2話ー2 騎士の誇りが選ぶ道
「――ん、アムリエルさん!聞こえてるんですか!?早く着替えて出てらっしゃい!」
初夏の日差しがすでに明るい朝を連れて、マンションの東窓から顔を
しかし――
最初は夢かと思ったが――徐々に覚醒する思考が、アタシに壮絶なる現実を叩き付けた。
「いや、オイ――ちょっと待て!あいつ、なんでここにいるし!?」
声の正体が脳裏へ浮かんだ瞬間――絶望的な日々が連想され、ただ力無く突っ伏す。
「この展開――まさかあいつ、毎日マンションまで押しかけてくる気かよ……。何考えてんだ、あのバカ令嬢。」
「遅いですよ?私がわざわざ足を運んであげたのに、こんなに待たせるなんて。さあ、学園までの道のり――護衛よろしくお願いしますね。」
こめかみがキリキリする――胃がねじ切れそうだ。
そもそもあんた、こんなアポ無し突撃上等の訪問かましといて――ご令嬢とはよく言ったもんだ。
いつもの髪先にカールのかかった薄いブロンドを
傍からみれば、何かアタシが虐められてるみたいに見えなくもない。
「はいよ……申し訳ございませんよ、依頼主様。さあさあ学園まで護衛して差し上げますよ。(このバカ令嬢!)」
魔界の王女や宗家を代表する可愛い所と過ごす内に、殆どなりを潜めていたアタシの狂気が――この令嬢を前にすると、暴発寸前まで膨れ上がる。
けど――何故かそこから自制出来る自分がいる事に気が付く。
それが何でそうなのかは分からない――分からないけど、今言える事は……すこぶる機嫌が斜めにぶっ倒れそうな事だ。
このマンションから師導学園までは、それなりに歩く。
行きの経路上に私鉄やモノレールが影を見せるが、学園が都心より離れている事もあり遠回りになる。
有事の際は都市の大動脈の一つ――鉄道関連を被害に巻き込まぬ配置上に、学園や宗家の軍事施設が設けられる。
どうも宗家に
各国大使館や重役が住まう別荘――それらが学園を中心に、東京湾へ浮かぶメガフロート【E-1新横須賀市】へと通じる道筋を辿っている。
それは一重に宗家に関わる重役が、有事の際比類無き危険に
比類なき危機へ宗家ないし、協力する組織が確実な護衛を張れる様――三神守護宗家を始め、日本国家を挙げて組まれた防衛体制と聞いた事がある。
結果――アタシはバカ令嬢を、護衛しながらひたすら歩く事となった次第だ。
しかしよくよく考えてみれば、護衛任務であるにも関わらず――こんなに標的が堂々往来を歩いていたらマズイんじゃね?との思考が浮かぶ。
けど――わざわざこいつに話しかけたくもなかったんで、一先ず周囲の警戒ぐらいはしといてやるかと無言を貫こうとしたら、よりにもよって向こうから話し掛けて来た。
「あなたは、あの場所より学園へ通っているのですか?」
内容のみを察するに――あそこはヴァチカン日本支部管轄のマンション。
まあ純粋に考えれば、あれは確実に高級マンション――決しては安くはないはずだが、そもそもあれはヴァチカンの所有物件だ。
「そうだけど……何?」
正直会話も続けたくないんで、適当な返事で流す。
どうせ大した事じゃないだろうし。
不機嫌さを露骨に出すと、こいつはすぐに雇い主権限を発動しやがるから努めて無感情で行く。
「少し意外でした。もっと組織の経費を、好き放題な生活をしているものと――」
うわぁ~、何か凄い言われ様なんですけど――つか、少しはオブラートに包めよ。
アタシがどんな人生送ったのか聞いてないんじゃないの?このバカ令嬢。
喉までバカ令嬢と出かかって、慌てて平静を作り直す。
まあ――機関の資金であんな高級マンションに仮りとは言え住んでいれば、そういう誤解も浮かぶだろう。
しかし現実は、最低限の衣食住に関わる品しか置いていないし――増えた物と言えば、テセラ達との思い出が詰まったプリクラなる物ぐらいだ。
「アタシは常に世界を飛び回ってるんだ――そんな組織のお金を自分の事に使う余裕も無いし、そもそも興味無いし。」
「あんたこそ、好き放題使ってんじゃないの?」
と口にして、しまった!と思うがもう遅い。
また雇い主権限が発動されると思ったら――
「私の人生はすでに、【
えっ?
ランスロット家じゃなく――【
完全に想定外だった――むしろ「組織の金を好き放題」と言う言葉は、こいつの方が当てはまると思ったアタシは大きな過ちに気付く。
態度からみれば、確かにこいつは誤解を受けかねない――しかしそれは、今しがたアタシが受けた誤解と同一の穿った見方。
おまけにこのご令嬢は自分の家のため所か、組織そのものに全てを捧げたと表現した。
そこから導き出される結論――もしかすればこいつは、魔族の王女やクサナギ当主と同じ様に多くの者の期待を背負ってここにいるのかも知れない。
唯一違うのは――前線で戦うための強大な力を持たない、ただの人であると言う事だ。
「……あんたも、大変なんだな。」
その思考が不意にらしからぬ言葉を紡がせてしまうアタシ。
普通に友人達と話す様な感情の篭った言葉に、余程予想外だったのか――ご令嬢の方が目を見開いてこっちを見てる。
「……か、勘違いするなし!別に……あんたに同情してんじゃないし――」
焦って返す事葉が逆にご令嬢の神経を擦り上げ――
「ど……同情など求めてはいません!」
ああ……ご機嫌を損ねてしまった。
なんて言い訳してんだアタシは――やっぱり関係が薄い人間に関わると、ロクな事にならないな。
でも――一つだけ理解した事がある。
戦う力を持つ者と持たない者では、思いの向かう方向すら変ってく来るのだと言う事実。
アタシ達は力があるから前に向かうために戦うけれど、こいつみたいに戦う力がなければ――後の憂いにばかり目がいってしまうんだ。
だからこいつは自分を能無し騎士と言った――それは何処となくあの吸血鬼と同じ匂いがしたが、
と思考したら、やたらと吸血鬼に対しての評価が高い自分に嫌気が差してしまう。
そしてそれからは――ご機嫌を損ねたご令嬢と、無言の護衛任務が継続される事となる。
あいつはそれきり口を
なんか余計なパシリとかもそれきりになったが、正直無言は耐え難い……。
これなら吸血鬼といた時みたいに罵りあう方が――って、なんでここであの野良魔族上がりが出てくるんだし!?
それから延々一人で苦悶しながら、その日の護衛任務を終えるアタシであった。
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