1話—4 断罪の少女と英国令嬢

 初夏の夕刻は未だ日が高く、日差しに焼かれたグラウンドが滲む汗を生む。

 中等部以上の学年では部活動に励む生徒で溢れ返る学園校舎。


 初等部ではすでに下校時間だが、併設される中等部先輩を一目見ようとする一部の生徒が、「下校時間ですよ!」と先生に追い立てられていた。

 名門の名で通る師導学園——傍目は良くある一環の女学校と大差無い。

 そこから来る女子の結束は、初等部・中等部・高等部ともに強い——が、それが集約されるベクトルは、背後にお花畑が咲き乱れる方向である。


 中等部以上のいささか偏った結束の波が、初等部の女子児童まで及び——放課後以降は各所で、仲良くお花を咲き乱れさせるのが定石になっていた。


 百合が百花繚乱する風景を尻目に、二人の少女が学園の中央に当たる建物へ訪れる。

 そこは各部門の教員室が集約された施設だが、所々に陰陽の紋が描かれ——よく見ると、驚く程に物々しさが伺えた。

 三神守護宗家が運営する師導学園は、単に人造魔生命災害の被害者である子供達を保護・教育する場所ではない。

 有事の際——対魔殲滅行動を取れる設備を備えた、守護の砦の役目を持っているのだ。


「失礼しますします……。」


「失礼しますえ〜〜。」


 彼女らが訪れたのは、通常の教員が在籍する部屋では無い——分厚い両開きの扉上、掛かる表札は〈理事長室〉である。

 ただ、そこに本来呼び出しを受けているのは二人ではあるが、銀の御髪みぐしを揺らす少女の隣り合う——俗に言う野次馬だった。

 重々しい音と共に開かれる扉——部屋の中央には笑顔を振り撒く、理事長と言うには若々し過ぎる美貌……否、どちらかと言えば可愛らしい女性が深いソファーへ腰掛けていた。

 その理事長のデスク前に立つ少女が、開いた扉に反応して振り返る。


 薄いブロンドが腰まで伸び——毛先が幾つものカールを描く。

 振り向く動きに宙を描くカールのブロンドが、制服下の薄い黒のレースと共にふわりと舞い踊る。


 大きく——少々キツめの印象が浮かぶ碧眼と、欧州系女子らしい真っ白な肌。

 ただの女子児童では無い——端々から英国貴族の様な気品が、この幼き頃から漂う留学生の少女。

 理事長室へ呼び出された二人の内の、本来の一人——アセリア・ランスロット・ベリーリアであった。


「あっ。アーエルさん待ってました……って若菜わかなちゃん?は、呼んでませんよ?野次馬ですか?」


 確実に余計なお客の到来に、訪れた理由を悟りながらあえての質問を送る理事長の女性。

 想定済みが想定通りに飛び込んできたため、眉根を寄せて嘆息——困った表情で目を伏せる。


「野次馬おすえ〜〜☆」


 何の悪びれも見せずに、あっけらかんと答える黒髪はんなり少女——ハシッ!と銀髪の友人の腕へすがり付く。

 すがり付かれた断罪天使も、理事長長先生の如く嘆息——そして弁明する。


「ああ〜〜、アタシが了承したし……。許可してあげて下さい、理事長先——」


 と、断罪天使が言い終わる前——様子を黙しながら伺っていた留学生が、断罪天使に向けて言い放った。


「この様な方で私の護衛が務まるのですか?」


 声色は鈴の音、会話に合わせた流暢な日本語——しかし、そこには痛々しい程のトゲがまぶされる。

 視線も確実に疑念と軽蔑を乗せる——これがならば、その威圧で泣き出してもおかしく無い程に。


「……あぁ?何だし……、アタシに言ってんの?」


 だが相手は、かの主の力の代行者ジューダス・ブレイドが誇る断罪天使——それが任務にあたる護衛対象である事も脳裏からぶっちぎる、久々の狂気の踊る表情で売り言葉への買い言葉をご披露した。


「ハイハイ!お二人とも仲が良いのは結構ですが、護衛対象と護衛を請け負う側——初対面からそれをは控えて下さいな。」


 パンパンと手を打ち、理事長先生が仲裁に入る。

 断罪天使以上に、今の護衛対象である少女の威圧――それを何もなかったかの様に、事を治めにかかるこの先生も大概肝が据わっている。

 日本が誇る伝説――【日の都の暁ライジング・サン】の名は伊達では無い。

 元々彼女は、伝説の中でも積極的に戦闘に参加した経緯はごく僅か――むしろその大半が、雑務を兼任したバックアップ担当であったと言う。


 彼女が事件に巻き込まれた学生時代――当時かの伝説達と共に戦っていたのは、たった一人で雪花を支えていた兄である。

 早くに両親を亡くしたため、生まれつきの重い難病に回復の兆しも見込めなかった雪花に兄が常に寄り添い――闘病に掛かる資金までも工面していた。


 ただ――資金そのものは、まじめな稼ぎによるものだったその兄は、近隣では恐れられた暴走族の頭。

 その筋の方からの呼び声も後を断たなかったと言われる、札付きのワルである。

 しかし二人が住む家へ、たまに訪れる暴走族共にとって――彼女が唯一のオアシスでもあった。

 彼女を支えようとする族らのおかげで、むしろ暖かいぬくもりの中で生きる意志を保っていたと言う。


 確かに覚醒による老化遅延の影響があるとは言え、五十代で少女の様なあどけなさがほとばしる可愛らしい女性――今でもオアシスは健在であると言えよう。


「では……まぁ一人野次馬が混じってますが、次期当主の経験と言う事で宗家へも話を通しておきます。――ヴァチカン、【神の御剣ジューダス・ブレイド】エージェント……ヴァンゼッヒ・シュビラさん――」


「ローマはヴァチカンでおられます、オリエル・エルハンド卿よりの指令を仲介します。本日を以って彼女――英国は、【円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ】機関がランスロット家令嬢……アセリア嬢の護衛を命じます。」


 ヴァチカンよりの指令が、師導学園理事長――皆樫 雪花みなかし ゆっかの口から告げられた。

 これは通常魔族撃滅の任を含めた指令を、宗家の代理と仲介の資格を持つ学園理事長を中継し、三神守護宗家――引いては日本との、特殊脅威防衛条約の上での正式な命令として扱われる。


 特殊脅威防衛条約は、人造魔生命災害以後――度重なる幾多の人外との抗争や、それが関与した災害に対して設けられた条約。

 世界中で跋扈ばっこする災害指定を受けた野良魔族――それに対し地球上のあらゆる組織が、その手を束ねて立ち向かう地球規模防衛機構の姿であった。


 が――ヴァチカンよりの命、それもエルハンド卿と言う親愛なる上司からの勅命。

 断罪天使は聞きえていなかった――否、それは聖騎士が意図して秘匿した内容であろう。

 彼女は個人的な諸事情により英国を――正しくは、お偉い貴族集団ナイツ・オブ・ラウンズと言う存在を敵視していた。


 だがこの指令は、断罪天使が嫌悪すら覚える【円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ】代表のご令嬢――彼女がを護衛する任である。


「……ナ……【円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ】機関!?」


 少女の心がガクッと、膝ごと折れる様に崩れ落ちた。



****



「どういう事です、エルハンド様……。アタシが英国嫌いなの知ってるじゃないですか。それがよりにもよって――あのご貴族集団の代表者護衛って……はぁ。」


 恨み節を響かせる断罪天使ことアタシ――そこは学園に住む間の仮自宅、ヴァチカン日本支部管轄のマンション。

 もう自分で受ける事にしてしまったため、ただうめく事しか出来ないアタシは親愛なる恩師にひたすら愚痴る。

 それを必要以上に咎める事もなく、携帯端末の先で聖騎士あの人は受け答えしていた。


『ああ、承知している。……悪く思わないでくれ、これは君にとっても関係のない話ではないのだ。』


 と言われても、アタシ的には英国に厄介になった覚えなど一度も無い。

 そもそも自分はあのお偉いご貴族集団が嫌い――と言うより、馴染めないのだ。

 彼らが偉いと言うのは分かるが、アタシの知る歴史上では大した活躍をした記憶なんて存在すらしない。

 10年生きたかどうかのアタシが言うのも何だけど、少なくともその辺の小学生に比べればすこぶるハードな人生のはずだ。


 だからだろうか――英国機関がいったいどれ程の物かと思うのかも知れない。

 少なくともアタシは、三神守護宗家の方が好感も持てる。

 何せ宗家の大人達は、テセラのために全てをなげうった全力の支援を惜しまなかった。

 同じ世界救済と言う舞台で、共に命を懸けたんだ――彼らを蔑む理由なんてどこにもあるはずが無かった。


「それに何なのあいつ。……ご貴族様騎士会を笠に着た様におごたかぶって、対面早々険悪さ全開だったんですけど?流石にアタシもやってられないっつーか――」


 聖騎士様が言い淀んだ。

 それは事実だったし、さっきから愚痴が何だか止まらない。

 もしかしたら、慈愛の王女と会えない不満が知らず知らずの内に暴走していたのかとも思う。

 そんなアタシへ向けて、先に言い淀んだ親愛なる上司――エルハンド様はおもむろに、重要事項を口にする。

 重要事項それを突きつけられたアタシ――それはもう激しく肩を落としながら、言葉を失ってしまった。


「彼女が君を指名して来た理由――それはあちら側から、【円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ】機関の一家、ランスロット家の現当主であるご令嬢が――」


「自分がの人となりを、見定めたいと言う経緯からの護衛指名なのだ。」


 放たれた聖騎士様の言葉が衝撃のあまりぐるぐる回り――それ以降、一言の返答で携帯による海外間通信を終了してしまうアタシであった。


「……なん……なの、それ――」

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