1話ー3 円卓の騎士会ご令嬢

 「はい皆さん……今日から少しの間でありますが、一緒に勉強する留学生を紹介します。では入って下さい――」




 今日もささやかで物足りない学園生活任務のひとコマ――耽るアタシにパタパタと駆け寄って来る少女。

 すでに登校しクラスの朝礼時間まで、廊下と校庭を遮る窓際で、グラウンドを眺めてうつな任務に嘆息しながら項垂うなだれるアタシにガバッ!と覆い被さるはんなりな元気が売りの少女――「ウザイし……」と言いながら好きにさせてしまう。

 テセラと関わり始めてから、仲良くなった同じクラスの同級生。

 クラス内でも、極力他人と無用の接触を避けていたから――もうほんとに最近の事だ。


「も~、そない言わんと。アーエルちゃんいつも委員長の仕事忙しそうやから、こうやってハグできひんし……。堪忍や~☆」


 テセラが魔界へ帰郷してからと言う物、いつもこの調子でベタベタしてくる黒髪はんなり少女。

 三神守護宗家が第一分家――八汰薙やたなぎ家に育てられるは、次期サヤカニ当主候補である八汰薙 若菜やたなぎ わかな

 特徴的なその御髪みぐしは前を切り揃え、遅れ毛を後頭部に回し同じく切り揃えた後ろ髪と合わせて束ね――そこへ大きなリボンを額やや上で飾る、何ともインパクトのあるヘアースタイル。


 黒髪ではある――しかしその瞳は血の様な深紅。

 聞けば彼女、この地球の最終大戦の最中……歴史上最悪の状況を覆すため――自ら必要悪となり、世界を強引に束ねた強大な存在。

 その後世界への反逆者として追放された、悲劇の英雄と呼ばれる者の娘との事である。


 父の名はルーベンス・アーレッド――母の名はユニヒ・エラ。

 そしてその血を受け継ぐ彼女の真の名は、アイシャ・エラ・アーレッド。

 しかしそれを知ってなお、宗家の大人達は彼女への愛情を惜しまない。

 それは何処どこかアタシの境遇――いや、アタシ達のそれに近いのかも知れない。


「はぁ~、あんたも大概テセラの時は抑えてたのな……。あいつがいなくなった途端にこれって――つか、アタシが迷惑だし!そしてウザイし!」


 若菜わかなは同じクラス――勿論テセラも同じクラスだったが、どちらかと言えば彼女はテセラにべったりだった。

 だからアタシも、エルハンド様から受けた任務に集中出来たってのもある。

 けど――新たな任務……それもかなり億劫おっくうになりそうなのが控えてる今は、嬉しさ半分ウザさ半分だった。


「うん……、せやね。もっとテセラはんと、仲ようしたかったな……。」


 あれ?

 アタシこれ……まずいスイッチ押した?

 何か見た事もないぐらいに落ち込んだし――いや違う、この感じに覚えがある。

 あの地球滅亡を回避する戦いの折――あの魔導超戦艦【大和】の医務室で見た時の感じだ。

 テセラを覚醒させるため、宗家が超戦艦へ若菜わかなを呼び寄せたあの時。


 思い出したくはないけど、アタシもテセラが魔法力マジェクトロンをみるみる枯渇こかつさせる姿にどうしようもない不安と恐怖を覚えたから。

 でも黒髪はんなり少女にとっては、きっとそれ以上の絶望が襲い掛かっていたかも知れない。

 アタシは両親の記憶も、優しさも覚えていない――けどこの子には、僅かにその記憶が残っていると言う。

 そしてその両親は、地球と言う世界から追放されたのだ。


 家族を失うと言う恐怖と絶望が、アタシとは違うベクトルで精神の奥に刻まれている。

 最初からないよりも――持っている物を失う方が、悲しさも恐怖も桁違いのはず。

 その考えに至った時――アタシは正直得意ではないけど、思わず口走っていた。


「……あの~、あれだ!大丈夫、そんなに落ち込む事ないし!テセラも事が済めばきっと――ひょっこり帰って来るはずだし……!だからあんたも――」


 本当にこんな事は初めてだ――根拠も何もなさ過ぎだし。

 いつも野良魔族と言う存在を撃滅する事だけに、思考を研ぎ澄ませていれば良かったんだ。

 それが今じゃ、いろんな奴に気を使い過ぎて――正直ホントに疲れているのが本音だった。


 その言葉を放ったアタシ――それをまん丸な目を見開いて、凝視する黒髪はんなり少女に気付くのが遅れてしまう。

 ――えっ?アタシが何か変な事言ったか?

 浮かんだ疑問をぶつけようとしたら、今落ち込んでたはんなり少女が噴き出した。

 それも盛大に……。


「ぷっ……!あははははっっ!何か新鮮や~~、まさかアーエルちゃんに慰められるやなんて!あははっ……苦しっ☆」


 ちょっと待つし!――それは流石に失礼だし!

 そんな大笑いする事じゃないだろと、久しぶりに狂気のアタシが鎌首をもたげそうになった時――未だ抱きつく黒髪はんなり少女の手にぎゅっ!と力が込められた。

 そして――


「……うん、おおきにな?アーエルちゃん。ウチには今、アーエルちゃんが付いてくれとる。」


 アタシの背に深く顔を埋めながら、今大笑いしたはずの少女から――心細い吐露が零れてくる。


「それだけやない……桜花おうかちゃんもおるし。テセラちゃんも心配やけど――向こうにはレゾンちゃんがおってくれはる……。」


 そして少し元気を取り戻した不安に揺れた少女が、アタシへ満面の笑みを見せてくれた。


「もう大丈夫や。ほんまに、おおきにな……アーエルちゃん。」


 完全ではない――けど、アタシの言葉で随分心が軽くなったのか……いつもの若菜わかなに戻ってくれた。

 そうじゃなきゃ困る――テセラが戻って来るまでの間にこの子を落ち込ませたら、あの慈愛の化身――どんな悲しい顔をするか知れたもんじゃない。


 気持ちを取り直した友人を見るアタシの視界に、朝礼のために教室へ来た先生が映って――

 あれ?理事長――先生?



****



「と言う事で、今日からこのクラスへ一時的に留学させて頂きます。英国はロンドンからやって来ました……アセリア・ランスロット・ベリーリアです。よろしくお願いします。」


「はぁっ!?」


 どういう事だし!

 あの名前、エルハンド様が言ってた――

 いや、待て待て待つし!

 護衛任務の対象が何でクラスに編入して来てるんだし!?


 衝撃のあまり、椅子を後方に弾きながら立つアタシ――思わずクラスの注目を集めてしまった。

 つか――理事長先生こと雪花ゆっか先生が珍しく教室に来たと思ったら、何のドッキリですかこれは!?


「ア、アーエルちゃん!?どないしはったん……?」


 クラスではアタシの後ろに座る黒髪はんなり少女が、目の前で飛び跳ねる委員長アタシへ――紅いはずの目を白黒させて問い掛けてくる。


「あぁ、ごめんなさいねアーエルさん。連絡がまだでした……てへっ☆」


 可愛らしすぎる五十代の理事長先生――それを如何いかんなく発揮する、テヘぺろポーズが炸裂した。

 おいっ……理事長先生あんた知ってたし!?

 今のは委員長のアタシじゃない――ヴァチカンのエージェントのアタシに向けた言葉だぞ。


 近代的に各机へ備わるタッチパネル式PC――そこからの情報を集約出来る、吊り下げ式大型モニターの前。

 居並ぶ編入生とやらと、理事長先生こと皆樫 雪花みなかし ゆっか先生。

 この先生は数十年前――地球と日本を救った英雄、【日の都の暁ライジング・サン】と言われる存在の一人。

 その見た目が年齢にそぐわぬ程若々しいのは、この世界における【覚醒者】と呼ばれる上位人類に目覚めた事が起因している。


宇宙と重なりし者フォース・レイアー】と呼ばれるそれは宇宙と言う世界に適合した存在。

 肉体的・精神的に覚醒するその上位存在は、遺伝子レベルでの変貌を遂げる。

 それにより体細胞の老化に遅延がかかり、宇宙時間においての寿命が遅延するのだ。

 けど、その寿命が遅延すると言う事象は決して楽観出来る物ではなく――それは同時に命が生きる上での厳しい試練が増加する事と同義である。


 てへっ☆でごまかした、かく言うこの先生――実は車椅子を必要とする。

 これは先生の学生時代までさかのぼり、難病を抱えていた時の名残と言う。

 最近はリハビリで歩行しているのだが、傍目には分からぬ最新の歩行補助機械を装備しているらしい。

 特に学園内――生徒の前に立つ時は、皆の顔をしっかりと見据えたいと言う願いから……車椅子を離れる様にしているそうだ。

 全くテセラや桜花おうか――それに若菜わかなの慈愛はこんな所からも育まれたのだろうと、感嘆を禁じ得ない。


「アーエルさんはクラスの委員長として、詳しい詳細をご報告しますので――放課後、アセリアさんと理事長室まで来て下さいね。これは天のご加護です☆」


 〈天のご加護〉――これはエージェントであるアタシに向けた暗号だ。

 クラスの皆にはアタシが天使の様に可愛いからとか、謎の言い包めで煙に巻く事に成功した先生。

 つか――クラスもそんな事で納得するなよとのアタシの突っ込みを他所よそに、それ以上踏み込んで来る者はいない。

 一部を除いては――


「わあぁ、アーエルちゃん天のご加護頂いたな~。ウチも、お呼ばれしてかまへん?」


 うん……知ってたし。

 アタシが暗号で呼び出された場合、先ずそこに関係する――或いは関係出来る人間が首を突っ込んで来るのは分かってた。

 その筆頭が若菜わかな桜花おうかだ。

 テセラがいた頃はむしろ、その暗号が示す任務の先に魔族云々の内容が関わっていたため――当の本人である魔族の王女殿下は蚊帳の外だったが。


「遊びじゃないんだぞ?まあ……いいけど。」


「分かってるえ~。おおきにな、アーエルちゃん☆」


 弾いた椅子を直しながら、小声で黒髪はんなり少女に釘を刺す。

 若菜わかなもあの地球と魔界防衛作戦では、戦わずともその前線で全てを見届けた。

 何より彼女には、ヤサカニ家次期当主と言う過酷な運命がチラついている。

 だからこんな事でも、彼女にとって良い経験になるかも知れない――アタシは最近癖になってきてる、友人へのお節介で渋々彼女の同席を承諾してしまう。

 ああ――また対人的なストレスがじわじわと上がり始めたよ……若菜わかなだからマシだけど。


 けど――そのやり取りの最中、理事長先生に指定された席へ向かう者。

 今しがた留学して来たと言う護衛対象のご令嬢が、鋭い視線でこちらをめ付けていたのを――アタシは気付く事もなく、その日の授業に身を委ねていた。

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