最終話 エクスカリバー

 その少女は大切な友人の想いを背負う。

 誇りと守りし世界の行く末を、戦う力無き少女に成り代わり――その身に纏って大地を舞う。


 眼前には想定を遥かに上回る、おぞましき人型を取る霊災であり異形——しかし少女は怯まない……怯む理由すら存在しない。 

 何故ならば——少女が手にするはその異形に対する……絶対にして最強の浄化の御力なのだから。


「いくら溢れ出てきても無駄だし!……この浄化の力を超えられるお前らじゃないだろ!——潔く、霞の様に消えろっっ!」


 舞い踊る二丁霊銃は、本来の姿を取り戻し——放たれる弾丸は半物質化量子弾……熾天使ガブリエルの加護を圧縮・半物質化させて撃ち出す霊量子重機関銃イスタール・ファランクス

 その十字砲火を撃ち込まれた異形は、分子の値まで焼き尽される。

 辛くも掻い潜り迫る異形も、近接にも対応する銀嶺の断罪天使はゼロ距離の銃撃すらも繰り出していく。


 霊機関銃を両の手で、振り子の様に舞い踊らせる様はまさに舞いそのもの——そしてその度にあらぬ方向へ弾丸が吐き出され……体勢の整わぬ異形が攻撃に移る間もなく浄化される。

 異形は大群——しかし銃の射程に立つそれらは最早ただの的。

 舞い踊る二丁の霊機関銃を手に断罪天使が飛翔すれば、広域の異形がことごとく聖なる炎で咆哮すら奪われ灰塵と化す。


 異形に感情があるとするならば、正に地獄をその脳髄に刻まれたであろう。


「——隊長……。これがお嬢の……真の力……!」


 遅れて到着した巨躯の騎士ディクサー——赤毛の騎士サーヴェンと肩を並べ眼前で起こる異様な事態に絶句……同時に羨望の眼差しを愛しき肉親ヴァンゼッヒへ贈る。

 同様の思考に駆られる赤毛の騎士へも合わせ——騎士隊長……ヴァチカン最強と名高きの聖騎士が、感慨深さと共に吐露を零した。


「ようやく……我らの時代を引き継げる者が現れたな。」


 それは幼き少女の成長を——そして彼女が絶望の記憶を越え……前に進み出すのを何より待ち望んだ騎士の願い。

 双眸に映る魔をほふる少女は、明らかに今までを上回る強大な力を纏い――目の当たりにした聖騎士は心の奥……一つの決断を宿していた。


 断罪の少女が舞い踊り、ただ討ち滅ぼされる霊災である異形

 突如として不穏なうごめきを見せる

 一層の空間の歪み——異形が、そこより溢れ出たドス黒い瘴気をその身に纏い始めた。

 それは超技術体型の謳い文句とも言える、半物質化を模したかの様な——瘴気の物質化……十字砲火を掻い潜った異形が一体を中心に、次々と分子化し集束して行く。


「——っ!?これは宗家の研究で示唆された……!?」


「まさか魔の浸蝕が、これ程の進化を遂げていたとは……!?」


 肩を並べた騎士隊の若手は、共に訪れたる異常事態——守護宗家によりそのあらましを聞き及んでいた。

 ……にわかには信じ難い眼前の恐るべき光景――これより訪れる災厄の序章に過ぎない現実を、脳裏に焼き付けていた。


 させじと断罪天使の持つ霊機関銃が、マズルフラッシュと共に無慈悲なる裁きを吐き出した。

 が、集束させたドス黒い瘴気しょうきに包まれた一体の異形、大地をただれさせながら雄たけびを上げ――それに向け襲来する裁きの十字砲火が、纏う瘴気の鎧で歪曲された空間に捻じ曲げられた。

 異形が——聖なる裁きを回避したのだ。


「アーエルさんっ……!」


 断罪天使の背後で強き意志のまま立つ英国令嬢ですら、その異常事態に警鐘を鳴らす。


 だが——聖なる裁きを捻じ曲げ……猛然と押し進む異形を目にしながら、熾天使の加護を纏う少女は声を上げる。

 そこに絶望の欠片も感じぬ裂帛の気合いを込めて——


「よく見てな、アセリア!——これから見せるのは、アタシとあんたのだっ!こんな見せかけの防御なんて、ガラスの様に打ち払う誇り——」


 銀嶺の少女が異形の懐へ目掛け——爆ぜる様に飛んだ。


「聖なる騎士がかざす誇りの一撃だっっっ!!」


 刹那——銀嶺の少女と鎧を纏う異形が激突する。

 異形は鎧と共に顕現した、禍々まがまがしき剣を模した武装を振り下ろした。

 その体躯から来る威力は、生半可な防御など無意味な事が想像に難くない――防御の上から叩き伏せる暴力的なまでの一撃。


 ——そう、異形はその力任せの一撃で少女を

 直後、その頭上に巨大な物体が宙を舞い……遅れて響く異形の絶叫——宙を舞ったのは異形の剛腕であった。


「おい野良魔族……。もしかしてあんたは、アタシがとか思ってたし?って——思考する脳なんてないか……」


「——……あ、ああ……!?」


 英国令嬢はそれを目撃した。

 断罪天使の手に収まる——騎士の誇りを背負い続けた少女は全てを悟る。

 自分が託した願いと誇りを体現する技術チカラ

 それは騎士の証——誇り高き【円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ】の魂。


「……エクス……カリバー……!」



****



 アタシはもう確信していた。

 あの令嬢の侍女が託した証の意味を。

 それは令嬢だけじゃない——英国が誇る【円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ】機関そのものの総意である事を。


 即ちその真なる代表である、アーサー家の血を引く者より託された力。

 同時にそれはアセリアが今まで背負って来た、とてつもない重責——騎士会の誇りそのものだって事を。


 ならばアタシがそれを振るってやらなければ、ご令嬢の——大切な友人アセリアの面目が立たないじゃないか。


「異形——野良魔族。今から滅びを迎えるあんたが知る事でも無いだろうけど、教えといてやるよ……。アタシにこの戦い方を教えてくれた素敵な友人の名を——」


 腕を失い、暴れ狂う異形を睨め付け——その手に輝く聖なる光刃を正眼に構える。

 白銀の刀身に、十字を形取るツカはまばゆ黄金おうごん——触れる魔の全てを断ち切る聖なる剣。


 円卓をまとめたアーサー王が手にしていたとされる聖剣【エクスカリバー】。

 これは紛う事無き実体剣――あの令嬢侍女に託された騎士の証は、別位相へ次元的に隠されていたこれをこの次元へ召喚するための超技術機構オーパーツ

 アタシには分かる——別次元に封じられていたその刀身が、あの友人の持つ対魔霊剣と同じ材質で生み出されている事を。


 【三神守護宗家】がいにしえより受け継ぐ、【ヒヒイロカネ】で構成されている事実を——


「アタシにこの技を教えてくれた者の名……。——【三神守護宗家】クサナギ家が裏門当主皆伝……クサナギ桜花おうか!」


「見せてやるよ……アタシ達の力を!熾天使ガブリエルの加護と、クサナギの誇り高き剣士桜花の技と——そして……円卓が誇る輝く未来アセリアの想いを乗せた力の一撃をっっ!」


 正眼——クサナギの小さな当主が教えてくれた剣術は、絶対なる静から無限の動へ繋げる武の真髄。

 免許皆伝を頂く桜花あいつには届くまでも無いけど、日本に来てからずっと手解きしてくれた。

 ならば負ける気なんてしない——クサナギ流閃武闘術皆伝……直伝の手解きなんだからな!


——閃武闘術、外式・洋刀剣!アムリエル・ヴィシュケ……推して参るっ!」


 静の構えから心に静寂を纏い——そのまま繋ぐ動へ、烈光の如き一撃を——

 さらにそこへ主の祈りを加え、害獣の体内へそれをぶち込む様に……断つ!


 害獣の雄叫び—— 一撃は奴の体内部をえぐり、銀の灰塵が舞う。

 けどまだ——まだ浅い!


「はぁっっ!」


 逆袈裟から左薙ぎ——灰塵がさらに舞うが、鎧は健在。

 実体剣の一撃を受けてなおこの堅さ――これは物理的な堅さではない……空間に断層を生じさせた感じか。

 ならばもっと――もっと踏み込み……空間断層のその向こうへ主の祈りを叩き込む!


「たああああああっっっ!!」


 気合と共に滑り込ませた脚から身体で円を描く様に、右切り上げの一撃——瘴気の鎧が霧散した。

 ならば最後は……アタシ自身の一撃を、その奥へぶち込むだけだ!


「ガブリエルっっ!主の力をアタシに集中させてくれ!」


『了解シマシタ〜〜!見せてやりましょ〜〜、マスターと私たちの力を〜〜!』


 熾天使の友が膨大な神霊力をまばゆき白銀の刀身へ。

 そして刺突の構え——そのまま異形を刺し貫く様に銀翼を羽撃かせて——


「喰らえぇぇぇぇぇぇーーーーーーーー!!」


 アタシは異形の魔の全てを灰燼と化す、銀嶺の雷光となり――瘴気を糧とし恐るべき力の片鱗を生んだ魔を、



****



 復興が滞る一帯の向こう――今も逞しき日の本の民が、立ち上がり前へと進んでいる。

 そのすぐそばで想定外の猛威を振るった異形も、舞い降りた銀嶺の天使によって銀の灰塵と化し――煌くその後塵は大気の中へ消えて行く。

 浄化された魔であったものは、大自然の一部と化した。

 しかし——決してそれが終わりではない事を、そこにいる者達は――魔に屈さぬ誇りと、魔を断つ力をかざす者達は知っている。


 それでも今は、戦い抜いた幼き二人の誇り高き少女達へ――せめてもの安らぎをとの想いの中……一時の凱旋のため、少女らを乗せた黒き移動要塞対魔仕様リムジンを走らせた。


「隊長……本当に良いんですか?」


「俺もそれは感じております。お嬢は——」


 移動要塞を取り巻く執行部隊の特殊車両内、騎士隊長である者が下す決断へ再度の確認を取る若き担い手ら。

 騎士らも思う所のある表情で、隊長である男の解を待つ。


 双眸を閉じ——逡巡を重ねた騎士隊長である男……かつて最強の名を欲しいままにした聖騎士が重い口を開いた。


「——決断に異論は挟ませぬ。元より我らはそのつもりで、あの娘を強く育てたのだろう?……恐らくは……。」


 揺るがぬ解が騎士隊長より告げられた。

 その解以降——騎士隊長と赤毛の騎士……そして巨躯の騎士との会話は途切れる事となる。


 沈黙に沈む護衛の特殊車両——その様なやり取りがあった事などつゆ知らず、黒き移動要塞の車内では……今しがた戦いを終えたばかりの、幼き二人が寄り添っていた。


 ——そこへ一時の幸せを湛えた、深い眠りを抱きながら——

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