愛は義務より良い教師である。ⅩⅦ
タッタッタッ。
腰から毒ヶ杜さんが離れた僕は体制を整えると、軽快にベランダに向かって走りぬく。
開けっ放しになったベランダに足を踏み入れて未だブラブラ垂れ下がっているロープを回収しようとする。
そこで大事な事に気がついた。
(ってこれ上から吊るされてるから回収するのに上行かないとダメじゃん)
背後からは壁を叩く音が聞こえてくる。
毒ヶ杜さんは一体何をしているんだ?
再び、吊るされる上の階を見て、僕は決心する。
ロープをしっかりと握って、ゆっくりと上に上っていく。
この状況、まさに命がけ。委員長に見つからないようにやっているこの作戦だが、委員長に見つかったらアウト。
命綱なしで上っていくこのスタイル。落ちたらアウト。
そして、この状況、客観的に見れば、僕がロープを使って女子部屋に侵入しようとしているように見える。こんなところ誰に見られてもアウトだ。
我が神、アインシュタイン先生に祈りながら、僕はゆっくり確実に登っていく。
(あと少し。あと少し……)
上の階に到着し、見られては行けないと慌てて、ベランダの壁に身を隠した。
(ふぅ。とりあえず上に来る事には成功した)
周りをよく見ながら、きつく縛られたロープを解いていく。
解いたロープを下の階に落として任務を完了した。
後は、急いで下に下りて、何もなかったかのように自室に戻る。手早く委員長の用件を聞いてコンプリート。
ただ、問題は四階は女子のフロア。男子が歩いているのは不自然だ。急いで三階に下りるしかない。
ベランダの戸をカラカラと開けて、中に入ろうとした瞬間。
「!?」
奥の扉がガチャガチャ言っている。
(うっそ!? 誰か帰ってきた!!)
どうしようどうしよう。
ベランダでバタバタ暴れてテンぱる。
とりあえず、戸を閉めて、バレないように端に寄る。
「修学旅行なのに大浴場ないとか最悪ぅ~」
バカでかい声でそう言って部屋に入ってきたのは、木下と冷百合だ。
毒ヶ杜さんと相室を考えれば確かに頷ける。
だが、そんなの状況の打破には繋がらない。
「明日泊まるとこはあるんだから、我慢しよ」
木下と冷百合の世間話が部屋に響く。
僕はそれを黙って聞く。
***
二人の話を黙って聞き続けて、恐らく三十分は経ったと思うが、この二人全然動かない。
部屋で圧倒的にくつろいでいて、たまに中の様子を見るが、携帯片手にどうでもいい話を永遠続けている。
どうすんのこれ!? 全く事態が好転しないんだけど、てか、下の毒ヶ杜さんは大丈夫だろうか。
木下と冷百合がこうして戻ってきているという事は、他にも食堂から戻ってきている生徒がいるかも知れない。
危険度は更に上がり、まさかと思うけど、毒ヶ杜さん……
そこでズボンのポケットに入った携帯がなった。
慌てて止めるとそれは何と毒ヶ杜さんからのレインだった。
『目島君大丈夫?』
すぐに返信。
『大丈夫じゃないよ。ロープは何とかしたけど、木下と冷百合が戻ってきちゃってそっちに戻れないんだ』
『それって私と一緒じゃない』
えっ? 私と一緒? てことはもしかして……
思っていた予想がどんぴしゃで当たってしまったようだ。
木下と冷百合がこうして戻ってきているという事は僕と相室の佐藤や鈴木も戻って来ていてもおかしくないんだ。
つまり今、僕と毒ヶ杜さんは全く同じ状況に立たされているという事を表していた。
『まさかの毒ヶ杜さんも!? って委員長は?』
『うん。佐藤君達が戻ってきて、慌てて自室に戻っていったよ』
なるほど。委員長を何とかしたけど、次は佐藤と鈴木が相手という訳か。
集中してスマホの画面を凝視して返信していると、あまりに集中していたのかそれに気づく事が出来なかった。
突然、僕の横の扉がカラカラと開いた。
「!?」
身体がびくっと上下して、携帯を腹に抱えて隠した。
次の瞬間、扉を開けた冷百合と目が合った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます