3話ー2 不穏、闇の深淵より

「ええ、了解しました。……こちらでアーエルさんへお伝えしておきます。――分かっていると思いますが……れいさんも無理してはダメですよ?」


 師導学園理事長室――不穏さ漂う特殊端末通信を、理事長先生こと皆樫 雪花みなかし ゆっかが終えた所。

 その相手は他でもない、地球と魔界衝突回避作戦では目覚しい活躍を見せた三神守護宗家の未来――ヤサカニ家裏門当主であるヤサカニ れい

 しかし、宗家の当主が直接学園理事長へ端末通信を行うと言う事は極めて稀――そこへ国家レベルの重要案件が絡んでいるのは想像に難くなかった。


「ダメですよ――とは言ったものの……。未だに大戦最中の癖が抜けぬ所がありますからね~あの子。」


「抱え込み過ぎなければ、いいんですけど……。」


 深く腰掛けたソファーをクルリと窓側へ向け、嘆息と共に一人ごちる学園理事長。

 彼女からすれば、まだまだヤサカニ れいと言う女性は希望溢れる後進――それも生真面目で、無理を押して事に挑む性分であると知る故……心配でならなかった。


 いまでこそその当主――冷静に事態を分析出来る有能株に育ってはいるが、まだ二十代の折は奇しくも人造魔生命災害バイオ・デビル・ハザード事変の真っ只中。

 若さと融通の利かなさが災いし、猪突猛進な行動の結果――大切な友人を失っている。

 そんな歴史をつぶさに見続けた可憐な理事長雪花は、彼女を突き放しては見られなかった。

 かく言う学園理事長に至っては、それよりも過去――何も出来ずにたった一人の肉親であった兄を失ってしまっているのだから。


 重厚なデスクの端――若かりし頃の思い出が、日差しを受けて可愛らしい理事長の瞳をくすぐる。

 いつもそばに在る思い出の友人達は、今もこの日本を支えるために東奔西走――デスク端で日差しに煌く、一枚の写真が語るはその彼らの学生時代。

 しかし――そこに理事長の兄の姿は無い。


大輝だいき兄さん……皆は今も世界を護るため――日々奮闘しています。未来招来に向け歩む友人……兄さんの死は、決して無駄ではないですからね?」


 まだ友人達が写真に写る事すら拒否する程に、社会を拒絶していた時期までは――確かに理事長の兄は存在していた。

 小さかった彼女のために人生を賭けていた。

 社会より落ちこぼれのレッテルを貼られた友人達は、クサナギ 炎羅えんらと言う存在に人生を救われる。

 間違いなくそこに学園理事長の兄も含まれていた――が、彼はその友人達の人生と引き換えに命の灯を消したのだ。

 理事長は宗家より、暴走族のヘッドであった兄――その最後はあまりに壮絶であった事を聞き及んでいる。


 しかし、痛ましき過去ばかりでは無い懐かしき学生時代――友人との思い出を見つめる理事長の思考の隅、ドアをノックする音が響き……見知った児童の声が掛かる。


「理事長先生、アムリエルだけど。入るよ?」


 懐かしくも過去は過去――ふける思いを今に戻し、理事長 雪花ゆっかへ返答を返す事にした。


「はい、扉は開いてますよ。どうぞお入りなさいな。」


 その声――

 僅かに下がったトーンが訪れた児童へ一抹の不安を灯すも――事の詳細を、へ伝える必要がある。

 もう自分の様に……そして後進である女性の様に、大切な人を失って欲しくないから――訪れた少女には、そのために守り戦う力があるのだから。


 未来を生きる少女に発すべき言葉を、十分に吟味するため――静かにその瞳を閉じて、訪れたる児童の入室を待つ理事長であった。



****



 呼び出されてから自分の思考に過ぎる想定された状況に、不安と共に湧き上がる不満が揺らめいていた。

 自分でも理解している――それは仲良くなったばかりの魔界の王女テセラとのしばしの別れ。

 そこから来る不満は、自分でも想像しなかった程に膨れ上がっているのだ。


 最初は本当に彼女を撃滅対象にしか見ていなかったはずなのに――何がどうしてこうなったんだろうと今でも思う。

 若草色の瞳が慈愛を振り撒く、金色こんじきの王女と離れている時間――長ければ長いほど募る寂しさ。

 アタシはきっとすでに彼女の虜なのだろう。

 それが影響してかどうかは分からないけど、今まさに護衛中のご令嬢にまで情が沸き始める始末だ。


 けどせめて――呼び出された件の内容がご令嬢に危害が及ぶ様なたぐいではない事を祈りながら、理事長室のドアを叩いた。

 いつもの年齢にそぐわぬ可愛いらしい声がアタシを呼び――扉を開くと理事長先生が迎えてくれる。

 ――くれたけど、その声調が僅かに下がった時点で不穏を感じさせるには容易過ぎた。


「何かあったのか?理事長先生。」


 想定の範囲であれば、アタシの本来の任務遂行の命――まあその点でも、今先の大戦事後処理で頭を悩ませる日本にとっては重要な事態だが。


「はい……先日野良魔族の大量発生が確認されました。こちらでもすでに対処は始めていますが、そちらも十分配慮する様にお願いしますね?」


 この言い回しから推測するとまだアタシは不要――若しくは現状護衛対象の安全が最優先、ってとこか。

 まあそれが妥当な判断だろう――流石に護衛対象をほっぽり出す訳にもいかないし。

 ともかくアタシは、いつも通りに任務をこなせばいいだけ――けどいつも、エルハンド様から慢心は大敵と教わっているから、最低限の野良魔族発生場所の確認をと理事長先生に問う。


「その発生場所は、やっぱりあの復興が遅れている区画か?あの一帯は未だに魔力干渉が強いって聞くけど……。」


 この日本国内でもアタシの祖国の様に魔力干渉の影響下にある場所は多い――てか、むしろ人造魔生命災害の発生源でもあるこの国が、一番の多発地域と世界でも噂されるぐらいだ。

 その噂は実際風評被害レベルで世界に拡散しているが、この国の現状をちゃんと確認した者はいったいどれ程いるのだろう。

 日本と言う国は世界でも有数ので知られ、たくましさで言えば災害に慣れていない国々などは足元にも及ばない。


 むしろそこから立ち直るための心のケアこそが重要と言われるが、【三神守護宗家】――さらにはその管轄であるここ師導学園は、日本と言う国が復興するための支えでありかなめになっている。

 この学園で暮らす魔力干渉を受けた子供達の、生き生きした姿を見れば――きっと世界も驚愕するに違いない。


 アタシは人と接するのが嫌いだ――けれど、幸せに暮らす人達の生活が乱されるのはもっと嫌だ。

 だからアタシはその幸せな営みを害し、破壊し、踏みにじる害獣――野良魔族を決して許しはしない。

 主より賜る力がある限り、その聖なる力でこの国にまた蔓延はびころうとする害獣――野良魔族を塵も残さず撃滅してやる。


「今回はあなたの想定通り、復興遅延区画です。――で・す・が、あなたはちゃんとアセリアさんの護衛を頼みますよ?これは理事長先生からのお願いです。」


 顔に奴らを撃滅している時のアタシが滲み出てたのか、理事長先生に釘を刺され上にお願いされた――アタシ、先生のお願いに弱いんだよな……。

 きっとアタシはあの惨劇で両親を失っているからだろう――年の離れた大人から頼られるのが、嬉しくてたまらないのだ。

 その大人達をまるで家族の様に捉え――相手もその様に接してくれるから尚の事である。


「分かったし……ちゃんと護衛はこなすし。――にも怪我とか、させられないしな――」


 と、口にしたアタシ――理事長先生が

 ――そう思った瞬間ハッ!となり、ミスって思いの吐露をぶちまけた事に気付くも――


「ほほぅ~~ではでは、アセリアさんもすでにアーエルさんの……と言う事ですかな~~?」


「い、いやそれは!?あくまで護衛対象としてでっ……つか、ニヤニヤ笑うなし!」


 完全にしくじった――これじゃ理事長先生の思うツボだ。

 この先生含め【日の都の暁ライジング・サン】と言われる伝説達は、揃ってあのアタシが舌を巻く存在――炎羅えんらさんの教え子に当たる方達だ。

 クサナギの小さな当主様が誇って止まない叔父さんの凄い理由――それはあの人の専売特許でもある先見の明と言う能力ちからを、あらゆる分野に生かせる様アレンジを加え昇華させた所だ。

 更にアレンジそれを学び取った教え子達が、独自の発想で世に名高き理論として定着させた。


 そう――先見の明なんてものは、本来能力としてすら認められていないたぐいの不明瞭な力。

 そんなものを、世界に定着する理論まで押し上げる基礎を作り上げた炎羅えんらさんは、正直とんでもない異能者だと思う。


 理事長先生は、学園と言う舞台における先見性を見出すのが得意だ。

 学園の運営と言うくくり以外にも、在学する児童及び生徒の未来――それに関わる、あらゆる考察を通常の人間では考えられぬ領域で見通す力を振るうと言われる。

 ひと昔前までは、そんな先の事なんて理解出来るものではないと突っぱねられる所――すでに理論化し定着させた現在では、掌を返した様に褒め称えられる現状だ。


 つまりはだ――

 アタシは先生が予見する未来の手の上で操られてる――それが今この瞬間のやり取りに他ならない。

 こうなる事が分かっているからこその会話――元はと言えば、アセリアが護衛にアタシを指名しなければこんな事にも発展しなかっただろうけど……。

 理事長先生の事だ――護衛の話が出た時点でアタシがあいつと友達の様になるのが予見出来たはずだし。

 正直悔しさしか浮かばないし……。


「では伝えるべき件はお伝えしました。――ただ何かあれば私か宗家へ必ず一方を入れる様に……いいですね?」


 先ほどとは打って変わり――声調が戻った理事長先生の念押しへ首肯したあと、アタシは再び護衛の任務に戻る。


 時間はすでに放課後――アセリアには呼び出された事は伝えてあるけど、少々待ちくたびれているだろう。

 足早に理事長室を後にしたアタシ――それを見送る理事長先生が、とても暖かな表情だった事も知らずにご令嬢の元へ向かっていた。

 ――その事が少しだけ嬉しくなって、向かう足を速くさせているのにも気付かずに。


 きっとそこまでは、宗家や学園理事長の思惑通りだったのだろう。

 けれど――今は見えない暗き浸蝕しんしょくが、音も立てずにここ日本は東都心へ忍び寄っていた。

 それはこれより、青き地球ふるさとに訪れる壮絶なる試練――そのすべての始まりに過ぎない序章。

 最初に巻き込まれたのは――断罪天使アタシと、小さくも誇り高き騎士の少女アセリアだったんだ。

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