1話ー5 任務と言う名の試練

 英国機関、ランスロット家のご令嬢は当主様――それが学園へ留学・編入して来た経緯は、現状仮当主である彼女が国際交流を口実に学業と職務を両立させる狙いだそうだ。

 この日本では三神守護宗家と縁がある機関――宗家側もそれを断る理由などはなかった。


 さらには主の力の代行者ジューダス・ブレイドもアタシと言う存在が関係し、なお複雑な実情が発生していた。


 エルハンド様が言うにはこうだ。

 本来アタシは機関の中での扱いが異例――ヴァチカンの本拠地からは、アタシを機関のエージェントへ投入する事は否定の声が上がっていた。

 それはきっと当然の反応だろう。

 そもそもアタシは世間では小学生、おまけに凄惨な過去により極めて不安定な精神――そんな事は自分でも分かってる。

 けどエルハンド様率いる隊の皆が、アタシのためにヴァチカンを説得――晴れてアタシは【神の御剣ジューダス・ブレイド】機関の一員となる。


 しかしそこに提示された条件――そこへあのお偉い貴族集団ナイツ・オブ・ラウンズが関係していると言う事だった。

 つまりはアタシを養い派遣するだけの予算までは出せぬ――と言うヴァチカンの代わりに、【円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ】機関がその予算を出しますよ――それがアタシを取り巻く現状となる。


 それこそ一介の小学生児童を養う程度であれば、こんな面倒な事態は起こりえない――が……アタシは機関が誇る最強の一角として、世界を任務で飛び回る野良魔族撃滅専門のエージェント。

 それに加えて任務上学園へと通う必要があるなど、そこへ発生する経費は途方もないはずだ。


「分かってはいたけど……この世界は完全に金――なんだな。」


 子供ながらに思うが――今まで、機関の皆に全ての面倒を見て貰っていたから考えもしなかった。

 だけどそれはあらゆる国――果ては宇宙へ進出する時代では、至極当然でもあった。

 アタシは魔族を撃滅するための、魔法少女マガ・スペリオル・メイデンシステムと言う力を持っているだけ――それ以上は本当に、何にも知らない子供でしかなかったんだ。


「けど……なんでこんなタイミングで、英国ご令嬢が関わってくるんだし……。勘弁してよ。」


 いつものヴァチカン日本支部管轄マンション。

 最近少し馴染んできた殺風景な部屋の中――飾り気の無いベッドに横たわり、うつ伏せてただうめくアタシ。

 任務開始はすでに告げられているが、その前に諸用準備として非番を儲けて貰った。

 という事で今日は、しばらくの間得られないであろう貴重な日曜休みだ。


 どうせ任務が終わればすぐ退去すると踏んでいたため、この部屋には基本衣食住に必要な生活用品しか常備していない。

 それでも充分すぎるぐらいの室内設備――普通に広い4LDKに大きなベランダ付きの、高級感極まる上質な部屋。

 つか――初等部に通う少女の一人暮らしに、これは余りあるだろうと思う豪華さ。


 そもそもそんな所に、未成年が一人で居住できるはずもないのだが――そこは流石のヴァチカンと言った所、どんな手回しをしたのやらだ。


 確かに何も無い――そんな中、元々備えられた50インチクラスのテレビジョン用モニター(使わないし)のラック横……唯一日本滞在中に増えた雑貨に相当する物がアタシの目に入る。

 のそっとベッドを降りて開けた通路からリビングに向かい、その増えた物――アタシの大切な友人達と撮ったプリクラなる物を見つめてしまった。


「テセラ……あいつは元気でやってんのかな?……ああっ!?吸血鬼邪魔だし――つかあいつ、写真に写んのかよ!この世界の吸血鬼観からすればブッチしてるよな。」


 成り行きではあったが、記念にと撮ったこれは地球と魔界衝突回避がなってから少し後――学園帰り道でテセラの魔界帰郷が決まった頃、ゲーセンなる場所で撮ったアタシの数少ない宝物だ。

 そこにはテセラを中心に、ベッタベタにくっつく若菜わかな桜花おうか――アタシはちょっと恥ずかしかったんだけど、今思えばテセラにもっとくっついておけばと思った。


「くっ……あの吸血鬼、アタシよりくっついてんじゃないか!今気付いた!……今度会ったら撃滅してやる!」


 などと――傍から見れば、言葉とは裏腹の完全なの恨み節を吐き捨てていた。

 そのせいで、部屋に鳴り響くチャイムの音も聞き取れぬ始末。

 結果、アタシがいる事を確認し――アタシの許しも無く部屋へ突入して来た、全くの無防備をさらしてしまう。

 正確に言えば、だが……。


「あれ~、アーエルちゃん……これは~~☆」


やね~~☆」


「――ファッッッ!?」


 プリクラなる物を注視し過ぎ、完全に警戒を怠ったアタシを襲ったのは――可愛くも騒がしい、今日本を祖国とする大切な友人達……若菜わかな桜花おうかだった。

 油断の余り完全に背後を取られる不覚――その瞬間の自分を呪いたくなった。

 なので、その油断を誤魔化す方向で背後を囲む友人へ――決死の弁明を言い放つ。


「……つか、何でいるし!?ってこれは、べべ……別に……テセラが恋しいとかそう言う――はっっ!?」


 ガラにも無くパニくったまま、指をビシッ!と闖入者へ突き立てるが――パニくり過ぎて墓穴を掘るアタシ。


 かく言うこの二人はこの場所を知りえている。

 たまに訪れては、三人でささやかな女子会をアタシと打ち解け始めた頃から開催しているのだ。

 当然アタシは巻き込まれる形だが。


「ちゃ、ちゃんとチャイム鳴らすし!?あと勝手に入って来んなし!」


「えぇ~~?何回も押したえ~~?もしかしてアーエルちゃん……プリクラに夢中んなっとって気付かんかったんやあらへん?」


「違うよ、若菜わかなちゃん!夢中になってたのはテセ――」


「ち、ちがーーーっ……いや、だからこれは……!」


 と、桜花おうかがドストライクな個人名称を口にしそうになり――慌ててブンブン手を振り回して全否定してしまう。

 ……ほんとに最近のアタシはどうかしてる。

 こんな事は今まで一度も無かったのに――この可愛らしい友人達と、素敵な魔族の王女と出会ってからは自分が自分じゃ無くなっていく気がする。

 あと、一応追加してやる……吸血鬼もだ。


 そこまで思考し――違う――と否定の結論を出す。

 これは……アタシがきっと求めていた物――あの野良魔族の惨劇によって全て失ってから、二度と手に出来ないと諦めていた世界。

 ――アタシの平和な日常そのものなんだ――



****



 ふける日常の甘い思い出の最中。

 不意を突かれた断罪天使を強襲するは――彼女とすでにキラキラお花畑を共有する程に気心が知れた友人達。

 魔界は美の世界の第二王女が帰郷を果たしてからは、三人での催しとなるささやかな女子会。

 二人が持ち寄ったスナック菓子や、ドリンク――甘いスイーツで賑やかに過ごすひと時。


 これが一般女子児童であるなら、むしろ普通に営む日常かも知れない。

 しかしそこに集まるは、ほんの一ヶ月と少し前――地球と魔界衝突と言う滅亡目前の事態へ、命を賭して向き合った戦う魔法少女達。

 唯一黒髪はんなり少女はその括りではないが、彼女もいずれは日本が誇る三神守護宗家の一家を担う未来の当主。

 【天楼の魔界セフィロト】へ帰郷した、美をシンボルに持つ【ティフェレト】王位継承権第二位――ジュノー・ヴァルナグスこと姫夜摩ひめやまテセラと、その少女と共にある赤き吸血鬼レゾン。


 過酷極まりない非日常――そんな激動の日々を送ってきた少女達にとっては、人生でも掛け替えの無い時間。

 その点で言えば導師側に付き駒として扱われた挙句――地球滅亡の人柱にまでされた赤き吸血鬼と同様に、野良魔族によって親家族や友人の全てを眼前で……見るも無残に惨殺された断罪天使。

 彼女らにとってそのささやかな時間は、奇跡が舞い降りたかに思えただろう。


 傍目には恥ずかしがり、本音では無い言葉を放つも――悲劇を乗り越えた断罪天使にとって友人達との日常は、その心へ大きな変化をもたらすキッカケになっていた。


「ねえこれ!人造魔生命災害バイオ・デビル・ハザードの時は被害を受けて滅茶苦茶だった都心の下町の――やっとお店が営業出来るぐらいに復興してたんだよ。だから若菜わかなちゃん達と食べようと思って、あぎとさんに買って来て貰ったんだ~~☆」


「ほんまに~~?それがこの、一口サイズの華やかなカップケーキゆーことやね。……なんや、頬がとろけそうな香りおすな~~☆」


「はぁ~、相変わらずそういうのには目ざといな、あんたら。そんな事で綾城さんSPまでパシリに使うなし……。――あっ、それアタシが食べる。」


「ふぇ~~!それ私が食べようとしてたのに~~!アーエルちゃんメッチメッチ!」


 殺風景であったはずのマンションの一室――そのテーブルへ所狭しと並べられたお菓子にスイーツ、甘いドリンク……それに舌鼓を打つ戦う小さな少女達。

 いつもの様に開かれた女子会――ただ、この日友人達が訪れたのは別の理由を有していた。

 それは彼女達が、互いの持つ大きな使命を十二分に理解しているからこその余計なお節介である。


「ところでアーエルちゃん、護衛の件――明日からだよね?」


「ぶふぁっっ!?」


 と、いきなりの任務ネタが飛び出し――断罪天使の口に入れたお菓子が、お年頃の女子にあるまじき勢いで噴出される。


「ちょっ!?アーエルちゃん、お行儀悪い――っていうか!」


「ごほっ、ごほっ……お、桜花おうかがいきなりそんなネタ振るからだし!ああっ、もう……アタシのお菓子が!」


 むせ返る断罪天使と、まさに噴出したお菓子のターゲットサイトにロックされていた、クサナギの小さき当主が悲鳴を上げる。

 被害の無かった黒髪はんなり少女はその状況を見てぷぷっ!と他人事の様に笑いを堪えていた。

 実害が無いので正に他人事か。


「はぁ……若菜わかなだろ?桜花おうかに話したの。せっかく楽しくて、その事を忘れかけてたのに――今日一日ぐらい忘れさせるし。」


 友人とて意味も無くそんな話を振ったりはしない。

 断罪天使も理解している。

 今日の女子会は紛う事無き自分へのお節介であると。


「明日からだけど、どの道学園には通うし。……まあ、ご令嬢あいつが重要所へ出かける時は学園も休み取らないとだ――暫くの間、自由には行かないだろうな。」


 そこまで口にし間を置く断罪天使――ふと二人の素敵な友人を見て、照れた様にそっぽを向き――


「その……ほんと楽しかったよ。……ありがと……。」


 最後の方は完全に聞き取れぬほどに、

 それでも――二人の友人には十分だった。

 狂気しかその顔に浮かべた事の無い、惨劇から立ち上がり――前を向いて歩む少女の、精一杯の感謝と知っていたから。

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