ーエピローグー

 聖霊騎士 パラディン

 恐るべき脅威の序章を目の当たりにするも——断罪天使ヴァンゼッヒの怒涛の活躍で事なきを得た執行部隊と守護宗家。

 事件から数日経った頃、気を張った英国令嬢アセリアの心が落ち着く頃合いを見計らい——保留としていた断罪天使への活動支援継続の回答提示のため、再び令嬢をクサナギ宗家の誇る大豪邸へと招いていた。


 しかしとうのご令嬢——最初の様なピリピリとし、追い詰められた表情など欠片も見当たらない清々しき面持ちで……再び宗家が誇る〈勝利を呼ぶ者ビクトリアス・コーラー〉との会談へ望む。

 そこへ宿っていたのは誇りを宿した騎士そのものであった。


「再びのお招きありがとうございます……炎羅えんら様。本日は先刻の件への回答を準備して参りました。」


「ああ、よくいらしてくれた……アセリアさん。……ふむ、どうやらようだね。」


 クサナギの大豪邸——以前この勝利を呼ぶ当主ににて敗北を喫したご令嬢……その時と同じ部屋にて相対する。

 が、今回ご令嬢はその外交の天才とやり合うつもりなど毛頭なかった。

 そう——最初から準備された回答を示すだけであったから。


 そして隣り合うは、謹慎処分から一転……臨時に復帰を命じられた断罪天使——こちらの表情も、明らかに最初と異なる面持ちだ。

 凛々しき令嬢の横顔を、まるで姉妹を慈しむ様な視線で見つめていた。

 その視線に当のご令嬢も最初から気付いており――ちらりと振った瞳へ同じく愛しさを覚える友人を映し、再び会談を行うべき外交の天才へと向き直る。


「まずは先日の折――私の独断にてせっかくの会談の場へ、無用な混乱を来たしてしまった事……深くお詫び申し上げます。」


「済んだ事だ……多分にとがめる様な事でもないよ。それに無用だなんてとんでもない――あれは君とアーエルさんには、良い経験となったはずだ。、この世にはあり得ないのだからね。」


 ご令嬢の切り出しは、先の会談にて己が独断先行で予定外の混乱を招いた事への謝罪――しかし、切羽詰り強き責任感が空回りしていた彼女はもう居ない。

 自らの非を認め、しかとそのこうべを垂れて謝罪の意を示す――それは寧ろ当たり前の行為であろう。

 だが――いったいこの時代の名だたる社会人の中で、それを愚直に……誠実な意思を宿して行える者が、いったいどれ程いるだろう。

 それ程までに見事な責任ある幼き少女の振る舞いに、さしもの外交の天才炎羅も舌を巻く。


 見違えたとは正にこの事であろうと、そこへ得意とする若者へのを添えた。


「その広き器による寛大なお言葉、誠にありがたく存じます。――では、このまま先の会談で保留とさせて頂きました件……その回答を提示させて頂きます。」


 途切れぬ凛々しき言葉の羅列――それこそ先の会談が嘘の様に、ご令嬢の意思が紡がれる。

 断罪天使の少女も何も差し挟む余地も無しと、ただご令嬢の凛々しき務めを見守った。


「本日準備した回答は、紛う事なき騎士会の総意であり——卑しくもありますが、私個人の多分な我儘わがままも含んでおります。」


 騎士の令嬢——先の会談では、天才からのぐうの音も出ぬ指摘で狼狽しきっていのは記憶に新しい。

 しかし、なんとこのご令嬢……外交の天才を相手にして——天才の想定を超える案を引っ提げ、それを回答としたのだ。


「本日を以って、我がランスロット家を含めた【円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ】機関は——断罪天使ヴァンゼッヒ・シュビラ様へ……を宣言致します。」


 外交の天才が目を剥いた。

 本来なら今回は断罪天使の資金援助を取り付けると言う、先の会談においてを聞けば万事解決の成り行き——外交の天才をして、そう滞り無く事を進める考えであった。

 だが英国を代表するご令嬢は、この会談で宣言した——断罪天使への……そこに含まれる意味を理解出来ぬ天才では無い。

 それは正しく断罪天使の後ろ盾として、が付いたのと同義である。


 目を剥く天才へ、ご令嬢は借りは返したと言わんばかりの——そこへ生まれたのは、外交の天才を継ぐ可能性を秘めた新世代の産声であった。


「——なるほど……。それが騎士会の総意であれば、こちらとしても口を挟む事ではありませんね。しかし——」


 口にしたのは守護宗家代表としての言葉——そして後に続くは〈勝利を呼ぶ者ビクトリアス・コーラー〉と言う、外交の天才個人としての意見……それを期待の新世代へと贈る。

 そこへ惜しまぬ賛美と期待を込めて——


「強くなったね……アセリアさん。まるでここに、かつてのアーサー家が誇った旧当主がいるかと見紛うたよ……。」


 アーサー家旧当主にして、【円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ】機関総括を担った者——今は亡きレクトラス・アーサー・ヴェルン・シェイド卿……日本は【三神守護宗家】クサナギの先代、クサナギ叢剣そうけんと永き交流と協力を紡いだ偉大なる騎士王。

 外交の天才はクサナギの先代により、何も無いから抜擢された異端の当主——その彼を、義理父である叢剣そうけん同様に天才の才能を高く評価したのは他でも無いアーサー家旧当主。


 外交の天才——クサナギ 炎羅えんらは、その在りし日の……を幼き少女に重ねていた。


 その言葉を受け——瞳を交わす二人の少女。

 互いに前進した自分達の姿へ健闘を讃え微笑み合う。


 と、そこへ宗家の雑務を行う侍女より障子の外から声が掛かる。


炎羅えんら様、ヴァチカンの騎士様がお出でになりました。お通ししますか?」


「はっ?ヴァチカンの??」


 掛かる声に含まれる騎士の名に、予定すら聞き及んでいなかった断罪天使の脳裏に疑問符が踊る。

 しかしそれを確認した外交の天才——僅かにまぶたを閉じ、侍女へ返答を返す。


「いや……けいは庭園にてお迎えする。そちらへお通ししてくれ。」


「はい、かしこまりました。」


 疑問符は英国令嬢にも伝わり、今度は揃って疑問の表情を交わす二人——そこへ外交の天才が、険しくは無い……しかし重きを乗せた言葉で幼き少女達へ同行を促した。


「ではアーエルさん……そしてアセリアさん。中央の大庭園へ向かうよ?付いて来なさい。」


 事の真相は明かさぬままに、外交の天才は二人の少女を連れ立ち庭園へ足を向ける。

 当の幼き二人の新世代は、脳裏の疑問符もそのままに——天才の言葉に従い、示された場所へと歩き出した。


 クサナギが誇る大豪邸の中央へ、日本を代表する庭園にも選ばれる荘厳なる別世界が姿を表す。

 そこへ神々が宿っているのではと錯覚するほどの、澄み渡る異世界――都会の喧騒から隔絶された……人によって生み出されし結界。

 すでに通されたヴァチカンよりの使者である聖騎士——そして付き従う二人の若き騎士も同じく神々の聖域へ足を踏み入れていた。


「お待たせしました、エルハンド卿。息災で何よりです。」


「ふむ、こちらこそだ……炎羅えんら卿。早速で申し訳無いが、彼女ヴァンゼッヒをここへ……。」


「へっ!?アタシ!?」


 枯山水の中央へ伸びるコケと石畳の先――和が香る和傘と腰掛を囲む様に、ヴァチカンの騎士が居並び……そこで外交の天才と二人の少女が対面する。

 彼らが顔を合わせるのは久方ぶりなのであろう——しかし手短な挨拶もそこそこに、ヴァチカンの誇る騎士は本題を切り出した。

 本題——そこへ断罪天使が絡むのは名を出した時点で明白……しかし当人は見当も付かない様子で騎士の前へと歩み出た。


 だが——重き言葉と只ならぬ雰囲気で天使の少女も朧げながらに、事のあらましへ辿り着く。

 これから聖騎士が語る言葉に、耳を背けてはならないと——


「ヴァチカン本国よりの正式な命が下った……。ヴァンゼッヒ……君の処遇についてだ。」


 発された言葉——断罪天使どころか英国令嬢までも背筋が凍り付く。

 二人は淡き一時の幸福の中忘却されていた、避けて通れぬ事態——天使の少女が一度、護衛任務を失敗し……あまつさえ要人である令嬢を命の危機に晒した失態。

 加えて謹慎処分を受けた身でありながら——それを破って危地へ赴いた命令違反。


 本来世界の裏での行動を担う主の力の代行者——文句の付けようの無い現実。


 その本懐へ天使の少女同様に辿り着いた少女が、自分が庇われたあの会談時の様に——今度はその身をていして断罪天使の前に躍り出た。

 ————


「ヴァチカンの騎士様、失礼ながら申し上げます!彼女は確かに与えられた任務に失態を見せたかも知れません!——ですが……私はそのお陰で騎士としての誇りのあり方を知り得ました!ですから何卒——」


 ご令嬢にとって、世界の裏で暗躍する部隊の摂理など知る所では無い——だからこそ己が意思に従い、迷いなくその身をていした。

 が、その肩へ手を乗せ優しく制した外交の天才——首を横へ振り、歯噛みする令嬢を下がらせる。


 その勇しき令嬢を一瞥したヴァチカンの聖騎士——傍目には分からぬ程であるが、同部隊の愛しき肉親に送る様な眼差しを送り……再びその肉親へと向き直る。


「よく聞き給えヴァンゼッヒ。……我が【神の御剣ジューダス・ブレイド】機関は本日を以って、君を——」


「断罪の魔法少女ヴァンゼッヒ・シュビラを……事とする。」


 思考が暗転する天使の少女——幸福が瞬く間に絶望へ突き落とされたかの様に、その表情が一瞬で生気を失いかける。

 彼女にとって主の力の代行者ジューダス・ブレイド部隊は、自分が生の全てを賭けた我が家であり——部隊の者は皆、掛け替えのない家族同然。

 停止する思考——言葉の全てが忘却の彼方へ吹き飛ばされる。


 ——だが——

 少女が本当に驚愕するのは、聖騎士が——

 同じく暗転した英国令嬢の意識さえも、驚愕の彼方へ吹き飛ばす宣言。

 それがヴァチカンの使者である騎士より放たれた。


「尚——これよりヴァンゼッヒには、命が下った。そして……同時にヴァチカンから君にが贈られる事となる。」


「……しょう……ごう??」


 絶望で生気が吹き飛ばされる寸前の天使の少女が、予想だにしない言葉でいよいよ思考が停止のまま固着した。

 そして——少女へ向けて騎士は宣言する——


「……君はこれよりヴァチカンの騎士における最高位——【聖霊騎士パラディン】を名乗り給え。」


 少女の目が見開かれた——宣言された

 それは即ちヴァチカン最強と謳われた、聖騎士エルハンドと同格である。

 部隊を有し——事に当たる上で、現場における全てを己が判断で決さねばならぬ立場。


 驚愕で思考が付いて来ない天使の少女へ——最強の騎士は、今までに無い暖かな微笑みを浮かべ……少女の髪へ逞しき手を置き、手向けの言葉を贈った。


「ヴァンゼッヒ……いや、アムリエル・ヴィシュケ。光満つる世界へ向けて……巣立つ時だ……。」


 天使の少女は任務失敗の責を問われる所か、その功績を讃え騎士として最高位の称賛を賜った。

 遅れて事態の全容が思考へと広がった、断罪天使と呼ばれた魔法少女——アムリエル・ヴィシュケ。


 同時に浮かぶ熱き雫が止まる事無く溢れ出す。

 あの惨劇の瞬間から凍る時の中で封じられた、彼女を形取る感情が嗚咽と共に溢れ——偉大なる……主の慈愛に包まれた。


「——……う……う……ぁあああああああん。」


 惨劇の過去にまみれ……恐怖を封じる様に狂気にその手を染めた少女は——主の加護を纏いながら……ついに、自らの足で歩みだしたのだ。

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