ー憂鬱な天使ー

 1話ー1 浸るのは安らぎ


 ひと月前までは世界の終焉を想像した人々が、絶望へ落とされていた。

 惨劇を目にした者は、襲い来る巨大なる魔族を模した兵器を、終焉の使徒と見紛みまごうただろう。

 それほどまでに、地球と魔界防衛作戦の衝撃は大きかった。

 最後の大戦の舞台へ、否応なしに引きずり出された東の文化国――日本では、より顕著であった。


 けど――それが終息してから僅かしか経っていないというのに、すでにこの国は活気を取り戻している。

 それを楽観しているとか、平和ボケしているとかは考えたくない。

 何より世界の歴史が物語っている。


 この国は何度危機に瀕しても、強き国家。

 世界は未だに混沌しており、復活の兆しさえない国々も存在する中――そのたくましさは、どの国よりも優れている。


 ――だけど、それを守護する者達は別だった。

 度重なる争いの中、いつしか彼等は疲弊しきっていたんだ。

 

 だから私達がいる――世界に名だたる守護の力。

 先の戦いでは熾烈な防衛戦で、その真価をまざまざと見せ付けた三神守護宗家。

 彼らが再びその剣を取れるよう、私達がその間を取り持ってやるんだ。

 ヴァチカンがほこる、光の執行部隊【神の御剣ジューダス・ブレイド】が――



****



 日常の日々――そこには足りない物があった。

 何だかんだで仲良くなってしまった魔族の王女。


 金色の髪を束ねるは、二房の縦ロール――ツインテールがふわふわと踊り、その双眸そうぼうは若草色の魅力溢れる慈愛の少女。

 最初は彼女が魔族の王族であるとだけしか伝えられず、私はただ撃滅出来ると狂気に酔いしれた。

 アタシの過去は、野良魔族という害獣に全てを奪われた様な物――魔族の王女とは言えそれに何の違いがあるのだろうと、彼女の人となりを確認する事など放棄していたのがあの頃の実情だった。


 けど――今のアタシはあの娘テセラがいないこの日常に、どうしようもない寂しさを覚えている。

 友人はいる――三神守護宗家がほこる、クサナギ家が裏門当主を継承する少女【クサナギ桜花おうか】。

 テセラが現れるまで、アタシにとっての唯一の同じ世代の友人だ。

 ――と言っても彼女の方が年上で、素敵なお姉さんの様な感じだが。


 片側を上げた前髪を後で束ね、あらわになる瞳は日本人特有の深い黒。

 だがその髪色は、宗家の儀式で日本神話における神霊を降臨させた影響で薄い蒼へと変貌したと言う。

 同じくその影響で、普段は車椅子に頼らざるを得ない――が、彼女は魔法少女としての力を持ち得る。

 戦いの時は神霊の力で何の影響もなく両の足で立つ事が出来るのだ。


 その友人桜花おうかは今日も登校するため、宗家のSPに車で送迎され――私達が通うここ、師導学園正門で朝の挨拶を交わす所だ。


「ああっ!アーエルちゃん、おはよ~~!今日も頑張るよ~~!」


 うん……相変わらず可愛い……。

 だが彼女はお姉さんで、アタシは年下――正直そのポジションが気に入っている。

 きっとあの惨劇の最中、アタシをはきっと年上だったと思っている――と言うのは、アタシの中にある惨劇の記憶がこの頭から抜け落ちているからに他ならない。

 曖昧な記憶――視界の全てが黒く染まっていく一瞬、絶望の中に居た朧げな姿。

 あの時の記憶が欠落しているのだ。


「ああ、おはよ~。つか、元気だな桜花おうか……。にしても――」 


 いつも彼女が送迎される様を見て感じるが、一般的な良い所のお嬢様ならばVIP専用の高級外車――それもドイツに代表されるベンツやBMWが相場だろ。

 ……それが何で今しがたサーキット場から出撃した様な、臨戦態勢のスポーツカーで送迎されてるんだ……。

 アイドリングのマフラー音ですら、ドロドロと怪獣のうめき声に聞こえるし。


「うん?どうしたの、アーエルちゃん。もしかしてこの車――気になるのかにゃ??」


 いや、どうして桜花おうかが嬉しそうなんだ……(汗)

 分からなくも無いけど、そもそもアンタが運転してた訳じゃないし。


「気になるもなにも、アタシはそういうの興味ないし……。つか、遅れるぞ?早く行こう。」


「も~、もっと気にしてくれてもいいじゃないさ~~。でも、委員長さんには逆らえませんね~~。」


 つか、アタシは初等部だし……。

 アンタは中等部――アンタのクラス関係ないし。

 そんな感じで大きく嘆息するアタシは、ちょうど車椅子へ移された桜花おうかの背後へ回りそれを押す。

 するとその友人を送迎した、臨戦態勢なスポーツカーの運転手である二十代の男性にかしこまられる。


「おはようございます。では今日も当主を――桜花おうか嬢をよろしくお願いします。」


「……ああ〜、えっと……任せるし。」


 私は今まで、こんなにかしこまられた事が無いから未だに馴染めず――その視線を泳がせながら、取りあえず頷いた。

 決してその男性がかっこいいとか、そういう不埒な思考ではない……はず。


 彼は桜花おうかの送迎に止まらず、護衛から身の周りの世話までこなす凄腕の宗家SPだ。

 クサナギ家と言う伝説にもなるほどの由緒正しき家の当主と言うだけで無く、桜花おうかが魔法少女――彼女の場合は【魔装撫子まそうなでしこ】と言う名称だけど、そこに秘められる力がのも理由の一つだ。


 ともすればその力は、何かしらのよからぬ事件に利用されるとも限らない――そうした事態を想定しての護衛でもある。

 ――まあ正直桜花おうかが本気を出せば、一国家の軍隊ですら相手にならないだろうけど。


 サッパリとしたサイドに少し伸ばすも切り揃えた後ろ髪――軽く染めた感じの赤茶けた髪が似合わぬほどに紳士な男性、【綾城 顎あやしろ あぎと】と呼んでいたはずのSPは……私の言葉へ紳士な笑顔返礼の後車へと戻る。


「ではアーエルちゃん、レッツゴー☆」


「ハイハイ……さっさと行くし。」


 アタシは初等部の学棟だから途中までしか車椅子を押せないけれど、この時間は結構至福のひとときでもあった。

 あたしにとって桜花おうかと言う少女は、任務で日本に訪れてからの訳ありではある――が、大切な友人だからだ。


 正直まあ……控えめに言って大好きである。

 うん……後にその、お花が咲き乱れる方向で……。

 ……て、何想像してんだアタシ……。


 後方でSPが運転する臨戦態勢の戦闘機?が離陸??するのを聞きながら、僅かな至福の時を堪能すべく車椅子を押し――今日も穏やかな日常を始めるのだった。



****



「あの車はねぇ、宗家の任務車両でも数少ない純国産スポーツカーなんだよ?おかげでスポーツカー過ぎて、普通の車椅子は積載出来ない難点があるけどね~~。」


 僅かな時間――上機嫌な桜花おうか

 興味が無いと言ってるのに学棟へ向かう間、ずっとこの調子だ。

 言われてみれば、今押してるのは普段と感触が違う――しかしなぜ、普通の車椅子も積めない車で送迎するのか疑問が残るところだ。

 まあ、桜花おうかが楽しいならアタシ的には問題ないのだが。

 そんな思慮にふけった後ふと見ると、会話を中断していたクサナギ当主様――アタシの顔を見つめてたもんだから、一瞬ドキッ!としてしまった。


「なななっ、何だし!?なんか顔についてるし!?」


 慌ててテンパるアタシを他所よそに、その表情――少しだけ悲しそうな雰囲気が混じっていたのに気付き、心を一端落ち着け次の言葉を静かに待った。


「あの車、何て名前か知ってる?……RX-7て言うんだよ?」


 一瞬その名を聞いてぎった顔――ああそうかと納得がいった。

 桜花おうかが悲しそうな顔をしていたのは、そのRX-7と言う名に特別な意味――いや、その名に近しいある少女が浮かんでいたんだと悟る。


 先の地球と魔界衝突回避作戦の折――彼女は、敵対者側に付く人形と呼ばれた少女との一騎打ちに応じた。

 【魔導姫マガ・マリオン・スクゥエイター――桜花おうかとさして違わぬ体躯に、腰まで伸びる髪。

 戦闘用の装備をまとう事以外は、基本的に特徴の見当たらない姿――彼女は敵対者である、導師ギュアネスの尖兵として活動するとして現れた。


 だが――最後の戦いの前、あいつは桜花おうかに一騎打ちを申し出た。

 ただの操り人形の尖兵であった者が、どういう心境の変化か分からない――違うな……アタシは知っている。

 セブンの名を持つ操り人形と、同じ任務のためにだけに活動する少女達――何度も銃を交え、アタシに最後に願った命としての死。

 アタシは彼女らの願いに答えるため――主の祈りと共に、天への救いを請うた。


 きっとセブンも同じであったのだろう――だけど、何度か見た彼女はアタシと変わらぬ程に不器用な少女で……不器用な武人だった。

 彼女が振るう刀状の武器も桜花おうかにとっては相性も良く、結果ライバル的な立ち位置となりえた。

 そして桜花おうかは彼女を――【魔導姫マガ・マリオン】の少女セブン・スクゥエイターを、一騎打ちにてのだ。


「そう……なんだ。……セブン、いい名前だし……。」


 そこまで思考したアタシ――興味が全くと言っていいほど皆無だった、あの臨戦態勢の戦闘機。

 ほんの少しだけ愛着が沸いた気がした。

 だから――クサナギ当主様の気持ちを察してその誇り高き名へ、惜しみない賛美を贈っておこう。


 まあ少し儚い記憶で心を沈めてしまったが、アタシ達はそれぞれの学棟へ向かうため――初等部と中等部への分岐点、校舎の建物前で別れる事にする。

 せめて彼女達を見送った生を享受するアタシ達は、【魔導姫マガ・マリオン】と言う哀れな人形の分まで生きなければと心に刻み――今日の授業へとおもむいた。


 けれどアタシは気付いていなかった。

 それが慈愛の化身であるテセラなら、気付けたかもしれない。

 だがテセラはテセラ――そしてアタシはアタシ。

 あの子と同じ事なんて出来やしない。


 思い込みが自分の可能性を押し止め、些細ではあったが見落としてはならない友人の笑顔の奥――そこにあった彼女の耐え難き悲痛を、あろう事か見逃してしまったのだ。


 その後――その結果が導く事態と、時を同じくして訪れた転機。

 アタシはその波に飲まれ、進むべき道の袋小路へ突入する事となったのだ。

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