愛は義務より良い教師である。ⅩⅧ

「ちょ!? めじっ……」


 目が合った刹那、声を出そうとする冷百合にジェスチャーでお願い黙って静かにして荒立てないでと必至に伝える。


 それを汲み取ってくれたのか、冷百合は出かけた声を口に手を当てて抑えて、部屋の奥にいる木下を見た。


「どうしたぁ? すみれ?」


 何かを感じたのか木下が声を上げた。


「いや~何でもない~」


 本当に鉢合わせたのが冷百合でよかった。冷百合とは協定というか、契約している間柄だからある程度分かってくれる。

 最近思い始めてきた事だが、ギャルだけど、案外話の分かるいい奴なのだ。


 これが木下だったら目があった時点で終わっていた。


 カラカラとベランダに下りると扉を閉めて冷百合は木下に気づかれないように僕に話しかけた。


「こんな所で何やってんのよ、アンタ」


 ぼそっと聞いてきた冷百合に答える。


「それが角々云々かくがくしかじかでして……ははっ」


 冷百合には言っても大丈夫だよな。現にこうして助けてもらったんだ。僕は事のあらましを簡単に説明した。


「はぁ!? 棘と付き合ってるぅ!?」


「こ、声がでかいよ」


 僕に言われてしまったと部屋の中の木下の様子を見る。


 依然変わらず、携帯でガンガン音楽をかけてネットサーフィンをしている。


「あっぶなぁい。……って付き合ってるってアンタ棘に変な事してないでしょうね?」


「し、してないよ!! 逆に毒ヶ杜さんに変な事されてるけど」


「童貞が調子乗って転ぶんじゃないわよ。棘は私の棘なんだから」


 あらら。この人も大概イッちゃってる。うん。


「別に何もしないよ」


「ふん、まぁいいわ。積もる話は後で。今からアンタを助けてあげる。だから、早く下で同じ状況になってる棘をアンタが助けに行きなさい」


……冷百合すみれ。友達想いでやっぱりいい奴じゃん。


「わかった」


「いい? チャンスは一度だけ。上手くやりなさいよ?」


 ベランダの柵に両腕をかけて、中にいる木下を見ながら、冷百合は言った。


 ベランダの扉を開けて、中に入ると冷百合は木下に話しかけた。


「ねぇ、花。下まで飲み物買いに行かない? 何か炭酸飲みたくなっちゃって」


「ん。いいよ別に」


 言ってベッドに寝そべった木下は身体を起こして言った。


「ほらほら、早く行こう。喉渇いたよ」


「分かった分かったって」


 何か一悶着あって、その後ばたんと玄関に戸が閉まる音がして、僕はそろっと首を伸ばして部屋の中を覗いた。


「行った、か」


 冷百合が作ってくれた好機チャンス、無駄にしないようにしないと。


 部屋にさっと上がると、急いで玄関まで駆け出す。


「ん?」


 その途中、床に乱雑に置かれたキャリーバッグが目に入った。


 中途半端に開いたファスナーからは、派手派手な下着がはみ出ている。


 おいおいマジかよ。床に物置き過ぎだろ。下着もポロンと飛び出してるし。

 知らなかった。女って男のいない所ではこんなに適当なのか……


 ってかこれ絶対木下のじゃん。自信あるわ。


 あっ、あの端に置いてある奴、毒ヶ杜さんのだ。さっきずっと引っ張ってた奴だ。

 やっぱり、しっかりしてるな。毒ヶ杜さん。


 ってしっかりしてたら今、こんな事になってねぇ!!


 まぁいいや。可愛いから許そう。


 ってこんな所で油売ってる暇はない。早く毒ヶ杜さんを助けに行かないと。


 僕は勢いに任せて一気に玄関口を開けて、部屋の外に飛び出した。


 まさにゴリ押し戦法。


 四階の通路を一気に駆け抜けて、階段を下りる。


「はぁはぁ……」


 息を切らせて三階に誰とも会わずに辿り着いた。


 後は部屋に戻るだけだ。


 310号の自室に向かい、僕はその扉を開けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る