ー騎士と天使ー

 2話ー1 名門ランスロット家

 ありきたりではある――が、大切な日常。

 そこに違和感しか浮かばない感覚が入り込む。


「いいですか?あなたは私の護衛を依頼された身。それはこの学園へ登校する際も含まれるのです。――明日からは、登校時においてもちゃんとお願いします。」


 白昼堂々――他の生徒が登校する中で、あいつはずけずけと言い放つ。

 今までは余計な詮索をされぬ様にと、普通の生徒にアタシの素性は隠していたのだが――英国ご令嬢はアッサリバラしやがった。


 あまつさえ任務の事まで口走る始末――つかこれ、本当にあのお偉い貴族集団ナイツ・オブ・ラウンズの身内なの?

 自分や組織の立場に、全く自覚が無い様に感じる。


「……ハイハイ、分かりましたよ。明日からは気をつけ――」


「それが依頼主に対する態度ですか?」


 うわっ、これマジでキレそう。

 何こいつ――何様のつもりなの?

 ご令嬢が聞いて呆れる――これじゃ魔族王位ティフェレトの後継者テセラの方が、遥かに大人だし……貴族だし。

 人間ってこんなにあさましかったっけ?


 朝の登校から、いきなりの険悪ムード。

 これじゃ学園生活の先が思いやられる。

 はぁ……アタシの平和――返して欲しいし。


 などとは口に出来ず、依頼主様に言われるままに――まずはその日の

 ――半ばヤケである。


 しかし――初日から最悪な事に、あのご令嬢が事あるごとにアタシを呼び出し命令してくる。

 いやアタシ、あんたのパシリじゃないし――護衛だし。

 ふざけてんの?としか思えない命令を飛ばしてくる。


 そして帰る頃には、あのご令嬢が寝泊りする要人用別荘まで送らされ――気付けば夜、もう初夏で日の入りが遅いから夜の7時を回っていた。

 ご令嬢さん?日本で女子児童は、こんな時間まで出歩いちゃいけないんですがね?


 まあアタシを襲う輩は半殺しで返り討ちだけど——

 と、いけない……アタシは主に仕える身、執行部隊とは言えそれは野良魔族相手の話だ。

 流石に不謹慎なので、懺悔ざんげをしておこう——主よ、不謹慎なる思考に至った我を許し給え……エイメン。


 盛大な溜息と共にようやくの仮住まい——見慣れたマンションへ辿り着く。

 無駄に高級な部屋へ向かい、ベッドに倒れこんだアタシはとにかく——


「疲れた……。」


 何が疲れたって、アタシはそもそも見知らぬ他人との接触が嫌いだ。

 別に人間が嫌いと言う訳じゃない——親しくなればなるほど、それを失った時を想像してしまう。

 アタシは僅かな昔——この世界の現状に心を殺されかけた。


 野良魔族が災害指定を受けるも、世界的にそれを十分相手取る対策も無いままに——歴史は歩みを進めていた。

 そんな中ローマは、ヴァチカン13課と言う執行機関の存在により野良魔族被害は非常に軽微に抑えられていたのだが——問題は、野良魔族に対応出来る名だたる機関は【神の御剣ジューダス・ブレイド】と三神守護宗家だけと言う現実だ。


 地球にとっての未曾有みぞうの危機であるにも関わらず、それに対応出来る機関がアタシの祖国と日本にしか無いのは笑い話にもならない。

 アタシに降り掛かった惨劇は、その世界的な危機に奔走する執行機関が、ヴァチカンの本拠地警備を手薄にしてしまった事が直接原因とされている。


「……それにしてもなんで、アタシを直接指名とかして来るんだし。ただの護衛なら他に頼める所はいっぱいあるだろ。まあ……師導学園への留学って時点で、アタシしかいないのは分かるけど——」


「つか——アタシは野良魔族撃滅専門だし。」


 堂々巡りする思考が途切れる頃——アタシは知らない内に深い眠りに誘われていた。

 そして次の日の朝——目覚めたアタシは不意打ちを食らった様な出来事で、思考が明後日の方向へブッ飛ぶ事となる。



****



『お嬢様、師導学園は如何でした?あそこは永き歴史の中、常に友好を築いてきた三神守護宗家管轄の学び舎——お嬢様のご期待に添えたと思いますが。』


 日本の東都心——東京湾を望む沿岸部、師導学園からは2kmほど離れた場所へ構えられた英国要人用の別荘。

 周囲は野良魔族対応とし――宗家が施した強力な退魔結界が、物理的な侵入者を防ぐ人工オリハルコン製の壁と共に張り巡らされる。


 内外の意匠としては、英国――その伝統文化を反映する作りと装飾で飾られる。

 数人のSPが交代制で監視を行う様は、正に要人御用達の屋敷。


「ええ、とても楽しめましたわ。魔力干渉を受けたと言う子供達も、何の支障も無く受け入れられ――日本と言う国家の器を思い知らされました。」


 幾ばくか年上と思しき声色こわいろの女性――その者と映像同時配信式の携帯端末で会話する、凜とした雰囲気の少女。

 カールした薄いブロンドの髪の毛先が、端末映像先の女性の言葉へ首肯する度舞い躍る。

 ここ英国要人御用達別荘――現在の滞在者の名はアセリア・ランスロット・ベリーリア。

 断罪天使の護衛対象である留学生だ。


 彼女は断罪天使や、その友人の八汰薙 若菜やたなぎ わかなと同学年――しかしその凜とした振る舞いは、どこかしら魔族の王女テセラを思わせる。

 ただ――美の世界ティフェレト第二王女が持つ慈愛の化身の様なオーラと異なり、いささかピリピリした重圧への抵抗とも思える仮初めの凛々しさとも映る。


『では暫くの滞在、お楽しみ下さい。それと――ヴァチカンから出向したエージェントへの出資の件、宗家の方への交渉をよろしくお願いします。』


 携帯端末先の声が、ヴァチカンの名を出した直後――少女の凛々しさの中に僅かな動揺が走る。


「……ええ、承りました。」


 短い肯定の返事を最後に、海外を跨ぐ重要通信を終了する留学間もなきご令嬢。

 別荘内でひと際広さと豪華さが体験出来るダイニングスペースで、短く――詰まらせた様に大きな息を吐き、ソファーにその身を両手で包む様に丸まって硬直する。

 大粒の汗すら額に滲ませながら、包まれた両手――そこへ僅かな震えが走った。


「私は……大丈夫、きっと大丈夫です。断罪の――狂気の天使と称されるあの娘に……だって……!」


 そこまで口にした留学生のご令嬢――両の手が一層震えだす。

 ご令嬢が、何かを恐れる様に身体を強張らせる要因――それは、断罪天使と言われる少女がに放つ

 断罪の少女は今でこそ、親しくなった者にはまずその狂気を向ける事は無くなっているが――かつては監視対象であった魔族の王女へすら、その魂すら引き裂かんとする狂気を惜しみなく叩きつけていた。


 それに耐える事が出来る者はごく限られた者、美の世界ティフェレト第二王女は言わば例外――その血統に魔界で名だたる魔王の一人と畏怖される、魔嬢王ミネルバと同じ血を有していたからに他ならなかった。

 断罪天使の放つ狂気の威圧は、並大抵の人間に耐えられる物ではないのだ。


 留学生であり――【円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ】機関が一家、ランスロット家にて現在仮当主を名乗るアセリアと言う少女にとって……それは狂気の魔王とも取れる存在と、たった一人で対峙しているのと同義である。


 彼女が日本での護衛に断罪天使指名した理由の本質は、まさにそこへ集約されている。

 ——断罪天使の狂気に打ち勝たねば、気高きランスロット家の当主など名乗れない——

 アセリアと言う少女もまた——己が背負う使命の重圧と、命懸けで戦う少女であったのだ。



****



 ——世界は【アリス】によって管理される。

 それは機関が立ち上がった古き時代の頃から、誰もが当たり前の認識として持ち得ていた。

 【アリス】は星の歴史と技術の管理者でもある【観測者】としての側面も持ち、人類はそこから与えられた啓示に従い――世界を繋ぐ紡ぎ手とされていた。


 しかし、事件は起こった。

 一部の【観測者】の技術管理に抗う者が、その技術を独占利用するためにある場所を襲撃した。

 その場所は古来――数億年前に在りし神世の時代より、星を見る者アリスが座するL・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーに包まれた古代遺跡。

 あろう事か彼らは、青き大地を見守り続ける星を見る者アリスをその遺跡の台座より連れ去り――人体実験と称してを切り刻んだ。

 つまりは人類が、【霊格存在バシャール】と言われる星を見る者アリスの力を奪ったのだ。


 愚かなる不逞の輩――その中には、円卓機関と袂を分かち星を見る者アリスの意志に背く組織へ取り入った者も存在した。

 その事態は私達機関全体の地位失墜に繋がり、一時は星を見る者アリスと言う存在との繋がりすらも危うくなった。


 今でこそその地位は復権を見せているが、当時の事件の発端は機関を代表するアーサー家以下の各家に造反者を諌めるだけの充分な力が不足していた――即ち、星を見る者アリスを失う直接原因は【円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ】機関全体の力不足として突き付けられたのだ。


「私は……同じ過ちを繰り返す訳にはいかない。アーサー家が後ろ盾となる今――私が継がなければならないのは、【なんだ!」


 世界崩壊の引き金を引いてしまった者として、私は老いた先代――父の意志をすぐにでも継ぎ、アーサー家と並ぶ気高き円卓騎士団ナイツ・オブ・ラウンズの代表として世界へ示さなければならない。

 ――円卓の騎士は健在であると。


 そのために――断罪天使の少女と付かず離れずの生活によって、彼女の狂気に打ち勝つ。

 幼き頃から泣き虫で――事あるごとに逃げ出す様な私はもういらない。

 あの断罪天使がどれだけ狂気を振り撒いても――私は絶対に負けられないんだ。


 だから私はさらに踏み込んだ接触を試みるため――明日、それを決行する。

 由緒正しき騎士の誇りのために――

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