4話—4 託された剣

 赤毛の騎士が施した癒しの法術が功をそうし、3日と経たずに宗家直下の医療機関より退院した断罪天使。

 しかし一ヶ月の謹慎処分の身である天使の少女は、天使らしからぬ暗く俯いた様子で滞在するマンションへ帰宅していた。


 いつもの殺風景な部屋の片隅——日当たりの良いダイニングに差し込む夕日の赤々しさに目を細め、早めの食事を取っていた。

 ただ——口にするはいつものカロリーバーではなく、道すがらコンビニで勇気を振り絞り購入した弁当とおかず。

 軽く盛ったそぼろご飯に少々の前菜セットをチョイスした少女——友達効果のなせる技か、どうやら英国ご令嬢から受けていたお小言を実践に移していた。


「……何だ、日本のコンビニで売ってる弁当って——結構いけるし。」


 箸使いは日本守護宗家代表するご令嬢達より、すでに教授されていた断罪天使——恐らくは日本国民誰もが当たり前の様に食する、一般的なコンビニ弁当に舌鼓を打つ。

 普段のカロリーバー生活では味わえぬ、舌を伝う美味にささやかな感動を覚えていた。


 ふと箸を止めた断罪天使——マンション入り口のドアに気配を感じ、そちらを見やる。

 殺気などは感じられないが——それでいて只者では無い感覚に、いたずらな警戒は無用と感じながらも置いたを箸そのままにドアへ向かった。


 それに合わせる様に鳴るチャイム——続いて玄関マイクより見知らぬ声……少女とおぼしき者による、あいさつと訪問を詫びる配慮が耳へ届いた。


『ごめんくださいませ。急な訪問失礼致します、こちらがアムリエルさん——ヴァンゼッヒ様の滞在する部屋とお聞きしまして……。』


 断罪天使の警戒レベルが僅かに上がる。

 言葉のそれはおおよそ一般人とはかけ離れた礼節が滲む。

 加えてその声の主は、アムリエルとヴァンゼッヒ——その両方の名を口にした。

 敵対する様な感じでは無くも、警戒は上げたままで部屋内マイクから相手方の素性を探りにかかる。


「そうだけど——あんたは誰?聞いた事の無い声なんだけど?」


 断罪天使の返答へ敵意や殺意などはは微塵も無く——寧ろ友好的な穏やかさで解を提示する少女。


『ああ、申し訳ございません。名乗りを忘れるとは、私とした事が……。私はシャルージェ……シャルージェ・アロンダイト——』


『ランスロット家は現当主……アセリア様の侍女を任されているものです。』


 ドクンッ!と断罪天使の胸が高鳴った。

 他でも無いアセリア——自分が護衛を担っておきながら、その身を守る事が出来ずに無残をさらqし——

 挙句化け物との痛烈な言葉を頂いてしまった、ご令嬢の侍女を名乗る者。


 同時に警戒は無用と判断に至る天使の少女は、すぐさま扉を開け放ち——


「悪かったし!……この前からこっち、気分が浮き沈みしてて——あいつの身内になら警戒なんて必要無いのに——」


 と、まくし立てる様に言葉を紡いだ少女をクスクスと微笑みが襲う。

 背格好は自分達世代よりも頭一つ高く——ブロンドへ多分に黒の混じるポニーテール。

 メイドを前面に押し出した衣服ながら、イロモノの様な紛い物感など微塵も感じさせぬ自然な立ち振る舞い——それは彼女の内面から滲み出る、一流の気配がそうさせていた。


 客を迎えるや否や、その相手からの微笑みを受け——キョトンする断罪天使へ、穏やかな言葉が謝罪を乗せて贈られた。


「——初対面ながら失礼を……決して他意はございません。ですが、お嬢様からお聞きしたままの素敵なご友人と確認し……私のと嬉しくなってしまいまして——」


「今日は貴女へ——アムリエル様として……そしてヴァンゼッヒ様としての両面よりお願いがあり、足を運んだ次第でございます。」


 語りはこの国に合わせたか、流暢な日本語でのやり取り——しかし、天使の少女が持つ主の力の代行者の面……そして学園生活を営むために与えられた、もう一つの名の面への依頼と述べる令嬢侍女。

 断罪天使も相手の視線に気付く——そこには仕えるべき主を思う侍女の、只ならぬ覚悟が強き光となって宿っている。


「——ああ、分かったし。とにかく中に入んな……話は中で聞く。」


 話の内容がご令嬢に関する物である事を察した断罪天使と、英国ご令嬢を心より慕う魔剣の名を持つ侍女は……すでに夕闇に包まれ始めた玄関先から断罪天使に充てられた一室へ移動する。

 ——この時……一つの運命への分かれ道となる約束が、強き誓いと共に託される事となる。



****



 謹慎処分——考えた事も無かった事態。

 アタシは今までのを奪われた様な——いや、文字通り奪われたままいつものマンションで一夜を過ごした。


 思えば野良魔族の撃滅を掲げ世界を奔走していた期間——それ以外の事なんて考える必要なんて無かった。

 でも——行動そのものに制限を受けて何も出来ない今、いろんな事が頭を巡っている。


 仲良くなり始めたご令嬢が、いつも言ってたなと思い——思うままコンビニへ足を向け、今までじゃあり得ない夕食の購入と言うミッションにチャレンジし……ひとりその成果を堪能。

 学園生活とはまた違う、人の生の営みを享受していた。


 そこへ突然の来訪者——流石に全く予想していなかった人物の来客で、またしても自分の調子が狂ってしまった。


「ちょ、ちょっと待ってるし!今——あれだ、お茶淹れるから!」


 狂った調子のまま勢いで出た「お茶を淹れる。」——その言葉でいよいよ調子がグルグル悪い方向へ回転しだす。

 よく考えればそんな行為——全部桜花おうか若菜わかなに任せっきりで、自分でやった試しなんて無い事に気が付き……ダイニングキッチンで真っ白になり立ち尽くしてしまった。


 そしたら背後から「お構いなく、それは私の領分ですので。」とアタシと入れ違う侍女。


「ささ、アムリエル様はどうぞ席に着いてお待ち下さい。」


 と、言われるままに真っ白な思考のまま席に座り——まさかのに突入した。

 視界に映るご令嬢の侍女とやら——あのアセリアをして、見事な作法で度胆を抜いたんだ。

 恐らくそれを手取り足取り教え込んだであろうお付きの侍女が、それを下回る事なんてあり得ない。

 キッチン横戸棚——目にしたティーセットを見るや、この部屋に紅茶茶葉があると察した侍女は見事に茶葉を見つけ出し……流れる様な手つきで紅茶を作り始めた。


 つーか侍女さん?なんでアタシよりこの部屋の事知り尽くしてるし?

 あんた今来たばっかじゃ無かったか?

 などと、不思議を前面に押し出した表情のアタシに気付いた侍女——ティーセットを並べながらその解を、にこやかに提示してくれた。


「ああ、度々失礼しました。アムリエル様は恐らく——私が勝手知ったる感じでお茶ティーの準備をする姿を疑問に思っておられますね?」


僭越せんえつながら、この情報は全て我が主……アセリアお嬢様より得た情報にございます。——ですので、警戒なさらないで下さいませ。」


 あー ——なんか納得がいった。

 確かにご令嬢ならこの部屋の中をちょくちょく検閲けんえつしては、もっと贅沢をしろと吹っ掛けて来てた——寧ろ納得過ぎて嘆息してしまう。

 なんかそれを、嬉々としてこの侍女に語ってるあいつが目に浮かぶし。


 その思考に中——心にゆとりが生まれて、肝心な思考がようやく浮上し……思い切ってご令嬢の侍女とやらへ尋ねてみた。


「——それであいつ……アセリアは今、どうなってんだ?」


 うん、正直それは恐ろしかった。

 はんなりな友人が必死で否定してくれたから、踏み出す勇気は残ってたけど——自分が化け物と呼ばれた事実は変わりない。

 ——そしたら、にこやかな表情の侍女……アタシへの解を、その踏み込んだ真相部分まで真っ直ぐに返してくれた。


「アムリエル様……貴女のお気持ちは理解しております。お嬢様の姿を見れば貴女がどれほど、我が主をいとしんで下さったかが手に取る様に分かりました。」


 真っ直ぐ過ぎる侍女の言葉で、もう何度目か――アタシの顔が令嬢の事を受け、耳まで真っ赤になってる……うん、ちらっと見えた鏡で確認してしまった。

 そんなアタシを暖かい眼差しで見据え――続ける侍女。


「――そして同時に、お嬢様は――後悔のまま涙したのを……この目でしかと確認しました。」


 ドクンッ!と心が高鳴るのを感じた。

 確かにあいつはアタシを化け物と呼んだかも知れない――けど、その事に一番傷付いたのはあいつ自身だと言う事実。

 すると今度は、だんだん高鳴る鼓動が抑えられなくなる。

 当然だ――だってあいつは、アタシの事を嫌ってなんかいないから。

 侍女から得た真実で、今まで心に影を落としていた暗い想いが霧散して行くのを確かに感じた。


 そして――


「ですからアムリエル様――どうかこれからも、お嬢様の事を……何卒、よろしくお願い致します。」


 暖かさと優しさを秘めた瞳で深々とこうべを垂れた侍女――贈られたのは、彼女が紛う事無き信を置く主への切なる想い。

 強き信念と共にアタシはあいつを託された。


「――いや、まぁ何だ……。そんなに改まらなくても――あいつがアタシの事嫌ってるんじゃないんなら、その……託されてやらんこともないし――」


 もう自分で何を言ってるのか分からないぐらい、ゴニョゴニョ口篭る――それを口にするのが流石に照れくさ過ぎて。


 そんなアタシを見届けたご令嬢の侍女――下げたこうべを上げると懐から小さな小箱を取り出し告げる。

 ――それは、アムリエルであるアタシではない……断罪天使ヴァンゼッヒへ向けたものであった。


「私は長きに渡り御家を、そして今より幼き頃から知るお嬢様をお護りして来ました。――ですが、今の時代に必要な力は……必要な救世者メサイアは、私などではない事も理解しております。ですから――」


「ですから何卒、この世界を――お嬢様が背負っていかねば成らぬ蒼き大地を、私とアセリアお嬢様の代わりに……お護り頂きたく存じます。」


 侍女の言葉と共に開けられた小箱――そこに輝く騎士の紋章を形取る輝き。

 きらびやかなる装飾の下に隠される機械的な動きが、託す物の意味を否応なしに悟らせた。


「あんた……これ、本気なのか?」


 おぼろげながらに聞いた事のあるそれは、――

 それは主の御家を支え続けた、侍女の少女がなげうつ覚悟そのもの――即ちアタシは、【円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ】機関と言う存在の命運を託されたと言う事に他ならかったんだ。

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