2話ー5 勝利を呼ぶ者の導き

 英国より訪れたご令嬢――断罪天使への資金支援交渉は何事もなく終わるかに見えた。

 そのとどこおりない流れへよどみを生んだのは、他でもない英国ご令嬢アセリアの言葉だった。


「今回――ヴァチカンのエージェントであるヴァンゼッヒ嬢の護衛を受けて、今後の資金支援について考察しましたが――」


 言葉を区切り、ご令嬢は当のヴァチカンよりの護衛である少女を一瞥いちべつし――その少女が愕然とする宣言を、クサナギ家表門当主へ突き付けた。


「この任務を最後に、今後彼女への資金支援――凍結をと考えています。」


 クサナギ表門当主――炎羅えんらの眉根が僅かに動く。

 同時に一瞬の逡巡しゅんじゅんの後、事態を理解したヴァチカンのエージェントが声を上げた。


「おい……ちょっと待つし!何なのさそれ……何の権利があってそんな事――」


「アーエルさん!」


 資金支援凍結の意味を理解し、怒り混じりの声を上げるも――現在交渉中のクサナギ表門当主に制され口を紡ぐ断罪天使。

 それは無理もない事――当の彼女は今の今まで、自分がその英国を代表する機関よりの資金支援で活動していた事実を知り得なかったのだから。

 事前に彼女の上司である聖騎士エルハンドの言葉を聞いていなければ、この怒りや横槍もあり得なかっただろう。

 制したクサナギの表門当主も、少女の怒りを代弁すべく――その真意をと英国ご令嬢へと突き付けた。


「その様な話はこちらも初耳ですね。――その真意をお聞かせ願えますか?」


 クサナギ炎羅えんらの言葉も最も――元来この交渉はむしろ今後、増加する野良魔族被害への対抗策。

 ヴァチカンの力を借りざるを得ない状況を考慮し――その断罪天使エージェントが心置きなく活動できる様、活動資金増強に向けての交渉であったはずなのだ。


 故に前触れも無く手の平を返したかの様な通告に、組織の意向ではない――個人的な意図を含んだ発言と直感したクサナギ表門当主。

 英国――円卓機関ラウンズはランスロット家仮当主を謳うご令嬢は、やはり人生の経験が不足しているのであろう――眼前の男が世界でも名高き〈勝利を呼ぶ者ビクトリアス・コーラー〉の二つ名を持つ外交の天才である事を知り得ない。


 彼女は恐らく円卓機関ラウンズの意志でその宣言を放ったつもりであろうが、この外交の天才は全てお見通しであったのだ。

 そもそも古くから強き絆を持つ英国の円卓機関ラウンズと守護宗家に、このような情報の行き違いなどは稀である。

 外交の天才クサナギ炎羅えんらはすでに、少女がひた隠す意図を想定し――あらゆる策と対応を探り出している。


 それでもあえてご令嬢の解を待つのは、彼女の騎士としての誇りを傷つけぬため――彼女の成長を手助けするための采配。

 若者の成長を手助けする手腕もまた、〈勝利を呼ぶ者ビクトリアス・コーラー〉クサナギ炎羅えんらの必殺の武器であった。


「我が【円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ】機関において――私が当主を務めますランスロット家は今、御家消滅の瀬戸際に立たされており……今回の資金支援も僅かながら負担となっています。」


 凛々しき表情はそのままに――しかしその、淡い唇の端には苦渋がにじむ。

 それを見た断罪天使もまた、浮かぶ苦渋の意味する所を知ってしまったが故――怒りを向ける矛先を失った様にご令嬢から目を逸らす。

 目を伏せ、遠き祖国の御家を想い――覚悟の上での言葉を、騎士である少女は言い放つ。


「そして今回我等が後ろ盾でもある、機関を共に支えたかの英雄の末裔――アーサー家が、円卓機関ラウンズですでに没落して久しきを宣言した所存です。」


「そのためにも我がランスロット家は――私はアーサー家と共に円卓機関ラウンズを支える柱とならねばなりません。それがこの度の資金支援凍結の――」


 騎士である少女がそこまで口にした時――黙して成り行きを聞き入れていた外交の天才が、ついにその口を開く。

 未だ若き猛りが衰えぬ双眸そうぼうへ、との炎を灯して――


「その【円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ】機関復権の目処を導き出したのは誰かご存知かな?アセリア。」


 強き口調――そこに籠められるは、幼き少女へ戒めを放つ大人のそれである。


 予想だにしないクサナギ家表門当主の言葉に、騎士のご令嬢が絶句した。

 ここからが本番――外交の天才にして数々の勝利を呼び込んだ男の真骨頂である。


「そもそもその御家復権とは、この地球が滅亡していれば決して達する事は出来なかったはずだ。しかしその滅亡を命懸けで回避した者達を――君は知り得ているかい?」


「そしてその少女が、から生まれ――自らの人生と引き換えに得た力で、カギとなる存在を全力で支えた事を知っているのかい?」


 それは恐らく、自分の事で精一杯であった騎士の少女が……世界の辿ろうとする未来すら見えていなかった一方――共に歩む友人と、世界滅亡と言う試練に挑んだ者がいたと言う現実を指しての言葉であろう。

 決して荒くは無い――しかし強い願いを篭めた言葉を、少女へと紡ぐクサナギ表門当主。


 だが――それは、円卓機関祖国の剣を一人背負おうとする少女にのみ向けられた言葉ではない。

 強き願いが宿りし言葉は同時に、世界滅亡と戦い続けたへも向けられていた。


 きっと宗家と共に歩んだ時間が、向けられた言葉の意味を悟らせたのだろう――要人護衛と言う新たな試練に奔走する、世界滅亡と戦い続けた少女が……心の内を曝け出す様に叫んだ。


「もういいよ炎羅えんらさん!これ以上こいつを責めんな!こいつだって自分の御家や機関が大事なんだ……もうアタシだけの我儘わがままで迷惑は掛けられないしっ!」


 その言葉に何よりも驚いたのは――英国令嬢アセリアである。

 自分がさげすみ、ののしり、あざけり続けた狂気の天使が――自分を庇った事実に目を見開き、護衛を依頼した少女を見つめてしまう。


 口にした言葉に「はっ!」となり、余りの恥ずかしさに挙動不審となる断罪天使――と、彼女のを待っていたクサナギ表門当主が、二人へと微笑み――


「どうだい?これが世界を救うために戦った、強き断罪天使だ。君は彼女の狂気の一面しか知り得ないだろう。――しかし今、彼女を支える力はそれだけでは無い。彼女の力の源泉は、共に歩んだ心を通わせる友人達との掛け替えのない絆――他人を思い合う心だ。」


「そして……思いを通わせ合う少女達は、一人では太刀打ち出来ない想像を絶する試練も力を合わせて乗り切った。――それが意味する物を、君が名高き円卓の騎士を謳うならば理解出来るはずだね?」


 断罪天使も意識していなかった友人達と培いし思いの数々――見通していたかの様に並べ立てられ、世界を救った当事者……英雄の天使アムリエルは欧州系少女独特の真っ白な肌を赤面させる。


 二人の少女の反応は全て想定内――その上で交渉を推し進めるクサナギ表当主。

 断罪天使は挙動不審からの赤面で、口をパクパクさせて硬直し――英国の騎士道を貫くご令嬢も、自らの与り知らぬ反論の余地無き真実を突きつけられ歯噛はがみする。

 反論の言葉すら返せぬ中――真実を理解して尚抵抗を続ける小さき手が僅かに震えている様を、クサナギ表門当主は見逃さなかった。


 それは怒りでは無い――小さき当主を名乗った騎士が、今尚背負い続ける重圧へのあらがいである。

 騎士の誇りが、彼女を素直にさせる事を拒んでいる――それを弱さと認識しているから。

 ――英国令嬢が心の奥にひた隠す切なる誓い――その真相へ踏み込み全てを悟った外交の天才は、当主と言う重圧を背負い続ける英国令嬢へ……迷い込んだ道の出口を照らす光明を投げかけた。


「誇りとは一人で背負う物ではない……。アセリア――もっとアーエルさんに……本当の意味で頼ってあげてくれないか?」


 他人に頼る事が弱さと誤認するから、素直に頼る事が出来ない。

 誇りは一人で背負わなければと誤認するから、一人でもがき苦しむ。

 だが――それが弱さではなく、共に歩もうとする強さであるならば……もう一人で全てを背負う必要などない。

 それがクサナギ炎羅えんらと言う外交の天才が、孤独な闘いの道をひた進む少女へ向けた新しき道――少女が知り得なかった、強さの新たな側面。

 この天才はそう断言する――断言出来る。

 何よりこの男こそ、それを自ら体現し続けた〈勝利を呼ぶ者ビクトリアス・コーラー〉その人なのだから。


 そして沈黙。

 英国ご令嬢は俯いたまま――歯噛はがみしたまま逡巡しゅんじゅんする。

 ほんの僅かの時間――それでも彼女にとっては、とても長い時間悩みぬいた様な感覚。

 眉根は未だひそめたままであるも、決断を搾り出す様に――外交の天才へ交渉の解を差し出した。


「……申し訳……ありません。先ほどの内容は……私個人の独断先行――組織の意向とは無関係であります。けど――少しだけ、考える時間を頂けませんか?」


 彼女は機関代表として、この交渉役を果たす覚悟で宗家を訪れた。

 しかしそれは、自分の増長であった事実を悟る結論へと到達してしまう。

 所縁ゆかりがあり、多少の無理も円卓の名で押し通せる――そんな淡い幻想は、この三神守護宗家を代表する男には一切通じなかった。


 騎士の誇りを背負い挑んだこの交渉は、完膚無きまでに敗北を喫する。

 自分が全てを背負えると言う誤った認識が、たった一人の天才に打ち砕かれた。

 当然である――このクサナギ家表門当主もまた、力無き身分より屈する事無くのし上がりし者。

 そして今や、宗家を初めとする世界の行く末を――バックアップと言う自分流の戦い方で背負う英雄なのだから。



****



 資金支援交渉は凍結――とはならなかった物の、保留のままその日の交渉を終えた。

 正直アセリアの急な手の平返しは焦ったけど、炎羅えんらさんも炎羅えんらさんだ――アタシでも分かるくらいにガチの交渉戦を繰り広げるなんて。

 そして傍に居たアタシが思わずご令嬢アセリアを庇う様に叫び――待ってましたと利用された。

 いつも思うけどあの人に交渉術で挑むのは、とてもじゃないけど勝てる気がしない。


 もしあれが本当に一触即発の会合場所なら、どんなえげつない交渉を持ち出すか想像もしたくないな。

 ――ま、炎羅えんらさんは相手方の都合まで配慮した奇跡の交渉で万事を終えるだろうけど……。


 その奇跡を体現する天才と、交渉にて相対した英国ご令嬢――完全に意気消沈のご様子だ。

 無理も無い――炎羅えんらさんはこいつの誇りを傷つける事無く、打ち出した個人的な資金支援凍結の話を保留状況に引きずり込んだんだ。

 ご令嬢アセリアは少なくとも、【円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ】機関の誇りを背負って交渉に臨んだはずだ。

 そこで「よくやっているが、騎士の誇りを体現する手段はそれだけとは限らないよ?」と、諭しながら手解きされた様な物だ。


 それは交渉の場なんかじゃなかった。

 他でもないが、最も得意とする独壇場――アセリアと言う、未熟な人生経験の若者が足を踏み入れても勝てるはずは無い。

 このご令嬢もそれが分かってしまったからこそ、ぐうの音も出ない敗北を今正に味わっているんだ。


 しかし意気消沈の度が過ぎて、そのまま周辺の自動販売機へ突撃しそうな足取りで――フラフラ俯いたまま徘徊する不審者状態。

 その姿にちょっと慌てたアタシの思考に、炎羅えんらさんの「後は任せるよ。」と言う言葉が――言われてはないけど、そんな気がして嘆息が尽きない。

 ああ――こんな所まで計算に入ってるんだよなあの人……と、苦笑混じりでふらつくご令嬢を追いかける。


「おい!ちょっと待つし――って、そっちは自販機!つか、前見ろ前!」


 思考の傍から自販機へ激突しそうになるご令嬢を、慌てて引き戻す――それでも当人は視線が定まらない不審者感丸出し。

 自分でも気付かぬ内に、――自販機への再突撃が無い様しっかり要人別荘までする。


 少し前までは、こいつとテセラ達みたいになるのは無理だと諦めてたアタシ――もしかしたら……なんて思いがぎり慌てて頭をブンブン振ってかき消した。

 何を想像してんだアタシは……と、大いに疲れたその日の護衛を終えようと足を速める。


 ご令嬢と、なかったかの様に―― 

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