3話—5 断たれた狂気
沸き立つ狂気が思考を溶かす。
眼前の魔を撃滅せよと魂が絶叫を上げる。
狂える殺意が眼前の異形を射抜く——奴らは仲良くなり始めた不器用なご令嬢に、あろう事か傷を負わせ……あまつさえその命を奪わんとした。
許される訳が無い——許すべきでは無い。
決して許す訳には行かないと、荒ぶる狂気のままに一際吊り上がるアタシの口角。
その膨大な狂気の渦巻く本流の中——僅かに残る理性的な思考を誘う感覚。
何故かアタシはその感覚へ誘ったモノが、何であるかを知っていた。
「(ああ、あんたか……。ダメだろ今は——そんな気分じゃ無い。)」
爆発する狂気が次々と現れる異形へ、裁きの弾丸を見舞う中——身体と思考が切り離された様なアタシは、その知っているモノへと語りかけていた。
「(分かってる……。こんなんじゃダメなのは、自分が一番分かってる——だから少しだけ待つし。)」
「(せめてご令嬢を守り抜くまでは、今のままでいさせてくれ。その後はきっとあんたと——ガブリエルと一緒に歩くから——)」
知っている——そう、アタシは知っているんだ。
この狂気が力を与えてくれたあの日——魔を滅せよと身体が咆哮を上げた時。
視界にはアタシを守ろうとする姿が映っていた。
でも現実のアタシはそれを振り払う様に、狂気に身を委ねてしまった。
そんなモノではアタシは救われないと思ったから——
けれど今なら分かる——今のアタシは大切な友人がいて、そこから溢れんばかりの慈愛を受けて……そして救われている。
だから今、あの時視界に映った慈愛の遣い——主より遣わされた、真の天使の恩恵を選ぶと言う選択肢が生まれているんだ。
だけど今だけは——
「主よ!いとか弱き命を
二丁の銀霊銃へ膨大な狂気を注入し、裁きの弾丸を異形のモノ共へ叩きつける。
右手に輝く〈
前方だろうと後方だろうと、狂気乱舞する二丁の裁きの雷鳴から逃れる術など無い。
弾丸を受けた、浄化消滅を初めた既に死に体の塊であろうが——狂える断罪の十字砲火を止め処なく見舞い……野良魔族であったモノが灰燼に帰すまで撃ち尽くす。
「お前らがこの世に存在する事を——いったい誰が許可した!ただの害悪であるお前らは……叫びを大気へ吐き捨てる事なく、霞の様に散り消えろーーっ!!」
吐き出した狂気のまま、害悪を屠りながら守るべき友人を見やる。
激しく打ち付けられた手足が、痛ましく腫れ上がるも——しかし確かに生きている。
間に合ったと言う安堵が生まれ、少しでも友人を元気付けようとしたアタシは——
直後に放たれた友人である少女の言葉によって……貫かれた——
「ば……化け物……!!」
それは確かに耳を貫いた——放たれた言葉は、背後の異形に向けた物じゃ無い。
疑いようも無い——底知れぬ恐怖で震え上がる、今のご令嬢の視線に映っていたのは……アタシ。
狂気に舞う——
「——ア……セリ——」
僅かな時間――
少しずつ、友人としての距離が縮まり始めていた少女から向けられた――人としてすら扱われぬ……拒絶の言葉。
一瞬の空隙——プツンと何かが途切れる様な音を聞いた気がした。
同時にそれが異形と相対するアタシの致命的な隙となり——銃撃射程限界まで異形に近接されると言う、反応の遅れへ繋がってしまう。
咆哮を上げ、今までより人型に近付く異形が猛撃する。
「——くっ!」
反応の遅れを取り戻すべく再び銀霊銃を異形へ突きつけ、裁きの銃弾を叩き込む。
が——
「……なっ!?えっ!?」
右手に翳す霊銃〈
アタシは確かに膨大な狂気の祈りを弾丸に込めたハズ——しかし撃ち出された銃弾はただの法儀式を施された弾丸。
近年の野良魔族は
そのはずが……突き刺さる弾丸は、不逞なる存在の表皮を焼くも大した浄化の力を得られず——再び咆哮を上げ息巻く異形。
視界に映る状況が物語る現実——アタシは絶望的な瞬間を悟る。
——主の祈りの力が途絶えた——
「——……ぐぶっ!?」
致命的な隙と頼みの力の途絶と言う、絶望的な立場の入れ替わり。
アタシの窮地は奴らの好機——ここぞとばかりに振り抜かれた異形の剛腕が、隙だらけの脇腹を強襲した。
弾かれた弾丸の様に隔壁へ叩きつけられるアタシの身体——辛うじて残る銀の軽甲冑で致命打を免れるも、確実に臓器へのダメージを負う。
「……ゴフッ!(まず……い!これ……は——)」
傷付く臓器、破裂した血管は鮮血を噴き出し——苦い鉄の味が口元へ逆流する。
衝撃で身体が動かない——例えこれが大人の身体であっても大して変わらぬであろうダメージ……致命傷を免れるも窮地に変わりは無い。
身動きが取れないまま、アタシは途絶えたかけた意識の中——必死で守るべき友人へ声を掛けようとする。
「ア……セリ……!——に……げ——」
余りにも
たった一人の友人でさえ助ける事が叶わない——自分をこれ程呪った事は、きっとあの時……全てを失った惨劇に
声にならぬ後悔が、零れる涙と共に頬を濡らした。
——しかし意識が途切れるその寸前、アタシは耳にする事となる。
万雷の如く鳴り響く、一筋の光明を纏う雄叫びを――
「うおおおおおおおおっっーーーーーー!!」
****
主の祈りが途切れた空隙——最悪の隙を突かれた断罪天使。
無惨に友人すら救えぬ結末を辿ってもおかしくはない絶対絶命。
その窮地に訪れたるは、断罪天使を家族として愛しむ裁きの使徒——主の力の代行者らが疾風の如く推参した。
しかし、その代行者らの面持ちはまさに憤怒の形相――まるで地獄より放たれた修羅さながら。
当然である——愛しき家族が、愚かなる魔の愚物の餌食になりかけたのだ。
大地の怒り、マグマの奔流——激烈なる怒りが白刃へ一層の万雷を纏わせ……振り抜かれた音速の切っ先が、愚かなる存在を一刀両断する。
「ヴァンゼッヒ嬢!……大丈夫、上手く急所を逸らしたな。後は我らに任せろ——ディクサー!こいつら……絶対にただでおくなよっ!?」
駆け寄る知的赤髪の騎士が、癒しの法術にて愛しき天使のお嬢へ応急措置を施す。
同時に——共に駆け付けたる同僚へ檄を飛ばす。
応じる同僚の騎士もそれに答える——宿る形相は修羅のままであるが。
「ただでおく!?何をおかしな事を——この愚かなる俗物は、決して侵してはならぬ禁忌の領域へ踏み込んだ——我等の希望を……皆が愛しむ小さき天使を傷つけた!」
「それは我らの逆鱗を擦りあげたのと同義!一片の容赦など、くれてやるつもりなど無い——我らが万雷そのものと成りて、愚かなる異形を灰燼と化すのだっっ!」
隆々とした体躯——同僚に脳筋と皮肉られる騎士。
その内に宿る正義は、正真正銘主に仕えし者の証。
もはやお嬢と愛しむ肉親へ危害を加えた異形の悪鬼を、許す材料など存在しない。
一閃——また一閃と振り抜かれる白刃が確実に、溢れ来る異形を片っ端から地獄へと叩き落とす。
その背後で応急措置を終えた知的赤髪の騎士は、動けぬ天使のお嬢と英国令嬢を駆け付けたる同志に任せ——勇しき同僚の背後を突いた異形へ飛ぶ。
「……異形の輩よ——何かしたか?」
騎士の背後を突いたはずの悪鬼が音速の白刃に貫かれ、断末魔と共に浄化——その時すでに周囲を覆う魔は残す一体となっていた。
しかし——その最後の一体は叫びすら上げる事も出来ず、乱舞強襲した白刃にてなます切りのまま絶命を遂げる。
そこに立つは聖騎士——執行部隊史上最強と謳われた騎士隊隊長が、悠然と
「ディクサー——直ちに周囲へ戒厳令を引け!サーヴェン——ヴァンゼッヒとご令嬢を速やかに宗家管轄の医療施設へ搬送……その際、令嬢の従者にも配慮せよ!」
その光景は魔にしてみれば紛う事なき地獄——しかし、救われた断罪天使の少女にとっては……一筋の光明が奇跡となって世界を覆っていたに違いない。
自分を大事に思ってくれる存在達は、祖国の護りに付いていたはず――それが今の少女の認識だったのだから。
訪れたる奇跡——断罪天使は力を失った時点で、友人である英国令嬢と共に野良魔族の餌食になっていてもおかしくは無い状況。
執行部隊が誇る騎士隊長が振るった采配——それが功を奏した形だ。
「——みん……な、何……で——」
薄れ行く意識——落ちる寸前の瞳の隅に映った頼もしき執行部隊の仲間達。
安堵するも疑問を抱く断罪天使は、そのまま深い意識の底へと誘われるのであった。
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