1話ー2 その任務は唐突に

 人造魔生命災害という未曾有みぞうの事態から以降——多くの争いに巻き込まれる中、世界に溢れる野良魔族と称された人外の害獣被害。


 一度は滅亡しかけたその地球ほしに、その被害から身を守る術は限られていた。

 L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー——世界を滅亡寸前まで追い詰めた争いに関与した技術は、【観測者】を初めとした技術管理を行う為に組織された機関によって著しく制限される。

 一説によれば文明の歴史が二世紀分は後退したと言われる程だ。

 そこに来て先の地球と魔界衝突による滅亡の危機と言う、人類の予想の斜め上を行く事件勃発——技術制限に対する見直し検討を余儀なくされていた。


 訪れた事件解決に一役買った存在——天楼の魔界セフィロトを故郷に持つ少女テセラ。

 魔界との衝突を回避し、主犯格――魔界の造反者であるギュアネス・アイザッハの計画を阻止した彼女は、多くの者に支えられ事を成したとされる。


 その事件解決には裏方として協力を申し出た組織——某国ローマはヴァチカン13課も含まれる。

 聖騎士オリエル・エルハンド率いる執行部隊【神の御剣ジューダス・ブレイド】——日本が三神守護宗家により運営される国立師導学園へ派遣されたエージェント、アムリエル・ヴィシュケの所属する部隊である。


「はあっ!?—―ちょ、エルハンド様それは……!?」


 アムリエル・ヴィシュケ——エージェント名であるヴァンゼッヒ・シュビラと呼ばれる少女は、唐突な任務指示に青い筈の目が白黒する勢いで声を上げた。

 透き通る銀の御髪みぐしは片側おくれ毛を三つ編みで結い、後頭部より肩甲骨まである髪を上げて纏め——うなじを露わにする欧州系白人少女。

 唐突過ぎる任務を携帯端末で耳にし——耳を疑った。


 最近までは同級生友人間でも、取り繕った様な人格を演じていた彼女。

 地球と魔界滅亡の危機防衛以降は、それにも疲れたのか本来持つ表情——彼女の過去に起因する狂気がにじむ表情を何の躊躇ちゅうちょもなく振り撒いていた。


 しかし幸いな事にも師導学園という学び舎は、本来人造魔生命災害後の魔力干渉と言われる被害にあった子供を保護し教育する関係上——意外にもその程度の人格破綻者は日常的に溢れていた。

 そのため断罪天使の少女がさしたる影響もなく、毎日の授業を受けられると言う点ではヴァチカン側――その任務を指示した聖騎士の見事な采配であったとも言えるが。


『君も先の事件で成長した頃合だ。そろそろ別件を任せてみてはどうかと思ってね。――ただあくまでこれは、君の心の面でのリハビリも兼ねた任務ではある。』


 アムリエルは現在日本滞在中――すでに最初の任務であった魔族である王女テセラの監視は、その対象が魔界へ帰郷した事で一旦の終了を見ていた。

 しかし事はそう単純ではなく、地球と魔界衝突回避と導師ギュアネス討伐を成し遂げた日本が誇る防衛組織――三神守護宗家は完全に疲弊していた。

 だが野良魔族と言う害獣被害に終わりは無く、とてもではないが今の宗家の実情――それらを相手取る体力が残っていない現状があった。


 そこでもち餅屋もちやと言う事で、本来それが取るべき任務であるヴァチカンの対魔執行部隊へとお鉢が回って来た次第である。

 そのためアムリエルは、学園での学業も兼ねて帰国を延期するに至る。

 アムリエルの上司――対魔執行部隊ジューダス・ブレイドを率いるヴァチカンの歴史上最強と言われた男による、想定済みの事態への完璧なる根回しであった。


 聖騎士オリエル・エルハンド――短い白髪を防具も兼ねた銀のサークレットで飾り、刻まれる深い目元のしわは幾つもの修羅場を見続けた歴戦の眼光を一層鋭きものへと導く。

 アムリエルがこの世で最も尊敬するその騎士は、彼女にとって命の恩人でもあった。


 無垢なる少女が狂気に染まるキッカケ――かつての人造魔生命災害の爪痕が色濃く残る街の事件。

 聖騎士が訪れたそこで、少女は神の使徒である剣ジューダス・ブレイドによって保護された。

 しかし出会った頃の少女は、双眸そうぼうに焼き付いた地獄の様な光景が脳裏の記憶を全て引き剥がし――虚ろな瞳のまま、護る様に横たわるの背後……鮮血にまみれたクローゼットでその身を抱えていた。


 その後――ローマ・ヴァチカンからさほど距離を置かぬ街中で、大型且つ強力な野良魔族の群れに襲われる最中……アムリエルは断罪天使へと変貌を遂げた。

 それからは直後に救援に駆けつけた最強の聖騎士を慕い、彼女もまた――ヴァチカンが誇る執行機関へと身を委ねる事となったのだ。


 しかし彼女は慕う最強の聖騎士が言い放った任務――その内容に絶句する。

 彼女としてもようやく日本の学園と、からはいささか離れるが――それでも同世代学童との交流で、求める自分を少しずつ構築してきた所。

 それが――


「いや、その……要人警護って……!?そもそもアタシはそんなのやった事ないし……!」


「つか……それってそもそも、【神の御剣ジューダス・ブレイド】の任務の範疇はんちゅうから逸れてませんか!?」


 要人警護――差し当たって、その任務における神経披露は尋常ではない。

 担当する要人の人となりや、危害を加える対象の組織状況にもよるが――狂気を纏うとは言え、今だ初等部児童の域を出ない断罪天使。

 先の地球滅亡回避の作戦は異例中の異例――少女にとっても、精神的な疲労は相当な物であった。

 少なくともアムリエルが放つ狂気は、彼女の過去の惨劇――そこから這い上がるために選んだ、彼女なりの逃走経路である。

 強靱な精神などでは断じてあり得ないのだ。


『それは心得ている。しかし今回の要人警護――その人物が君を指名して来たのだ。』


 頭がクラッと揺らぎ――床に突っ伏してしまう断罪天使。

 彼女は今、日本国内――三神守護宗家管轄ではない、日本ヴァチカン支部管轄のマンションの一室。

 宛がわれた部屋で、グルグルと混迷を来たした思考を必死に正そうとする。


「(つか何!?要人警護って!?……いや、アタシがそんなの出来っこ無いし!アタシは野良魔族を撃滅するのが使命であって——)」


 断罪天使が師導学園で素を表し始めた理由——それは見知らぬ者に対する取り繕いに疲れたから。

 幸いにも同時に友人にも巡り会えた事で、状況は相殺されていたのだ。

 しかし友人との出会いを差し引けば、やはりこの断罪天使——【神の御剣ジューダス・ブレイド】と言う家族の様な者以外の接触を極端に嫌っている。


 現に突っ伏した腕の先——断罪天使は自分自身の視界に映る事実から、言い様の無い現実を理解していた。

 想定外の任務を耳にした、未だ小さき初等部少女の手は——僅かではある、が……震えていた。

 そこに見え隠れする、断罪天使の心の奥に巣食う恐怖——大切な者を眼前で全て失う絶望。

 殆どが惨劇の記憶と共に忘却されるも、朧げながら記憶を浸蝕しんしょくして止まない絶望の残滓ざんしだ。


 それが今まで顔を出さなかった要因は、他ならぬ同じ魔法少女——友人達の存在があったから。

 何者をも退ける強大な力を持つ存在は、断罪天使から大切な者を失う恐怖を一時的とは言え消し去っていた。


『詳細は追って指示する。一先ずは学園への登校を続けたまえ。』


「……分かりました。命令に従いますよ……。」


 有無を言わさずと言う感じではない聖騎士の声色——そこには理解してくれとの思いが込められるのを感じた断罪天使は、観念した様にその命令を受け入れた。

 それは愛しき友人が、魔界へ帰郷して一ヶ月が過ぎた頃——初夏の日差しがアスファルトを焼き始める時期の出来事だった。



****



 某国ローマはヴァチカン——主に仕えし、執行部隊管理局が併設された退魔部隊の本拠地。

 ヴァチカンの本拠地からすれば距離1㎞内の近代設備へ、部隊訓練施設と共に数年前移設された場所でもある。


 断罪天使が魔法少女へ変貌を遂げた事件以降、大型の貴族級野良魔族の襲撃で壊滅的被害を受けた郊外——そこへ強力な主の加護による結界を施すために霊的な最新設備を導入した。


 主の力の代行者ジューダス・ブレイドとしては、歴史的な大失態——守護すべきヴァチカンの一歩手前まで、忌むべき魔手の侵入を許した事態。

 早急な対処として結界を含めた設備移転となった。

 新たなる部隊の居城は先の地球防衛の際も、日本――三神守護宗家との連絡連携に貢献していた。


 その設備内——今しがた遥か日本に赴く断罪の少女へ、新たな命を飛ばした騎士が思案顔のまま座する部屋。

 一見主の加護を受けた退魔部隊の居城とは気付かぬ程に、一般的な企業オフィスを感じさせる一室。

 時代はすでに中世ヨーロッパでは無い近代社会——古き良き古代建築はヴァチカンの本拠地に任せ、その部隊が待機するは常に新たな防衛設備を備えた最後の砦である必要があったのだ。


「急な申し出で申し訳ありません。あの子に負担をかけるつもりはなかったのですが……。」


 思案顔の聖騎士にオフィス然としたテーブル前——対面にてソファーに座し、一人の女性が急な用件を持ち出した事を謝罪する。

 濃い茶色の艶やかなストレートヘアーに縁なし眼鏡——しっかりとした骨格の表情は、欧州独特の美人をうかがわせる。

 グレーのスーツとひざ丈スカートに身を包むその女性は、穏やかさのなかにも申し訳なさそうな視線をヴァチカン最強の男へ送っていた。


「気になさる必要はありません。少し早いとは感じますが……あの子もようやく、心のリハビリに移れるほど回復した所——」


「むしろ彼女のために、資金援助を申し出てくれた貴女には感謝しています。【円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ】機関外務担当——クウェル・アーサー・ヴェルン・シェイド卿。」


 【円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ】機関――それは英国を代表する世界においての巨大機関の一つ。

 地球における【観測者】に仕え、世界守護の名の元にあらゆる古代技術の遺産を管理統制する。

 【神の御剣ジューダス・ブレイド】、三神守護宗家に並ぶ地球の守護のかなめ

 ヴァチカンとは諸事情により表向き敵対行動を取るが、世界の本質【観測者】――引いてはL・A・Tロスト・エイジ。テクノロジーが関わる事態においては確固たる協力体制を取る。

 地球と言う世界が、幾度となく滅亡を掻い潜る――その防衛における最後の砦の一つである。


「今は野良魔族災害に対する防備を万全にするため、疲弊している宗家に変わり我等ヴァチカンが世界守護を代行する時期――」


円卓の騎士会あなたがたと三神守護宗家……そして我等ヴァチカンは、この地球を次代に繋ぐ運命共同体。今回の彼女の任はそのために必要――持ちつ持たれつの関係構築に一役買うでしょう。」


 聖騎士が語る未来を願い、英国より訪れたスーツ姿の女性も強く首肯する。

 願わくばその任に駆り出された少女が、辿る未来のその先で……安寧あんねいを享受出来る様にと――

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