愛は義務より良い教師である。ⅩⅩⅥ
***
「何で僕が一番下なんだい?」
ふんと力いっぱい力んで佐藤が言った。
「仕方ないで候。この中じゃ佐藤殿が一番がたいもあって力も体力もあるで候。それにジャンケンに負けたんだから文句を言うなで候」
「まぁ、そうだけど。……って目島氏様子はどうだい?」
「うん。湯気で何にも見えない」
一番上に乗る僕は目の前の状態をそのまま口にする。
もくもくと立ち上る湯気は止まる事を知らない。
ってかこれ本当に何も見えないんだけど。目に前には真っ白い世界しか広がってないんだけど。風呂沸き過ぎじゃね?
別に見たかったわけじゃないけど、いや正確に言うと毒ヶ杜さんのは見たいが、この分なら交代したところで何も見えないから安心だ。
と、その時だ。
ガラガラと横スライドの扉が開く音がして、きゃあきゃあと女子の声が聞こえてくる。
「来たよ」
身を忍ばせ、僕達三人は静かに女子の会話に耳を傾ける。
「な、何か凄くドキドキするで候」
「僕もだよ。鈴木氏」
確かに二人の言うとおりで何か心臓が激しく動悸し、変な感じがする。
「見えるで候? 目島殿」
「全く見えないよ。湯気で」
「とか言いながら本当は見えてて独り占めしてるんじゃないのかい?」
「何!? それは裏切りと同じ行いで候! 一番上変わるで候」
言って真ん中の鈴木が動く。
「ちょっ!? いきなり動かないで。……ば、バランスが!!」
そこで僕らの三連結肩車はバランスを崩して、後ろに倒れていく。
下で支える佐藤と真ん中の鈴木が後ろに倒れ、一番上の僕は目の前の仕切りに必至にしがみついて、下の二人と離れた。
体重が前に加重して、
「うわっ!?」
僕はそのまま露天風呂内に落下した。
「「目島氏(殿)!!」」
バランスを崩して下で尻餅をついた二人が、そんな僕を見て叫ぶ。
全身が湯気に包まれて前が見えない状況で混乱し、刹那ドボンと凄い音を立てて僕は露天風呂に突っ込んだ。
ぶくぶくぶくと水中から慌てて水面に顔を這い出す。
「ぶっは!」
全身びしょびしょの僕の耳には女子の「何? 今の音?」「え~怖いんだけどぉ」「すっごい音したよ」といった声が聞こえる。
よかった。気にしているのは音だけで、この物凄い湯気のおかげでどうやら僕はまだ気づかれてないようだ。
と言っても状況が状況だ。早く、ここから出ないと。こうなった以上、向こう側の佐藤達もそれ処ではないはず。足早に撤収だ。
しかし、不思議と落ち着いている自分がそこにはいた。
というのも、こういうスパイみたいな行動はこの修学旅行で二回目だ。
落ち着いて冷静にいけば、こなせない事はない。
しかも、今回は湯気で視界が悪い。前のロープ回収と毒ヶ杜さん救出に比べれば全然比じゃない。
「よしっ」
僕は一気に露天の浴槽を飛び出して、駆け抜けようとする。
「そっちは大きな音がしたから危ないよ」
そう言って露天に入っていた誰かに腕を掴まれた。
「!?」
やばっ!? 腕掴まれた! 腕まくりしてたから何とか服に接触させずに済んだけど。これはまずい。
ん? ってこの声……
「どうしたの? 静かだけど大丈夫?」
この声、委員長だ!!
先に入ってたのか!! てか、身体洗うの早っ!? ってそんな事より早く回避をしないと……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます