ー失意の天使ー

 3話ー1 果て無き悪夢

 東京湾沿岸――メガフロート【イースト-1新横須賀市】。

 人造魔生命災害以降――日本が【三神守護宗家】全面支援の元、L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーの技術制限下で生み出した国土防衛機構の一つ――現在の日本で稼働する巨大海洋人工島はイースト-1・2及びウエスト-1・2に加え、【ノウス-1舞鶴市】と【サウス-1新那覇市】が竣工を間近に控えている。

 いずれもこの時代における防衛の要だ。


 その【イースト-1新横須賀市】へ先日降り立ったローマはヴァチカン所属の輸送機より、少数精鋭の聖騎士部隊が上陸する。

 特殊脅威防衛条約に基づき、既存の空港や自衛隊設備を経由しない他国の防衛組織受け入れ形態――疲弊した国民の心情を配慮しての設備運用だ。

 条約上の他国機関受け入れを想定した、巨大海洋施設メガフロート――有事には、様々な国家組織及び軍隊を受け入れる許可を持つ重要区画と公式に定められる。

 それに該当する上陸直後のヴァチカンの騎士隊――宗家より依頼を受けた件……日本本土にとっての急務である任に就く。


 すでに疲弊度合いが深刻とも言える日本国家。

 地球と魔界衝突を回避した後――魔族の造反者である導師ギュアネスにより、強化型野良魔族とも言える〈人造魔生命機兵〉で構成された大軍勢。

 その猛攻に対し緊急防衛に当たった魔導超戦艦【大和】の活躍で、本土への影響は最小限に食い止められはしたが――そこに使われた膨大な軍事資源と、そこからくる社会情勢への……言わば後遺症は小さくはなかった。

 中でも日本社会への影響を最小限に食い止めるために、宗家全体が被った人材派遣面・資源運用面への負担は甚大である。

 その状況下へ追い討ちをかける事態―― 一度は沈静化を見せた野良魔族の脅威が、再び日本の国を脅かし始めたのだった。


「各員速やかに野良魔族を排除せよ!決して復興が終えたばかりのこの国の都心――そこへ向かわせてはならん!」


「「日の光みつあかつきの大国へ主の加護を――エイメンっ!」」


 専用機より出でたヴァチカン輸送車両――速やかなる行動で、野良魔族が再発せし区画へ駆けつける。

 騎士隊を統括するヴァチカン最強の男の指示が、日の本の大気を揺らし――叫ぶ様な祈りの復唱が、復興を終えたばかりの大地へ守護の光をもたらした。


 野良魔族は負のエネルギーがみつる地へ引き寄せられるとされ、特に崩壊し復興がとどこおる場所より浸蝕しんしょくを始める。

 故に世界崩壊寸前の折、最も甚大な被害を被った日本は崩壊した各地を電光石火で再生する様務めて来た。

 しかし、世界の荒廃が――人々の浅ましき幾多の愚行が、その復興速度へ減速をかけたとされる。


 日本都心の中にあって、負のエネルギーが渦を巻く地帯――東京湾に程近い沿岸より西へ伸びるそこは負の浸蝕しんしょくが色濃く、野良魔族発生地帯となっていた。


 【三神守護宗家】が未だ世界防衛作戦の事後処理でてこずる中――その地帯で再発する野良魔族討伐の依頼を受けた神の力の代行者達ジューダス・ブレイド

 渡航後の迅速且つ無駄なき進撃を見せた、ヴァチカン最強の騎士を初めとする精鋭部隊――災害認定された害獣である不逞と切り結ぶ。


 宗家の退魔部隊は世界でも屈指の対魔防御能力を有するが、この神の力の代行者達は正に独壇場――害悪とされる魔を滅するために生まれた機関においては、世界で最強と呼び声も高かった。


 だが――


「隊長、やはりこの手応え……いつぞやの物より強力になっている……くっ!――様ですな!」


 一断ちで野良魔族を撃滅して来た彼ら若き騎士が、第二・第三の攻撃を見舞って撃滅出来ぬと切り結びながら――事の異常を部隊長へと叫ぶ。


 部隊のオフィスで部隊長とやり取りした騎士とは対照的な――額中央で左右に分けた赤毛の髪を耳に掛かる程度まで伸ばし、多分に漏れずサークレットで纏める。

 身の丈は執行部隊隊長と変わらぬ程度だが、魔へ向かう果敢さは正に若きたけり。

 その双眸そうぼうは優しさと勇猛さを併せ持つ聖騎士の若き一角。


「サーヴェン!どうした、泣き言か!?この程度の魔族の増長――我等が主よりたまわった、祈りの錆にしてやればよい!」


 同じく隊長より離れた場所で、赤毛の騎士と背を庇い会う様に魔を討ち払う――あのオフィスに居合わせた堂々たる体躯の騎士ディクサーが、同僚の声へ皮肉を混ぜて返答する。


「だから貴様は脳筋と呼ばれるのだ!よく相手の戦力を分析しろ――先の造反導師の策で現れた魔族ですら強化されていた!だが――こやつらはそれ以上だ!」


 同僚の皮肉へどうやら頭脳派である赤毛の騎士が、皮肉で返しながら次の一薙ぎでようや眼前の害獣撃滅に成功する。


「何だとっ!この俺のどこが脳筋だっ!それよりそちらへ群れが集中している……屠るぞっ。サーヴェン!」


「ああっ!望む所だ――行くぞ!」


「「おおおおおおおっっ!」」


 皮肉を真に受けながら、隆々たる体躯の騎士も負けじとこちらも害獣を打ち払い――そのまま二人は飛ぶ様に、群がる野良魔族の中心へ雄たけびと共に切り込んだ。


 彼らの言う野良魔族の異常があったとしても、若きたけりが放つ撃滅の白刃に怯む様など微塵も無い。

 最強と言わしめた最強の聖騎士エルハンドが鍛えし若き精鋭は、最強の男を継ぎしである。

 その若き疾風の猛撃を、羨望の眼差しで一瞥いちべつし――自らに迫る害悪へ、閃光の刺突を繰り出した騎士隊長。


「つあっ!」


 気合と共に突き立てた主の祈り満ちる白刃を、天に弧を描く様に振り抜いた。

 断末魔がその男の眼前で浄化の炎に包まれると、眉根をひそめた視線で周囲を射抜く様に見渡し――


「サーヴェンの分析は的を得ているな……!耐久力所ではない――負の面における生命力の根源が底上げされている!」


 聖騎士隊最強を誇る隊長――オリエル・エルハンドは、迫り来る害獣に起こっている事態の把握に努める。

 ともすればこの状況――後に重大な危機に繋がる恐れを予見し、如何いかに些細であろうとも事の変化を見逃さぬ眼光が……災害指定された害獣を隈なく分析にかける。


 そして――

 駆け付けた神の使徒が通り抜けた後には……何も存在していなかった。

 害悪の身も、肉片も――塵の一つさえ。

 主の祈りが白刃と言う万雷となり――大量発生した野良魔族をことごとく撃滅せしめたのだ。


「サーヴェン……ディクサー、引き続き周囲の警戒の当たれ!これ程の事態だ――この地帯は要警戒区域とする様、宗家へも打診しておく!」


「……特に一般人――。万一その様な不届きを目撃したならば……万雷の如き断罪の光持ちて――主の怒りがどれ程の物か思い知らせてやれ!」


 この隊長は正しく聖騎士――関係など無い。

 か弱き万民の盾となり、剣となりて――主より賜る力を代行する……主のなのである。


「心得ました!」


「「不逞なる害悪へ、主の怒りと断罪の裁きを――エイメンっ!」」


 この場よりさらに離れた場所にて、同じく魔を撃滅せしめた隊員も合流し――さらなる警戒の元、主の使徒らは害悪を裁く許しを祈り請うのであった。



****



 護衛任務からすでに一ヶ月が経とうとする中――アタシは例によって例の如く、仮住まいのヴァチカン管轄マンションを強襲するご令嬢と……学園へ向かう日々を送っている。

 けど、少しだけ――ほんの少しだけ、状況にささやかな変化が導かれていた。

 チャイムが鳴り響き――アタシは登校の準備をさらっと済まし、玄関で待つご令嬢の元へ向かう。


「……おはよ……。」


「ええ……おはようございます。」


 それはどちらからともなく交わす、挨拶や日常の僅かな会話――今までの様な、人の神経を逆撫でする言葉を口にする事も無くなったご令嬢……その彼女へさしたる嫌悪も浮かばなくなって来たアタシ。

 変な気分ではあったけど、何故だかしっくり来る自分が居る事に気付く。


「相変わらず生活感の無いお部屋ですね……。少しは贅沢をしてもいいのではないかしら?」


 変わった事と言えば、最近ご令嬢がもっと贅沢をしろと吹っかけて来る。

 流石にそこはどんな心境の変化かと思ったけど、元より贅沢と言う行為がどういう内容を示すかわからないアタシは――


「した事ないからよく分からないし……。それに――そもそもアタシは、だと思ってたんだけど?」


 分からないなりに、自分が思い当たる贅沢の意味を講釈してみる。

 その返しにご令嬢――バツが悪そうに目を逸らす。

 まあ――ご貴族様のご身分じゃ、その生きてるだけが贅沢三昧空間故の反応だろうと感じた。

 アタシとこいつは根本的な所が異なっている。

 生まれた状況や生活環境、与えられた使命と人生経験。

 ――ったく、まだ齢十代に満たぬアタシが人生経験を語るのはおこがましいったら無いが、壮絶な人生をたった数年内に味わったアタシとご令嬢――恐らく決定的な経験差が存在しているはずだ。


 だけど分かってる――共通する事だって存在する。

 アタシ達は自分の経験以外を知らない子供で――多くの大人達に支えられて生きてるって事。

 まだそれ以外も無くはないけど、今のアタシ達にとって――それが一番大事な気がしてる。

 それはアタシの、掛け替えのない友人達とも共通する事――そしてきっと、友達になるための大切な証と感じるから。


 だけどまだちょっと近付いただけ――だからまだ、急がなくてもいいんじゃないかと思ってる。

 それは時間が解決してくれる――そんな風に思ってた。


 それから護衛を依頼したご令嬢アセリアと、それを任された断罪天使アタシは――今ではそれ程苦でもなくなった、無言の登校を終え学業に専念していた。

 のだが――その後アタシは臨時呼集で、理事長先生から呼び出される事となる。


 臨時呼集と言う言葉――アタシの胸が僅かにざわつくのを感じながら――

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