秒前』
『着地確認、安全を確認……確認完了……生命反応1』
『機体の損傷を確認中……
視界不良につき、全画面ダウン
右手、左足、機能停止
腹部、頭部に重度の損傷を確認
損傷率60%です。
動作環境データ、及び重要データフォルダに大規模な損傷を確認。フリーソースのため、バックアップが取られていません。直ちにバックアップに入ります。
主動作機能……バックアップします……成功しました。
保護フォルダへ移行します。
動作補助機能……バックアップします……成功しました。
保護フォルダへ移行します。
動作使用履歴……バックアップします……失敗しました。
データが破損しました。修復に失敗しました。初期化します。
特殊機能データ……バックアップします……失敗しました。
データが破損しました。修復に失敗しました。初期化します。
特殊機能使用履歴……バックアップします……成功しました。
保護フォルダへ移行します。
武具レシピデータ……バックアップします……失敗しました。
データが破損しました。修復に失敗しました。初期化します。
鉱石データ……バックアップします……失敗しました。
データが破損しました。修復に失敗しました。初期化します。
武具レシピデータ、鉱石データのデータ喪失により、職業【採掘師】を失いました。職業ランクが初期化されました。
地図データ……バックアップします……失敗しました。
データが破損しました。修復に失敗しました。初期化します。
武具道具類単語データ……バックアップします……失敗しました。
データが破損しました。修復に失敗しました。初期化します。
生活単語データ……バックアップします……失敗しました。
データが破損しました。修復に失敗しました。初期化します。
他単語データ……バックアップします……失敗しました。
データが破損しました。修復に失敗しました。初期化します。
図鑑データ……バックアップします……失敗しました。
データが破損しました。修復に失敗しました。初期化します。
詳細データベース……バックアップします……失敗しました。
データが破損しました。修復に失敗しました。初期化します。
武器使用履歴……バックアップします……失敗しました。
データが破損しました。修復に失敗しました。初期化します。
道具使用履歴……バックアップします……失敗しました。
データが破損しました。修復に失敗しました。初期化します。
重要人物フォルダへ移行します
リック・ヴァルタン(自分)データ……バックアップします……失敗しました。データが破損しました。修復に失敗しました。データは消去されました。
ダヴィド・ヴァルタン(父)データ……バックアップします……失敗しました。データが破損しました。修復に失敗しました。データは消去されました。
ジョゼフィーヌ・ヴァルタン(母)データ……バックアップします……失敗しました。データが破損しました。修復に失敗しました。データは消去されました。
シャロン・アルディ(姉)データ……バックアップします……成功しました。
ただし、他データの破損により閲覧に制限が掛かりました。
ルイ・アルディ(義兄)データ……バックアップします……失敗しました。
データが破損しました。修復に失敗しました。データは消去されました。
会話履歴……バックアップします……失敗しました。
データが破損しました。修復に失敗しました。データは消去されました。
重要会話履歴……バックアップします……30%成功しました。
保護フォルダへ移行します。
動作環境データ、全体の60%バックアップ成功しました。
外部保護機器へ移行します。
重要人物データ、他、全体の2%バックアップ成功しました。
なお一部閲覧制限が掛かっているため、データ移行はキャンセルされました。
内部フォルダに保存されました。
外部移植された人格ソース、骨格ソース、人種ソースの破損を確認。
これより
『再起動しますか?』
▶はい いいえ
『システム ダウン』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。