2話ー3 ヴァチカン最前線

「了解した。ではその状況に合わせた対応を検討しよう。」


 ローマはヴァチカン――執行部隊【神の御剣】が本拠地のオフィス。

 現状、祖国周辺の野良魔族被害は沈静化を見せていが――それでも日夜部隊の若手による万全の警備が敷かれ、その退魔行動に抜かりは無かった。

 その中で執行部隊の総指揮を担う聖騎士、オリエル・エルハンドは今しがた受けた国際電話を受け――深い皺を一層増やす様な思慮に耽っていた。


「隊長、深い皺が尚更その難しい顔へ繁殖しますよ?」


「ああ……ディクサーか。何か問題か?」


 この組織を統括する、野良魔族に対してならば世界一無慈悲と恐れられる男を前に――軽い皮肉を投げかけるは組織の次代を担う若手。

 三十代半ばではあるが、裏組織に属する者の原則上――量より質に重きを置く人選。

 血気盛んな若者では、並み居る野良魔族を相手取るには経験不足と言う事で――部隊ではこの年齢でも十二分に若手である。

 部隊最強の騎士エルハンドに限れば若き当時二十代で聖騎士の頭角を現していたが、彼からすればすでに老騎士――この男が全盛を誇った【邪神の試練】時代はすでに四十年ほど前の事だ。


 その若き一角である騎士は額を顕にし、前髪を後に立て銀のサークレットに納める。

 僅かに伸びた後髪も、肩に掛かる程度のサッパリした風貌。

 しかし磨き上げられた肉体は隆々とし、その体躯から生み出される剛なる力は想像に難くない。

 部隊最強の騎士よりも頭一つ長身であり、且つ爽やかな表情はおおよそ裏の執行部隊からは無縁に思えるが――その実力は聖騎士が高く評価する右腕である男。


「いえ?現在特に問題は――しかと。」


 右腕である騎士の言葉に、部隊最強の騎士が嘆息した。

 仮初めの平和――それが指し示す事実を常に実感しているからこその反応だろう。

 そしてそれを維持出来ているのは、正しくこの右腕の騎士を初めとする部隊員の活躍の賜物たまものである。

 当然……決して忘れてはいけない、組織では異例の実力を秘めたる最若年の隊員――断罪天使の少女も含まれる。


 最強の聖騎士は、嘆息もそこそこに逡巡し――現在のヴァチカン最前線の状況と、遠き旧知の大国の現状を天秤にかけ――

 取るべき行動――次なる任を口にする。 


「こちらが問題無ければ……そうだな、少し遠出をせねばならんか……。日本で再び、野良魔族が活性化し始めたと報告があった。」


 爽やかさを絵に描いた右腕の騎士――隊長である最強の聖騎士の言葉で、即座に険しい表情へと切り替わる。

 そこにはまるで、若かりし頃の部隊最強の騎士エルハンドにも勝る裂帛れっぱくの気合が宿る。


「ヴァンゼッヒ嬢はご無事で?」


 やはりこの組織において、何よりも優先される状況把握――それは最早家族と言っても過言ではない程愛情を注ぐ者、断罪天使の少女ヴァンゼッヒの安否情報である。

 組織内では聖騎士より少女へ最初に与えた名――ヴァンゼッヒの名前で彼女を呼称するのが決まりであった。

 アムリエル――アーエルの名は言わば表の世界で、愛情を注いだ少女が親しき友人と平和に暮らせる様贈られた名。


 組織に属する者の誰しも、彼女がこの執行部隊で無駄に人生を費やして欲しくないと願っていた。

 危険と――命の危機と隣り合わせの裏世界の汚れ役。

 惨劇から生還した少女には、これ以上の闇を背負わせたくはないと言う切なる願い――それがアムリエル……〈エル〉を含む光を宿した名前なのだ。


 若き部隊の騎士への問いに首肯で答えるも、「今は」の注釈を付ける聖騎士。

 それが遠出と言葉にした中に含まれる意図。

 今日本を守護する三神守護宗家は、先の地球と魔界衝突回避作戦により体力を消耗しきっている。

 もしそこへ再発した野良魔族被害が襲い掛かれば、最悪日本と言う国が滅亡しかねない。


 この時代において【神の御剣ジューダス・ブレイド】、【円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ】と同様——【三神守護宗家】は地球における最後の防衛の砦なのだ。


「……すぐに準備を整えろ!サーヴェンと共に少数精鋭を用立て日本へ向かう!」


「はっ!速やかに準備を整えます……主の御加護を——エイメン!」


「エイメン!」


 握る拳をその胸前に当て——主への祈りを口にする最強の聖騎士。

 状況を察し速やかなる行動に移る若き騎士も、それに習い――祈りと共にオフィスを後にする。

 その後ヴァチカンを発った主の力の代行者機関の擁する部隊が、今また野良魔族の脅威に晒されようとしている暁の大国——日本へと向かうのであった。



****



 惨劇は彼女を変えてしまったのだろう。

 最初に出会ったあの娘は、見るも無残に食い散らかされた……すでに人の形を成さぬ姿の肉親達——十歳に満たぬ少女にとっては、余りにも凄惨な光景だった。


「あの時のヴァンゼッヒの瞳——絶望などと言う物では言い表せぬ……地獄の深淵を覗いたかの様な虚ろを宿していたな……。」


 我らは決して組織が東奔西走し、間に合う状況では無かったと言い訳など口に出来ぬ——明らかなる執行部隊の失態。

 結果——それが魔法少女チカラに目覚めた少女に、狂気を宿す現実を生んでしまったのだ。

 それはあの断罪天使の手にする【銀十字エル・デ・シルバー】――【魔法少女システム】の、全く望まぬ形となっただろう。


「しかしようやく彼女の精神の奥底へと宿った希望――雨降って地固まるとの日本のことわざではないが、あの魔族の王女とその友人達には感謝の言葉も無い。」


 我等執行部隊は速やかなる準備の後――ヴァチカン本拠が擁する部隊施設より、日本目指して精鋭と共に立つ所。

 執行部隊専用輸送機は、すでにジェットの気炎を昂ぶらせ離陸態勢に入る――滑走路より飛び立つ輸送機の中、一抹の不安を脳裏に描きながら精神を研ぎ澄ませる。


 確かにヴァンゼッヒ彼女の覚醒が秒読み段階であれば、すぐにでもその力が開放出来よう――だが、もしあの娘が一時的に失意に見舞われた場合……今度は間に合わぬでは済まされない。


 【銀十字エル・デ・シルバー】がヴァンゼッヒの手元にある以上、そのコアとなる者に頼るしかなかった。


「あの時ヴァンゼッヒが魔法少女へと覚醒した時――否、姿……システムのコアとなる者の、悲痛とも取れる表情は今でも忘れない。」


「当の本人は覚えてはいないだろうが……、ヴァンゼッヒ彼女は我等執行部隊が辿り着くまで――そのコアとなる者に。」


 ヴァチカンより日本までの距離はかなりの時間を要する。

 すぐに同志とも言える国家へ駆けつけられぬのは歯がゆい所――それでも、かの国へ到着次第作戦行動に移れる様今は待つ。


 一つの懸念材料――断罪天使が力の変容を迎え入れられるか否かの、決断を迫られる事態の訪れ。

 その試練の時をただ憂いながら、今は……待つ――

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