4話—2 すれ違いは絆の予感

 重苦しい雰囲気——それは昨日受けた宣告より続く。

 断罪天使を見舞う友人は放課後を待たずして、彼女の居る宗家傘下である医療機関へ向かう。


 しかしその日は黒髪はんなり少女だけの見舞いであり——クサナギの小さな当主は急用に付き同行を辞退していた。

 その友人が見舞う先の病室では、断罪天使の少女が未だ高い日差しをまばゆい銀の御髪できらめかせ——腰掛けるベット上で黄昏れていた。

 ただ——その瞳は酷く落ち込んだままではあったが。


「お邪魔するえ~……。アーエルちゃん、身体の調子はいかがおす?」


「……ああ、いらっしゃい。何だ……今日は桜花おうか、居ないのか。」


「ああ~~、もしかしてガッカリしてへん?ウチという者がありながら……アーエルちゃん……いけずやわ~~。」


「ぷっ……ククク、何だそれ。いや——若菜わかなだけでも嬉しいし。」


 病室の扉を開けて現れた友人が、どうやら一人である事に冗談交じりでベッドの上から出迎える断罪天使。

 冗談ながら友人のそこはかとなく落ち込んだ返答に、心ばかりの笑いを運ぼうとする黒髪はんなり少女。

 思わず吹き出す断罪天使もその思いに自然と答える——が、むしろその姿がいつもの慌てふためき否定を強調する少女とかけ離れていた事が……一層の重苦しさを生む。


 それ以降は多くを語らず——断罪天使が腰掛けるベットの反対側へ、静かに腰を下ろす黒髪はんなり少女。

 同じく言葉がいつもに比べ明らかに減少している断罪天使は、黄昏れたまま窓の外をぼんやり眺めていた。


 少しの時——今の二人にとっては長く時間が過ぎ去った様な感覚の中、口を開いたのは断罪天使。

 しかし溢れたのは彼女からは考えられぬ、内に秘めていた思いの吐露であった。


「あいつ……英国のご令嬢は軽傷で済んだみたいだ。発生した野良魔族も、祖国から駆け付けたアタシの肉親みたいな存在——執行部隊が取り敢えず鎮圧したらしい……。」


「うん……。」


 たがが外れた様に溢れる大切な友人の言葉——優しき相づちで言葉を挟む事なく聞き入るはんなり少女。


「容体も安定して、別室で保護されてるって……エルハンド様から教えて貰った。——うん、容体は安定してるんだ。——けど——」


「うん……。」


 断罪天使の口から溢れるはあの英国令嬢の事。

 彼女が護衛を言い渡された少女の名——ひとえにその一点である。

 そして——黄昏れた瞳のまま、断罪天使は友人へ打ち明ける。

 己に科された処分の旨を——


「——けど、アタシはあの子を守れなかった……。任務をしくじった挙句——野良魔族相手に襲われる寸前で部隊の仲間に助けられて……——」


「アタシはエルハンド様から、英国機関にとって不信と損害を与えた罰として—— 一ヶ月の謹慎処分を言い渡された。……ったく、何やってんだろな……アタシ——」


 そこまで言い終わった打ちひしがれる少女へ——そっと両の手が回され、黒髪はんなりな友人が寄り添っていた。

 背中に顔を埋める様にし——断罪天使と同じく心の内を吐露し始める。


「そないに自分を責めたらあかんえ?ウチも……ほいで桜花おうかちゃんも——何よりテセラはんや、レゾンちゃん。——皆アーエルちゃんがおらん様になったら悲しゅうなる……。」


「無事でおってくれて、ほんまおおきにな——アーエルちゃん。」


 優しき友人の思い溢れる慰めの中——断罪天使は微妙なを覚えて、ささやかな抵抗を繰り出した。


「——いや、つかそこへ吸血鬼あいつを混ぜんなし。絶対心配なんてしてない奴はいらないし?」


「そお?——案外心配してくれとるかも知れへんへ?」


 はんなり少女は思いの吐露へ、あえて一人の友人を追加する。

 当然彼女を始め金色の王女テセラ小さな当主桜花は断罪天使を大切に思っている——が、ただ一人とにかく主の力の代行者と馬の合わぬ赤き吸血鬼レゾン


「いや!あの吸血鬼に関してはまずそんな事はあり得ないし!——つか、思い出したら腹立って来た……なんであいつなんかとテセラが一緒に——」


 そこまでまくし立て——ハッ!と気付く断罪天使は、自分の背でクスクスと聞こえる笑い声で自らが踊らされた事に気付く。

 すると瞳に涙——それも完全に笑い過ぎて溢れた物を浮かべて、してやったりなはんなり少女が顔を上げた。


「も~~ほんま……アーエルちゃん言う人は☆レゾンちゃんの事になると、急に使になるな~~。せやけどそれはな?仲がええ証拠やで?」


「なぁっ……!?」


 黒髪はんなりな友人の罠に見事にハマり——あまつさえ仲良しと比喩され、お約束の陶磁器の様な欧州少女の肌が真っ赤に染まる。

 だが——その吸血鬼の事を思考した瞬間、彼女にとって恐らくは今……心を落ち込ませる原因が首をもたげた。

 たった一つのを思い出す事となる。


「吸血鬼——レゾンの奴は、よく出来が違うって自虐するよな……。——それはあいつも、って呼ばれる事を気にしてるって事……なのかな?」


「そんな事はあらへんよ!化け物やなんて——」


 共に戦い生き延び——友人となった少女が化け物と例えられた事に、まず怒りを現す事も無い黒髪はんなり少女が声を荒げた。

 直後——断罪天使が言わんとした事に気付いたはんなり少女は、困惑の中にも労わりを込め……天使の少女へ問う。


「もしかして……アーエルちゃん——化け物って……言われたん?」


 再び繰り返された鋭利な刃物の様な言葉——それを語り始めた断罪天使の瞳は、すでにいつもの明るさを失ったまま……ベッドのシーツを見つめ、語る。


「アタシは……ご令嬢を守ろうとした。けど——あいつは震える目で、言ったんだ……化け物って……。」


 明るさがみるみる消え行く友人へ——回された手が力を込める。

 優しさと慈しみを込めて——


「大丈夫!——きっと大丈夫や!本当にそんな事思うて、言うたんとちゃう!ウチが保証する……保証したります!」


「だって……アーエルちゃんは……大切な友人に、その刃を向けたりしとらへんやないおすか。——守りとおて、その子ん所へ駆けつけたんやないおすか!せやから——」


 必死の思いを吐き出すはんなり少女——彼女はよく理解していた。

 あの地球と魔界防衛作戦の折、魔法少女としての力を持つ友人たちは揃って化け物の様な力を振るった事実。

 けどそれは、大切な物を、大切な人を——そして、大切な世界を守り……救おうとするが故の力。


 その本質を見抜けねば、或いはそう呼ばれても仕方が無いのかも知れない——それでも、命を救おうとした天使の少女が化け物呼ばわりされる事は……黒髪はんなり少女にとって許し難い事であった。

 何より……大切な友人が化け物と恐れられるのが我慢ならず——気が付けば、目尻いっぱいの雫を湛えて叫んでいた。


「——何であんたが泣くんだし……。けど——ありがと……。」


 予想だにしない友人の泣き崩れる表情に、断罪天使は少しだけ心に軽さを取り戻す。

 それは他でも無い、日本に訪れてずっとその仲を育んだ友人の——切なる思いで心が満たされたから——



****



 断罪天使が突き付けられた現実で心に影を落とす中——同調する様に心を酷く痛めた少女がいた。

 今後の護衛を強固とするため——また英国機関への不信払拭のため、守護宗家とヴァチカン執行部隊の守護の元……隔離された医療施設の一室。


 想定を超える野良魔族襲来を辛くも凌ぎ、無事に帰還したが主の元へ無事な笑顔で訪れた。

 しかし彼女が帰還した事で、緊張の糸が切れた隔離施設で守られるご令嬢——侍女の無事な姿を見るや否や、嗚咽と共に泣き崩れていた。


「シャルージェっ!……良かった……無事で!——良かった……。」


「——……っ、私……あの子に、化け物って……!私は……守られたのに——ひっく……守ってくれたのに!」


 涙の原因——正に自分が放った友人への……人として最低の罵倒。

 騎士の誇りも吹き飛ぶ、人間の尊厳を著しくおとしめる罵詈雑言——それを言い放ってしまった本人が、深い心の傷を負ってしまっていた。

 誇り高き騎士であるからこそ、何より自分の発言を悔やみ——己を許せない。

 溢れる悔しさが、止め処もなく頬を伝う騎士のご令嬢。


 それは偽り無き少女の成長——魔剣の名を持つ侍女も、それを理解するからこそ努めて優しく主を抱く。

 傷付き――後悔にさいなまれる心を癒す様に。


「大丈夫です、お嬢様……。貴女がその事を悔やんでいるならば――きっと彼女に届きます。過ちを悔いる事が出来る今の貴女を、あの方が悪く言うはずがありません。」


「主の裁きを代行する断罪天使は――同時に守るべき民の背負いし罪を、主に成り代わり許す事が出来るのですから……。――何より、お嬢様は……彼女にとってのとなっているはずですよ?」


 優しく主の艶やかなブロンドの輝きを、労わる様に撫でる魔剣の名を持つ侍女。

 彼女にとって今――主がまさに一歩……また一歩と、力強く歩もうとする姿がまばゆく映っている。

 泣き虫で、臆病者であった主が自らの足で――光へと向かって進むその時を、ただひたすら待ち続けた侍女の瞳は……自らの過ちを悔い、それを罰として受け止め進む主へ羨望の眼差しを送る。


「さあ、お嬢様――顔を上げて下さいませ。涙を拭いて、前へと進んで下さいませ……。ランスロット家が誇る、新世代の証を……見せて下さいませ。」


 侍女は思う。

 この涙を越えた先――己が今まで付き従った、小さくも凛々しき主は新たなる進化を遂げると。

 そして運命の出会いとなった断罪天使と――きっとその手を取り合い、過酷な試練待つこの蒼き故郷の未来にて……魔を断つ最後の砦となる。


 故に今は、存分にその涙を枯らせ――再びその顔を上げた主が前に、迷い無く進める様――

 ただ家族の様に……姉妹の様に――己が過ちと向き合い戦い続ける、小さき少女を優しく抱きしめるのだった。

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