4話ー3 悲劇の序章 奇跡の予感

「以上が我等の推察する害獣被害の全容です。少なくとも――今まで発生した野良魔族被害など、非ではない事態を想定しています。」


 野良魔族大量発生と、それらによる英国要人別荘襲撃を辛くも防いだヴァチカン執行部隊。

 考えうるあらゆる状況を想定し――情報共有のため、現守護宗家の防衛の要であるメガフロートイースト-1【新横須賀市】へ訪れていた。


 主の力の代行者らからの情報提供と言う事もあり――速やかに彼等との会議の場を設けたのは、先の地球と魔界防衛作戦で総指揮を担ったヤサカニ家裏門当主……ヤサカニ れいその人である。


 だが、持ち寄られた情報に目を通すヤサカニ裏当主――最早その想定された状況へ嫌悪しか浮かばない。

 今回の事件が始まりですらない事態に眉を一層歪ませていた。


「――これが事実であれば……今後世界は歴史上最悪の事態へ、再び引きずり込まれるでしょうね。」


 眉に掛かる前髪とストレートに流した御髪を肩口より上で短く切り揃え――後頭部より被せる形状……宗家にて守護術式を封じた髪飾りが特徴的な姿。

 やや切れ長な瞳は、かつて世界を守護する大部隊の総司令を担った歴戦の

 しかしあの【日の都の暁ライジング・サン】が一人である学園理事長が憂う、直情的な雰囲気を未だに残す――幼き魔法少女達の良き理解者。


 憂いた表情そのままに、情報提供を申し出てくれたヴァチカンよりの使徒へと視線を向ける。

 そこにはヤサカニ裏当主と同じく、眉根をひそめる騎士隊長の姿が映った。

 対魔任務依頼を受け、野良魔族発生現場へ駆けつけた執行部隊——そのきたる事態序章の当事者となった彼らも、看過出来ぬ面持ちをあらわとしている。


 彼ら執行部隊にとっての懸案事項――それは、看過出来ぬ事態へ真っ先に巻き込まれたのが愛すべき身内である事。

 部隊が――そしてヴァチカンすらも未来への奇跡を託そうとする、幼き断罪天使であった点こそが最重要事項であった。


「我らとて、確かに野良魔族被害の減少は当分の間は絶望視しておりましたが——しかしまさか……そこからさらに最悪シナリオを辿る事態は、さしものヴァチカンも想定すらしていなかった所です。」


 騎士隊長の苦悩が感応するかの様に、ヤサカニ裏当主へ伝搬する。

 未来を幼き少女に託さねばならぬその状況——つい数ヶ月前には己がその身に味わった苦悩であったから。

 しかしこれから訪れるであろう事態は今までの比では無い事も、ヤサカニ裏当主は提供されたデータより確認していた。


 だからこそ——今まで以上の戦いを想定した支援を、ヴァチカンよりの使徒へと依頼に移る。


「想定外を嘆いているヒマは、私達にはありませんね……。このデータ——野良魔族に及ぶ進化が局所的な事象でないとするならば……最早確定している様なものですから。」


「——恐らくはそう遠く無い将来さき……全てが動き出すでしょう。……この地球の闇——命の闇を食らうモノ【闇の深淵オロチ】が……。」


 イースト—1【新横須賀市】——その小会議室へ、静かなる戦慄と激震が呼び起こされる。

 ヤサカニ裏当主が発言したその忌むべき存在——今までの何かので訪れるレベルでは無い……言わば本質そのものが出現すると言う事を指していた。


 ——かつて神世の時代に訪れたる、命の破壊をうたう深淵より這い出したる大いなる厄災……【】と言う宇宙を歪める史上最悪の霊災を——


 望まぬ未来の到来を先見の力で奇しくも見通してしまう、守護を担う宿命を持ち得し者達が言い様のない不安に駆られる中——小会議室の外を映すモニターへ、施設員の影が電磁扉外カメラ前へもう一つの影を引き連れ訪れる。


れい様、お客人です。アセリア嬢の侍女——シャルージェ様が……何でも火急の要件だそうで——」


 掛けられた声で確か客人の訪問予定は無いと思考するも、来訪者の名前に緊急の要件がであると察し――「お通しして。」と施設員へ即すヤサカニ裏当主。

 そしてヤサカニ当主許可の元——電磁開閉方式によってモーター音と共に開かれた扉より、メイド服を揺らす少女が小会議室へ入室した。


「急な訪問お詫び致します、ヤサカニ れい様。顔合わせは初となりますが、今は準備した要件優先故ご了承願えたらと存じます。」


「ええ、委細承知しております。よくお出でになられました……早速で恐縮ですが、火急の要件とは?」


 短くも丁寧な挨拶には、既に通信なりでは知り得た間柄の様なやり取り。

 実の所は騎士会からご令嬢が学園へ訪れる際、騎士会の中心であるクウェル卿の代理として師導学園——引いてはその直接運営元である守護宗家への仲介役を担っていた経緯があり、顔合わせが初と言う言葉で表された形だ。


 小会議の場故、直立したままで身なりを正し要件の提示を始める魔剣の名を持つ侍女—— 一見すれば、礼節を多分に弁えた貴族の召使い程度で通るさま

 しかしその少女から溢れ出る只者ならぬ気配に、完全に初対面となるヴァチカン最強の騎士も目を見張る。

 騎士が感じるそれは、貴族の召使い程度では言い表されぬ強大な気配——それも古兵ふるつわものの威圧。

 それでいて限界までそれを抑え込み、礼節第一に振る舞う少女に同族の——世界の闇を駆ける者としての共感を覚えていた。


「此度は私共々——主の命を魔の者よりお救い頂いた事……誠に感謝しております。」


 まずはと述べた謝意——深々と下げるこうべには感謝の念が多分に篭められる。

 凛と後ろにまとめられた子馬の尾ポニーテールも、下げたこうべと共に流れ落ちた。

 だが、彼女とてヴァチカンの騎士をも唸らせる裏世界で生きるための武力を備えるのは周知の事実——それでも自分のをひけらかすでも無く、機関の防衛行動に対し心の底よりの感謝を乗せる。


 そこには己が仕えし主への、崇高なまでの忠誠が刻まれていた。


「その上で——これはわたくしに与えられた権限による所ですが…… 一つの結論へ辿り着いた所——」


 下げたこうべを再びヤサカニ裏当主の視線へ戻す魔剣の名を持つ侍女。

 ふところより、厚みのある小さな小箱を取り出し会議室テーブルへ晒す。

 四隅が豪華絢爛な装飾に彩られ、厳重なる鍵にて保管された――10cm四方のそれは、見える限りただの小箱では無い事が想像に難くない。

 その小箱を晒した上で、魔剣の名を持つ侍女はおもむろに語りだす。

 火急の要件の全容を——


「——わたくし逡巡しゅんじゅんを重ねた結果、これをあの断罪天使の少女……ヴァンゼッヒ様へ託そうと思います。」


 眼前に取り出された、豪華絢爛な小箱と少女の言葉——耳にしたヤサカニ裏当主が驚愕ののち言葉を放つ。


「まさか、これをあの子に!?アロンダイト卿——本当によろしいのですか!?これはいにしえより騎士会に伝わる騎士の証——」


 驚愕したヤサカニ当主から放たれる、アロンダイト卿と言う名となる名称——彼女の驚きの本質は正にそこへ集約されていた。


「我が主の御家であるランスロット家と共に——長きに渡り歩んで来た我ら剣の家系アロンダイト家。……しかしそれも、昔を懐かしむ方が多くなりました。」


「——私が……主家ランスロットの武力は衰退の中にあり、それを見越した先々代が戦いの舞台を世界の表——政治面へと転換を図り今に至ります。」


「詰まる所——我ら武力で主家を守る時代は、とうに終わりを告げたのです。」


 深く瞳を落とし——辿った経緯を語る魔剣の名を持つ侍女。

 御家が辿りしいにしえから新時代への移ろいを、まるで昔を懐かしむ様に言葉にて紡いだ後――再びヤサカニ裏当主をしかと見据えると、凛々しき双眸のまま切なる想いを曝け出す。


「故に私はこの【星霊力変換機構テラーズ・トランス・ギア】を――我が家の武力の象徴である騎士の証を、新たなる世代の戦う力へ託したいと存じます。」


 魔剣——アロンダイトの名を持つシャルージェは語る。

 【星霊力変換機構テラーズ・トランス・ギア】とは、即ち魔法少女システムの原型に当たる技術——観測者【アリス】よりの掲示を人類に託す【星霊姫ドールシステム】がマスターを得た際、その絆が物質化されるL・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーにおいても禁断の領域に含まれる技術の結晶。


 いにしえより、【円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ】機関は観測者を守護するために発足された伝説上の組織——常に観測者と共にあるのが、聖剣を掲げるアーサー王と並ぶ12の騎士家。

 その御家それぞれへ、禁忌の技術である【星霊力変換機構テラーズ・トランス・ギア】を【星霊姫ドール】以外で託された唯一の組織。


 しかし魔剣の侍女は、その力を断罪天使へ託すと告げたのだ。

 本来それは、観測者の定める真理からすれば禁断の行為——だが魔剣の侍女がその行為に踏み切ったのは二つの条件が揃っていたから。


「まさか——【アリス代行】からその許可を……?」


 ヤサカニ裏当主の言葉へ首肯を返し——侍女は揃うもう一つの条件を告げた。


「もう一つの条件——それは断罪天使アムリエル……ヴァンゼッヒ・シュビラ様が、主の御力を賜りし救世の使者メサイアと確信したからでございます。」


 魔剣の侍女の言葉にさらなる驚愕を重ねるヤサカニ裏当主——同時にその場へ同席するヴァチカン最強の騎士が、穏やかな表情で双眸を閉じる。


 後日魔剣の侍女は自らそれを手渡す事を伝え——小会議の緊急会議は一先ず幕を降ろす事となる。

 果てなく続く未来への絶望と——訪れたる新たなる希望の片鱗を垣間見た……揺らぐ天秤はそのままに——

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る